ワケありのわたしでいいですか

キムラましゅろう

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溢れた想い

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その男性の名はカレブさんと言う。

魔石を取り扱うギルドの人で、月に一度魔石の買い付けにホール家を訪れるのだ。

その時に前回に頼んでいた品々を受け取り、代金を支払う。

毎回、代わりに買い付けてきてくれる品は近くの町では買えないような薬類、魔道具関連と書籍などだ。

だけど今回は……

「あら?これは?」

わたしは荷の中のある衣服に気がついた。

「ああ、それはメイちゃん、アンタの服だよ」

「え!?」

思いがけない言葉にわたしは目を丸くする。

「ジュードの奴に頼まれてさ、ブラウスとスカートと、あとエプロンと。俺じゃよくわからんから妹に頼んで適当に見繕って貰ったんだ。メイちゃんとウチの妹は背格好がほぼ一緒だから、サイズは大丈夫だと思うよ?」

ど、どうして彼が?
どうしてわたしに?

確かに2着しかない服を洗っては着るを繰り返していたけど……。

でもやっぱりわからない。

あ、もしかして見窄らし過ぎるから少しは身なりを
整えろという意味?

……でもジュード様は人の身なりをとやかく言う人ではないと思う。

わけがわからず考え込むわたしの後ろから、当の本人の声がした。

「今日はやけに早い到着だな、カレブ」

ジュード様がカレブさんに向かって言った。

「お前こそ、以前はオレが来てもテーブルに魔石と買い付けのメモだけ置いといて、山に行ってるくせに。メイちゃんが来てからはいつも家に居るじゃないか」

え?そうだったの?

「………たまたまだ」

そうよね。
いや今はそれどころではない、この服の真意を問わねば。

「ジュード様、
これ……わたしの服だと伺ったのですが……」

わたしが服を手にして尋ねるとジュード様は少し照れくさそうに言われた。

「ああ……、トランク一つだけの荷物では服をそんなに持ち込んでいないのだろうと思って……すまん、差し出がましいと思ったが、その、キミはいつも良くやってくれているから……」

「そうだったんですね、ありがとうございます。
丁度そろそろ2着では足りないなと思っていたんです、お心遣いに感謝します。カレブさん、全部でお幾らですか?」

そ、そんなに高くないといいのだけれど……

わたしは頭の中でお財布の中の残金を確認した。

するとカレブさんが思いもよらない事を言う。

「代金ならもうジュードから貰ってるからいらないよ」

「え?」

わたしは一瞬驚いて隣に立つジュード様の顔を見る。

するとジュード様は少し困ったようにわたしに告げた。

「いや、いつも旨い食事を作ってくれるからその礼だ……」

「えぇ!?そんなっ、それは仕事なんですから当然の事です!それにちゃんとお給金も頂いてるのに……!」

「………臨時ボーナスだ」

「ボーナス!?」

わたしが思わず素っ頓狂な声で繰り返すと、
カレブさんが軽い口調で言った。

「貰っときなよメイちゃん、コイツ、こう見えてガッポリ稼いでるからさ。服の一枚や二枚、どーって事ないよ」

「こう見えてってなんだ」

「そー見えてさ」

二人言い争っているようでそうでもない。
聞けば二人は幼馴染らしい。

これ以上何を言ってもきっとジュード様は代金を受け取ってくれないだろうと思い、わたしは素直に心遣いを受け取る事にした。

「ジュード様、ありがとうございます。
大切に着させていただきます」

わたしがジュード様にお礼を言うと、
彼はまた耳を少し赤くして「ああ」とだけ言った。

それをなぜかカレブさんがニヤニヤと見ていた。

そういえば男の人にプレゼントされるのってこれが初めてかも。

勤め先の雇い主にプレゼントされただけでもこんなに嬉しいのに、これが夫や恋人からだったならどんな気持ちになるんだろう。

残念ながらわたしには想像もつかなかった。
別れた夫に貰ったものなんて、ワケあり女という経歴だけだったから。

わたしの手料理が食べてみたいというカレブさんに嘆願され、ジュード様が仕方なさそうに頷き、その日は3人でテーブルを囲んだ。

そして「ジュードをよろしく」と謎の言葉を残して、カレブさんは帰って行った。

何をよろしくするのだろう。
あ、そうか。家事をしっかりすればいいのね。
お任せください。




◇◇◇◇◇◇



わたしがホール家の住み込み家政婦になって
3ヶ月が過ぎた。

最初の2週間くらいは居間にある大きめのソファー
をベッド代わりにして眠っていたのだが、その後すぐにジュード様が居間の片隅にわたし用のベッドと衝立パーティションを用意してくれた。
衝立で隔てられているので、居間から丸見えになる事もなく安心だ。

わたしはすっかり今の暮らしに慣れ、家政婦として黙々とホール家の家事をこなしていた。

この頃ふと、ジュード様の視線を感じる事がある。

仕事ぶりをチェックされているとかそういうのでは
ないと思う。

でも時折、今見られている、と感じる事があるのだ。

それを敏感に感じるのはわたしが彼の存在を意識してしまっているからだと思う。

わたしの方こそ、
彼の一挙一動を見過ぎでいるのかもしれない。

お茶を飲んだカップを机に置く仕草。

相棒である剣の手入れをする時の真剣な眼差し。

乾いた指先で本のページをめくるその音。

ジュード様の一つ一つの気配を意識せずにはいられない。

高い所にある物も難なく取れる背の高さ。

薪割りや水汲みなど力仕事は進んでやってくれる
思いやりと逞しさ。

そして「メイ」とわたしの名を呼ぶ低く穏やかな声。

その全てがどうしようもなく愛おしく感じてしまう。

その愛おしさが、わたしの心を酷く揺さぶるのだ。

ジュード様は雇い主。

わたしはただの家政婦。

そしてジュード様には将来結婚するかもしれない人がいて、
わたしは離縁されたワケありなのだ。

だからこの想いは、
ジュード様に抱いてしまったこの恋心は全て秘密。
決して表に出してはいけないわたしだけの秘密だ。

もしそれが漏れてしまったら、彼に知られてしまったら……
わたしはもうここには居られない。

いつまでもここに居られないのはわかってる。
いつかはここを去る日が来るのもわかってる。

でも出来る事ならば、
少しでも長くジュード様の側に居させて欲しい。

あの人の心の温かさに触れて、
冷え切ったわたしの心を暖めてほしいのだ。

そうしたら、また違うどこかで頑張って生きていけると思う。

ごめんなさい、ジュード様。

ごめんなさい、ジュード様の恋人の方。

こんな横恋慕する家政婦なんて、本当は嫌ですよね。

でも決して、想いを告げる事はしないから、
お二人の邪魔はしないから、もう少しだけここに居させてください。

そんな気持ちを抱えながら、わたしは日々を過ごしていった。


そんな時、
街道の方で魔物が出たという知らせを受ける。

わたしが馬車で来た街道だ。

そこに突然、魔物が現れて人や馬を襲ったというのだ。

すぐに近くの騎士団に報せを送ったが、
騎士たちの到着を待ってる間にまた人が襲われるかもしれない。

そこで元魔術騎士のジュード様に魔物討伐の依頼が来たのだ。


「でも……ジュード様は怪我をしたから騎士団を
退団されたのですよね?それに一人だけで魔物に
対峙するなんて……危険すぎますっ」

わたしは不安になってジュード様を引き止めた。

思わず掴んでしまった腕にはっとして手を離す。

ジュード様はそれに対して気分を害された様子もなく、それどころか優しく微笑んでわたしに言った。

「メイ、大丈夫だ。というより毎日山では魔物を相手にしているんだ、心配は要らないよ」

「でも……」

「街道から町はすぐだ。何か土産を買って来よう。
何がいい?」

「何も要りません、だから……どうかご無事で、
早く帰って来てください……」

わたしはそう言うのが精一杯だった。

ジュード様は優しくわたしの頭にポンポンと手を置かれ、そうして魔物の討伐に行ってしまわれた。


待っている間の時間はとてつもなく長く感じられた。

どんな魔物だろう。

大きな魔物なのだろうか。

怪我はしていないだろうか。

もし、もし彼の身に何かあったら……。

心配で何も手に付かない。

ソファーに座り、彼の無事を祈る。

そんな時ふと紡いであったウールポコの糸が目についた。

わたしが歌った紡ぎ歌を気に入ってくれた。
糸を紡ぐ度に歌ってくれとせがまれた。

歌なんていくらでも歌うから。

あなたが望むなら、いつだって歌うから。

どうか、どうか無事に帰って欲しい。


そしてジュード様が討伐に出て、ニ日が過ぎた。

あまりに遅すぎじゃないかと不安がピークに達した時、馬のいななきと蹄の音が聞こえる。


「……ジュード…様……?」


わたしは表に飛び出した。

すると家の少し手前で馬を降り、手綱を引いてこちらへ向かって歩いて来るジュード様の姿が見えた。

「………!」

ジュード様もわたしに気付く。

彼は笑顔を見せてわたしに向かって手を挙げた。

「ただいま、メイ。
遅くなってすまない。思いの外手こずった」

変わらない彼の声を聞き、
変わらない優しい微笑みを見て、
わたしの心の中の何かが弾け飛んだ。

その瞬間、知らず足が前に動き出す。

わたしはその衝動が抑えきれず、
彼の胸へと飛び込んだ。

「!!」

ジュード様が息を呑んだのがわかる。
でもどうしてもこらえきれない。

彼のいない世界など生きていられないと思うほど
不安だった。
顔を見た瞬間、抑えつけていた想いが爆発した。

好き。彼が好き。本当に好き。

わかってる。

こんなわたしに想いを寄せられても迷惑でしかない事は。

でもこの時だけ、今だけ。

わたしはジュード様の胸で泣きじゃくる。
わたしを体ごと受け止めたジュード様が、逡巡しながらも抱きしめてくれた。

共に暮らしながらも一定の距離を保ち、
必要以上に近寄ろうとしなかったわたし達。

それが今、互いに相手を抱きしめ、一部の隙間も
許せないほど身を寄せ合う。

お互いの体温が、息遣いが、
わたし達が信じられないくらい近くにいる事を物語る。

幸せだった。

たとえ一瞬だけの幸せだと知っていても、

彼の腕の中では幸せでいられた。






















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