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さわこさんと、さわこさんの森 その1
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その光景を前にして、私は目を丸くしていました。
「……あの、バテアさん……ここは、どこなのですか?」
そう言った私に、バテアさんはにっこり微笑みながら言われました。
「そうねぇ……さわこの森ってことにしとく?」
「はい?」
私は、バテアさんの言葉に首をひねりました。
そんなバテアさんと私の前には、広大な森が広がっていました。
◇◇
……順を追ってご説明いたしますね。
少し前に私がクッカドウゥドルを「……いっそのこと飼育出来れば……なぁんて」と言った私なのですが、それに対して、
「あら? それ面白そうじゃないの」
そう言われたバテアさんは、クッカドウゥドルの生け捕りをリンシンさんに依頼なさると、
「じゃ、行きましょうか」
そう言われながら右手を前に出されました。
何事か呟かれますと、その右腕の周囲に魔法陣? のような物が出現いたしまして、何やらグルグルまわりはじめました。
しばらくすると一番大きな魔法陣の中に大きなドアが出現したのですが、バテアさんはそのドアを開けて中に入って行かれました。
「えぇ……っとぉ……」
私がその扉の前で、どうしたらいいのか困惑していると、ドアの中からひょこっと顔を覗かせたバテアさんが、
「さわこ何をしてるのよ、早く来なさい」
そう言いながら私の右手を引っ張られました。
そして、冒頭にいたるのです。
私とバテアさんの前には広大な森が広がっていました。
バテアさんによりますと、
「ここはね、たくさんある異世界の中の1つなんだけどさ……終末戦争(ラグナロク)によって一度完全に崩壊した世界なのよ」
「そ、そうなのですか?」
バテアさんに言われて、私はこの世界を改めて見回してみたのですが……
森林は青々としていますし、近くからは小川が流れている音が聞こえます。
見上げれば、抜けるような青い空がどこまでも続いています。
どう見ても、崩壊した世界には見えません。
私が困惑した表情を浮かべていると、バテアさんは私をいきなりお姫様抱っこなさいました。
「え……えぇ!?」
私が困惑した……と、いいますか、真っ赤な顔をして、あわあわしていますと、バテアさんは
「ちょっと飛ぶわよ」
そう言われると、何やら呪文みたいな言葉を口になさいました。
すると、バテアさんの体がふわりと宙に浮かび、そのまま前方に向かって進み始めたのです。
「うわぁ……」
最初こそ面食らった私ですが、眼下に流れていく森を見下ろしながら思わず目を見開きました。
すごく綺麗です。
すごく爽快です。
このまま、バテアさんと一緒にどこまでも飛んでいける……私はそんな事を思っていたのですが、その時間は唐突に終了いたしました。
バテアさんがある程度のところまで飛んで行かれますと、そこで唐突に地面がなくなったのです。
「え?」
さらにバテアさんが進んでいくと……先ほどまで私達がいた森が、実は丸い円盤状の大地の上に存在している。ごくごく狭い空間であることがわかりました。
天動説の世界……とでも、いいましょうか……
空間に浮かんでいる丸い円盤状の大地を小さな太陽が照らしているのです。
大地の下側には、小さな月があります。
おそらく、夜になるとあの月が大地の上に昇っていくのでしょう。
「わかったかしら、さわこ。この世界はね、一度完全に崩壊して、やっとここまで復活した世界ってわけ。当然生き物はまだ存在していないわ」
バテアさんはそう言われました。
……ですが
ファンタジーとか、そういった類いの物にとことん疎い私は、こうして実際に状況を見せられた上で説明をお聞きしましても、
「はぁ……」
と、お答えするのがやっとでした。
すると、バテアさんは
「ふふふ、ホントにさわこは面白いわね。だから飽きないのよね」
そう言いながら、先ほどの転移ドアのところまでお戻りになられました。
◇◇
と、とにかくですね。
・この世界はかなりせまい
・人も生き物も住んでいない
・でも自然が豊か
と、これぐらいのことはわかりました。
せまいと言いましても、そうですね、日本で一番大きな湖よりは大きいみたいです。
「ここね、珍しい薬草や魔石があるから、たまにきてたのよ。でね、クッカドウゥドルを放牧するのにはもってこいじゃないかと思ってね」
バテアさんはそう言って笑われました。
た、確かに……それはとてもいいお話のように思えるのですが……
今の私は、らぐなろく? だの、せまいせかい? だの、理解不可能な言葉や光景が頭の中をぐるんぐるんまわるばかりで、何をどうしたらいいのかちんぷんかんぷんの状態でした。
すると、そんな私の様子を見かねたバテアさんが
「ここにクッカドウゥドルの放牧用の柵とか小屋とか作っておいてあげるから、さわこはとりあえず今夜の料理の下ごしらえをしておきなさいな」
そう言ってくださいました。
こうして、転移ドアをくぐってバテアさんの家に戻った私なのですが、そんなお店の中には、大きな籠を背負ったリンシンさんの姿がありました。
どうやら、ちょうどお戻りになられたところのようですね。
その籠の中では多数のクッカドウゥドルが詰め込まれているらしく、
クッカドウゥドル~
クッカドウゥドル~
そんな鳴き声をあげているように聞こえます。
すると、その声を聞きつけたらしいバテアさんが転移ドアの中から顔をだされまして、
「あぁ、リンシン、良いところに戻って来たわね。ちょっと手伝いなさい」
そう言って、リンシンさんを、さわこの森~仮称~へと連れていかれました。
頭の中にクエスチョンマークが飛び交っている私ですが
「……そ、そうですね……と、とりあえずクッカドウゥドルの下ごしらえをすませてしまいましょう」
現実逃避でもするかのようにそう呟きながら、厨房へと戻っていきました。
◇◇
一通りクッカドウゥドルをさばき終え、串に刺し終えた私は、以前タルマネギと一緒につけ込んでおいたマウントボアのお肉も持ってきてみました。
以前は、その異常に硬い筋繊維のせいでとても食べられない状態だったマウントボアの外皮に近い部分のお肉ですが、タルマネギにつけ込んでいたおかげですっかり柔らかくなっていました。
試しに、一口大の大きさに切り分けたお肉を串に刺して数本焼いてみました。
新しく出来た厨房の焼き場の試運転を兼ねて、炭火をおこしていきます。
火炎魔石という魔法の道具のおかげで、炭火にも一瞬にして点火することが出来ました。
これは本当にありがたい仕組みです。
その上で、早速マウントボアの串焼きを焼いていきます。
すると、あの硬くてどうにも出来そうになかったマウントボアのお肉が、見るからにジューシーに焼けていきます。
肉汁があふれ、炭の上にこぼれると、そこかれえもいわれぬいい匂いが湧き上がっていきます。
以前の硬い状態の時は肉汁までもが硬い筋繊維に閉じ込められていた印象だっただけに、この差に私はびっくりしていました。
焼き上がった1本を、私は早速口に運んでいったのですが……
「ふわぁ……」
その味に、私は思わず目を丸くいたしました。
すごいです。
噛む度に肉汁が口の中一杯に広がります。
そのお肉もとても柔らかくなっておりまして、脂身がほどよく絡んでいます。
口の中が力強い脂分で満たされて、野生の肉を食べている! そう実感させてくれる感じです。
これは、飲まずにはいられません。
先ほど、ドルーさんには「朝から……作業前だし……」と、色々申し上げて、アルコール度数の低いお酒をお出ししましたけど、あ、あれは、あくまでも工事をなさるからということでして……
……で、準備したのは天の戸の醇辛純米酒です。
グラスにそれを一杯注いだ私は、くいっとあおっていきました。
口の中いっぱいに広がっていた肉の脂分を、お酒の辛口成分が一気に洗い流し、そのまま体内に流れ込んでいきます。お腹が熱くなるのがわかります。
最後に、ほどよい柔らかさの余韻が残り、幸せな気持ちにさせてくれます。
気が付くと、私は串1本で、グラス2杯も飲み干していました。
頬に手をあてて、グラスを見つめながら私は
「……幸せ」
思わず、そう呟いておりました。
ーつづく
「……あの、バテアさん……ここは、どこなのですか?」
そう言った私に、バテアさんはにっこり微笑みながら言われました。
「そうねぇ……さわこの森ってことにしとく?」
「はい?」
私は、バテアさんの言葉に首をひねりました。
そんなバテアさんと私の前には、広大な森が広がっていました。
◇◇
……順を追ってご説明いたしますね。
少し前に私がクッカドウゥドルを「……いっそのこと飼育出来れば……なぁんて」と言った私なのですが、それに対して、
「あら? それ面白そうじゃないの」
そう言われたバテアさんは、クッカドウゥドルの生け捕りをリンシンさんに依頼なさると、
「じゃ、行きましょうか」
そう言われながら右手を前に出されました。
何事か呟かれますと、その右腕の周囲に魔法陣? のような物が出現いたしまして、何やらグルグルまわりはじめました。
しばらくすると一番大きな魔法陣の中に大きなドアが出現したのですが、バテアさんはそのドアを開けて中に入って行かれました。
「えぇ……っとぉ……」
私がその扉の前で、どうしたらいいのか困惑していると、ドアの中からひょこっと顔を覗かせたバテアさんが、
「さわこ何をしてるのよ、早く来なさい」
そう言いながら私の右手を引っ張られました。
そして、冒頭にいたるのです。
私とバテアさんの前には広大な森が広がっていました。
バテアさんによりますと、
「ここはね、たくさんある異世界の中の1つなんだけどさ……終末戦争(ラグナロク)によって一度完全に崩壊した世界なのよ」
「そ、そうなのですか?」
バテアさんに言われて、私はこの世界を改めて見回してみたのですが……
森林は青々としていますし、近くからは小川が流れている音が聞こえます。
見上げれば、抜けるような青い空がどこまでも続いています。
どう見ても、崩壊した世界には見えません。
私が困惑した表情を浮かべていると、バテアさんは私をいきなりお姫様抱っこなさいました。
「え……えぇ!?」
私が困惑した……と、いいますか、真っ赤な顔をして、あわあわしていますと、バテアさんは
「ちょっと飛ぶわよ」
そう言われると、何やら呪文みたいな言葉を口になさいました。
すると、バテアさんの体がふわりと宙に浮かび、そのまま前方に向かって進み始めたのです。
「うわぁ……」
最初こそ面食らった私ですが、眼下に流れていく森を見下ろしながら思わず目を見開きました。
すごく綺麗です。
すごく爽快です。
このまま、バテアさんと一緒にどこまでも飛んでいける……私はそんな事を思っていたのですが、その時間は唐突に終了いたしました。
バテアさんがある程度のところまで飛んで行かれますと、そこで唐突に地面がなくなったのです。
「え?」
さらにバテアさんが進んでいくと……先ほどまで私達がいた森が、実は丸い円盤状の大地の上に存在している。ごくごく狭い空間であることがわかりました。
天動説の世界……とでも、いいましょうか……
空間に浮かんでいる丸い円盤状の大地を小さな太陽が照らしているのです。
大地の下側には、小さな月があります。
おそらく、夜になるとあの月が大地の上に昇っていくのでしょう。
「わかったかしら、さわこ。この世界はね、一度完全に崩壊して、やっとここまで復活した世界ってわけ。当然生き物はまだ存在していないわ」
バテアさんはそう言われました。
……ですが
ファンタジーとか、そういった類いの物にとことん疎い私は、こうして実際に状況を見せられた上で説明をお聞きしましても、
「はぁ……」
と、お答えするのがやっとでした。
すると、バテアさんは
「ふふふ、ホントにさわこは面白いわね。だから飽きないのよね」
そう言いながら、先ほどの転移ドアのところまでお戻りになられました。
◇◇
と、とにかくですね。
・この世界はかなりせまい
・人も生き物も住んでいない
・でも自然が豊か
と、これぐらいのことはわかりました。
せまいと言いましても、そうですね、日本で一番大きな湖よりは大きいみたいです。
「ここね、珍しい薬草や魔石があるから、たまにきてたのよ。でね、クッカドウゥドルを放牧するのにはもってこいじゃないかと思ってね」
バテアさんはそう言って笑われました。
た、確かに……それはとてもいいお話のように思えるのですが……
今の私は、らぐなろく? だの、せまいせかい? だの、理解不可能な言葉や光景が頭の中をぐるんぐるんまわるばかりで、何をどうしたらいいのかちんぷんかんぷんの状態でした。
すると、そんな私の様子を見かねたバテアさんが
「ここにクッカドウゥドルの放牧用の柵とか小屋とか作っておいてあげるから、さわこはとりあえず今夜の料理の下ごしらえをしておきなさいな」
そう言ってくださいました。
こうして、転移ドアをくぐってバテアさんの家に戻った私なのですが、そんなお店の中には、大きな籠を背負ったリンシンさんの姿がありました。
どうやら、ちょうどお戻りになられたところのようですね。
その籠の中では多数のクッカドウゥドルが詰め込まれているらしく、
クッカドウゥドル~
クッカドウゥドル~
そんな鳴き声をあげているように聞こえます。
すると、その声を聞きつけたらしいバテアさんが転移ドアの中から顔をだされまして、
「あぁ、リンシン、良いところに戻って来たわね。ちょっと手伝いなさい」
そう言って、リンシンさんを、さわこの森~仮称~へと連れていかれました。
頭の中にクエスチョンマークが飛び交っている私ですが
「……そ、そうですね……と、とりあえずクッカドウゥドルの下ごしらえをすませてしまいましょう」
現実逃避でもするかのようにそう呟きながら、厨房へと戻っていきました。
◇◇
一通りクッカドウゥドルをさばき終え、串に刺し終えた私は、以前タルマネギと一緒につけ込んでおいたマウントボアのお肉も持ってきてみました。
以前は、その異常に硬い筋繊維のせいでとても食べられない状態だったマウントボアの外皮に近い部分のお肉ですが、タルマネギにつけ込んでいたおかげですっかり柔らかくなっていました。
試しに、一口大の大きさに切り分けたお肉を串に刺して数本焼いてみました。
新しく出来た厨房の焼き場の試運転を兼ねて、炭火をおこしていきます。
火炎魔石という魔法の道具のおかげで、炭火にも一瞬にして点火することが出来ました。
これは本当にありがたい仕組みです。
その上で、早速マウントボアの串焼きを焼いていきます。
すると、あの硬くてどうにも出来そうになかったマウントボアのお肉が、見るからにジューシーに焼けていきます。
肉汁があふれ、炭の上にこぼれると、そこかれえもいわれぬいい匂いが湧き上がっていきます。
以前の硬い状態の時は肉汁までもが硬い筋繊維に閉じ込められていた印象だっただけに、この差に私はびっくりしていました。
焼き上がった1本を、私は早速口に運んでいったのですが……
「ふわぁ……」
その味に、私は思わず目を丸くいたしました。
すごいです。
噛む度に肉汁が口の中一杯に広がります。
そのお肉もとても柔らかくなっておりまして、脂身がほどよく絡んでいます。
口の中が力強い脂分で満たされて、野生の肉を食べている! そう実感させてくれる感じです。
これは、飲まずにはいられません。
先ほど、ドルーさんには「朝から……作業前だし……」と、色々申し上げて、アルコール度数の低いお酒をお出ししましたけど、あ、あれは、あくまでも工事をなさるからということでして……
……で、準備したのは天の戸の醇辛純米酒です。
グラスにそれを一杯注いだ私は、くいっとあおっていきました。
口の中いっぱいに広がっていた肉の脂分を、お酒の辛口成分が一気に洗い流し、そのまま体内に流れ込んでいきます。お腹が熱くなるのがわかります。
最後に、ほどよい柔らかさの余韻が残り、幸せな気持ちにさせてくれます。
気が付くと、私は串1本で、グラス2杯も飲み干していました。
頬に手をあてて、グラスを見つめながら私は
「……幸せ」
思わず、そう呟いておりました。
ーつづく
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