彼女は秘密を孕む

キムラましゅろう

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イブリンの場合

そして私は秘密を孕む

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本省から2ヶ月間だけ出向して来たかつての先輩であり、魔法省の上官であり、一夜だけ体を重ねた相手であり、お腹の宝石ジュエルちゃんの父親であるブライト=オースティンの補佐官に命じられてしまった私。

近くにいればバレてしまうのでは……?

大丈夫、あの夜の私と今の私は別人よ。

結婚式の日は華やかに装う事も祝いの気持ちの証だと言っていた祖母の格言を守り、仕事の時とは別人モードで着飾っていたのだから。

本当は明るいブラウンの髪を、あの日はプラチナブロンドに魔法染めをしていたから髪色も別人。
それにフルメイクでばっちりキメて、普段とは明らかに顔も変わっていたはず。

加えて名前も素性も明かしていないのだ。
これであの夜の相手が私だと分かる筈がない。
分かってたまるか。

今の私はライトブラウンの髪に薄化粧の地味な女。
大丈夫、絶対に分からない。

私はそう自分に言い聞かせ、2ヶ月間のみの付き合いとなる上官の補佐をするべく彼に当てがわれたオフィスへと向かう。

デスクが二つと小さなキッチン。それと向かい合った二組のソファーとローテーブルが置いてあるだけの個室オフィス。

これから2ヶ月間、ここが私の戦場仕事場となるのだ。

一夜を共にしただけでなく、仕事でもご一緒出来るなんてラッキーな事だ。
もう絶対にこんな事は起こらないのだから。
将来ジュエルちゃんに父親の事を教えてあげるいいネタにもなる。

私はそう気持ちを切り替えた。

朝少し早めに来て、ブライト=オースティンが登省して来るまでにデスクを片付け綺麗に拭き清める。

彼宛に届いた郵便物を分類別にし、必要書類なども項目ごとにファイリングしておいた。

そしてコーヒーの用意をし終わったところでブライト=オースティンが登省して来た。

私は抑揚をつけずに挨拶をする。

「おはようございます」

「おはよう」

彼の方もなんの感情もこもらない声で挨拶を返した。

あの夜はあんなに優しく甘い声を聞かせてくれたのに……って、何を考えているの!
そんな事を思い出してる場合じゃないわよ。

私は一人で勝手に気を取り直して彼のデスクにコーヒーの入ったカップを置いた。

「どうぞ。朝はブラックでよいと仰っていましたよね?」

「ああそうだ。ありがとう」

ブライト(長くて面倒くさいので勝手にブライトと呼ぶ)は魔法省のローブをハンガーに掛け、デスクの椅子に座った。

そして郵便物を確認しながらコーヒーを口にする。
一瞬、彼の眉がぴくんとなるのを私は見逃さなかった。

ふふん。
温度が絶妙でしょう?

魔術学園時代、伊達に陰からこっそり覗き見していたわけじゃないわ。
貴方が猫舌で、かといってぬるいコーヒーやお茶は好まない事も知っているのよ。

さて。では私も自分用に淹れたノンカフェインのカフェオレを飲みながら書類のチェックを始めますか。

ブライトは大臣が新しく改正したいと考えている禁術に関しての法規を取りまとめ、草案の作成を任されているチームの一人らしい。
そこで本省よりも何故か禁術に関する文献の保管が多いこの地方局へと出向してきたのだそうだ。

あんな事があってからすぐに地方で再会なんて、運命を信じる人であれば色めき立つんだろうな。

ドラマティックでまるで物語みたいだと思うのだろう。
だけど私は現実主義なのでそんな事は思わない。

私だけが一方的に運命を感じたって、そんなものに意味はないのだ。
そこから何かが生まれるなんてあり得ない。

でも私にはジュエルちゃんが居てくれる。
それだけで充分だ。

それにしても……

黙々と仕事をされる姿も素敵……。


そういえば学園時代も放課後に図書館で調べ物や勉強をしている彼を書架の陰からこっそり盗み見してたっけ……。
懐かしいなぁ。

サラサラとペンを走らせる音とサラサラとした彼の前髪が窓から入る風に揺れる光景が、かつての記憶を呼び覚ます。


「おい、ロズウェル」


あの時、私は幾つだっけ……十六?十六歳?
きゃー……若いなぁ……


「イブリン=ロズウェル」


入学してすぐに階段で助けられて惚れちゃって、以来ずっと気配を消して陰から姿を見て堪能していたのよね。


「イブリン、」


あの頃の私に教えてあげたいわ今のこの状況を。
とても信じられないでしょうね。

「イブリンっ!」

「はいっ!!………はい?」


過去の思い出に耽っていたところをふいに呼ばれて思わず返事をしたけど、
あれ?今ファーストネーム呼びされた……?


きょとんとしてしまう私に、ブライトが言った。

「何度も呼んだんだぞ。書類のチェックは済んだのか?」

「あ、はい、申し訳ございません。出来てます」

私はブライトのデスクに書類を持って行った。

彼は私から受け取った書類に目を落とす。

長い睫毛が影をつくる。


「あの……オースティンさん、さっき、私をイブリンと呼びませんでしたか……?」

私がそう言うと、彼は書類から顔を上げて私を見た。
アメジストの瞳と目が合う。

いちいちトゥンクする自分が恥ずかしい。

そんな私の心とは裏腹にブライトは何でもない事のように言った。

「いくら呼んでも返事をしないから名前で呼べば気がつくだろうと思ったんだ。まぁ魔術学園の後輩なんだし、別に構わないだろ?」

「……………………は?」

今この人、なんて言ったの?

「コウハイ?」

「こうやって真面に対面するのは階段で助けて以来二度目だな?その後絶対に姿を見かける事のなかった俺の中では伝説級の人間だったよ、キミは」

「デンセツキュウ?」

そら~姿が見つかっていたら陰で見つめる意味はないもの。
いや問題はそこではなく、

「……私の事、ご存知だったんですか?」


私の心臓が早鐘を打つ。


ブライトが書類をデスクに置いて立ち上がった。


がお前だって事も分かっているぞイブリン。なぜさっさと消えた?」

「っ………!」


その言葉を耳腔が捉えた瞬間、私は息を呑んだ。


バレてる……!!

私だと、あの夜の相手が私だとバレてるーー!!


なぜっ!?どうしてっ!?


で、ででもっ、

だけは絶対に知らないはず。
知りようがない。
知っていてたまるか!!


私が彼の子を身籠って密かに産もうとしている事は、
それだけは絶対に知られてはいけない。

堕ろせなんて言われたら、
迷惑そうな顔なんかされたら、
ジュエルが可哀想すぎるから……!


何が何でも隠さねば。

私はその日、決して知られてはならない秘密も孕んだのだった。












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