彼女は秘密を孕む

キムラましゅろう

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イブリンの場合

プロローグ ご馳走さまでした。

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彼は誰時かはたれどきの辺りが薄らと白み始めた頃、

私はまだベッドで眠る彼を一人残しホテルの部屋を後にした。

熱い夜を過ごした部屋の扉を閉める時、
ギリギリまでその端正な寝顔を心に焼き付けながら。

他の宿泊客の眠りの妨げにならないように極力靴音を響かせず、静かに歩きホテルを出た。

早朝の凛とした空気を肺が一杯になるまで吸い込み、盛大に吐き出す。

そして昨夜の事を心の中で反芻し、ひとりちる。


「はぁ………ご馳走様でした………」


素敵な夜でした。

夢のようです。

まさか彼に抱いて貰えるなんて。


魔術学園の三年先輩である彼と在学期間が被ったのはたったの一年だったけど。
それでも階段から落ちかけたところを助けて貰い、一目惚れをして今だに想い続ける恋に成長するには充分な時間だった。

容姿端麗頭脳明晰文武両道、そんな異次元に住む彼と私がどうこうなるなんて天と地がひっくり返ってもあり得ない。
だから告白する気もお近付きになる気もさらさらなかったけど、
それでも私にとっては大切な初恋だった。


卒業した彼は魔法省勤めとなった。
それを知った私が憧れを抱き、後を追って魔法省に入省するくらいは許して欲しい。

どうせエリートの彼は本省勤めで私は地方省勤務。
彼の視界に入る事もないのだから、人並みの幸せを諦めている女が独りよがりな充足感を得るくらいはいいだろう。
(ダメ?)

だけど。
このまま同じ魔法省の職員であるという繋がりだけで一生を過ごすのだと思っていた私に奇跡が起きた。

魔術学園時代の友人の結婚式に、まさかの彼も出席していたのだ。


数年ぶりに見る彼は当たり前だがすっかり大人の、魅力的な男性へと様変わりしていた。

高官候補として入省し、多忙な日々を極めていたのだろう。
彼は今だに独身で、恋人も婚約者もいないのだと他の参列者が囁いていたのを耳にした。

そしてその言葉を聞いたその瞬間から、私の中でずっと消えずにあった埋み火が再び小さな炎を上げた。

たった一度だけでいい。

彼との思い出が欲しいと、赫赫かくかくたる炎が私を身の内から焦がす。

その炎に灼かれて。
普段の私からは想像もつかないような大胆な行動に出た。

お式や披露パーティーの時は男女問わず(もちろん女性の比率が高いが)人に囲まれていた彼を遠巻きにして見ていたが、それらが終わって彼が一人ホテルのバーに来るのを待ち伏せした。

いつだったか、本省から転属して来た先輩から彼がこのホテルのバーを馴染みにしていると聞いた事があったのだ。

だから私は賭けをした。

彼が今夜、ここを訪れれば勇気を出す。

もし来なければ…………


そして結果、
バーに来てカウンター席で間隔を空けて隣に座った彼に声を掛け、互いに深い酔いと更け行く宵の心地良さに身を任せ一夜を共にした。


彼にとって私は名前も年齢も知らないただの行き摺りの女。

それでいい。
それでいいのだ。

どうせ私は結婚なんて望んでない。


だから今日の思い出を糧として一生ひとりで生きてゆける。
(おかずにもさせて頂きます)


幸せだ。

ありがとうございます。



なのに…………


まさかこんな奇跡が私に起こるなんて。


そしてこんな秘密を孕むなんて。


人生、本当に何が起こるかわからないものだ。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


新作です。

よろちくび♡


次回、ラージポンポン発覚。






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