異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

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さわこさんと、ドルーさん その1

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 今夜も肌寒い風が、提灯をゆらしております。

 そんな中、居酒屋さわこさんには今日もたくさんのお客様がご来店くださっています。

「いやぁ、今日も寒いね」
 そう言いながら、お店に入ってこられたのは常連客のナベアタマさんでした。
「ウェルカム、寒い中ようこそ。さ、お酒をどうぞ」
 そんなナベアタマさんを早速出迎えてくれたエミリアが、お店の中央にございますだるまストーブのところへご案内しています。

 このだるまストーブですが、その上に大きなタライがおいてありまして、その湯の中でお銚子に入れているお酒を燗しているんです。

 これなんですが、
『寒い中、わざわざご来店くださいまして誠にありがとうございます』
 との、感謝の気持ちを込めまして、ご来店くださいました皆様に、1杯サービスさせて頂いているんです。

 以前は、私の世界から仕入れて来た日本酒が多かったのですが、最近はワノンさんの酒造工房で生産されています『二人羽織』が半分くらいを占めているんです。
 以前、ワノンさんがお造りになっておられたパルマ酒も大変美味しいのですが、燗するには少々フルーティ過ぎまして……ですが、新たにお造りになられましたこの二人羽織は、味といい、旨みといい、私の世界の日本酒と肩を並べるおいしさなのでございます。

 今、ナベアタマさんがお飲みになられている一杯も、まさにその二人羽織でございます。
「あぁ、このお酒美味しいねぇ。このお店はホントいろんな味のお酒が楽しめるから嬉しいよね」
 そう言いながら席に座っておられます。

 そういったお声をお聞きすると、私も思わず笑顔になってしまいます。

 そんなナベアタマさんの側に、お酒担当のバテアさんが歩み寄っていかれました。
「さ、来店の一杯に続いて、次は何にする?」
「そうだなぁ……さっきのお酒も美味しかったけど……」
 そう、一考なさったナベアタマさんは、
「今度は二人羽織をもらおうかな!」
 手をポンと打ってそう言わ……

 ……あれ?

 お、おかしいですね……ナベアタマさんがさっき最初の一杯でお飲みになられたのが、まさにその二人羽織のはずなのですが……

 ふふ……たまにはございますよね、こういうことも。

 それを熟知なさっているバテアさんも、
「そうよねぇ、さっきのお酒も惜しいけどさ、二人羽織もいいわよねぇ」
 そう言いながら、ナベアタマさんの空になっているグラスに、手に持たれている二人羽織の瓶を傾けておられました。
 ……必死に笑いを堪えておられる様子に、厨房の私まで思わず口元を抑えてしまいましたのは、ご愛敬ということでご勘弁くださいませ。

◇◇

 最近、居酒屋さわこさんで人気メニューになっております一人鍋ですが、こちらの大鍋の提供も開始させていただいております。

 これ、大工のドルーさんがですね
「のう、さわこよ、この鍋なんじゃが、わしらみんなでつつけるようには出来んのかの?」
 そう言われたのが最初だったんです。

 ドルーさんは大工の棟梁をなさっておられます。
 その関係で、時折お弟子さん達を引き連れて飲みに来てくださるのですが、
「せっかくみんなで来ておるんじゃ、鍋も一緒に食べたいと思ってのぉ」
 そう言って笑っておられたドルーさん。

 そうなんです。

 ドルーさんは、お弟子さん達となんでも一緒に食べるのが大好きでして、焼き鳥や串焼きなども、
「さわこ、とりあえず10人前ずつ大皿でどーんと頼むわい!」
 そんな感じで御注文くださいまして、その大皿をテーブルにお届けしますと、
「さぁ、お前ら、好きなだけ食えよ!」
 そう言って楽しそうに笑われるんです。
 お弟子さん達も、それがすごく楽しそうなんですよ。

 もちろん、居酒屋さわこさんには、私が元いた世界で使用しておりました普通サイズの土鍋もございますので、対応は可能でございます。

 それを使用しまして、以前お鍋を大鍋で提供させていただきましたところ、
「うむうむ、一人で食うのも美味いが、皆で食うのもまた格別じゃな」
 そう言って、ドルーさんは大喜び。
 お弟子さん達も、
「みんなと一緒っていいですね」
「なんか、あったかさが増したみたいだ」
 そんな言葉を交わされながら、お互いに鍋の具を取り合ったりなさっていた次第でございます。

 そんなドルーさんが、今夜もお弟子さん達と一緒にご来店くださいました。
「おう、さわこよ! 今日もお勧めの大鍋を頼む」
 そう言いながら、サービスのお酒を飲むためにだるまストーブの元へ駆け寄られているドルーさん。
 その後方を、お弟子さん達が同じように続いておられます。
「ウェイトよ、順番にいれるから」
 そんなドルーさん達の前で、エミリアがストップをかけながら、タライの中からお銚子を取り上げています。
 その前で、ドルーさん達は、一列になってお待ちくださっておいでです。

 この、たらいからお酒を取る行為なのですが、すでに手慣れておられます役場のヒーロさんあたりですとお任せしても安心なのですが、ドルーさんですといきなりむんずとお銚子を手にとってしまい
「あちゃちゃちゃちゃあ」
 と、悲鳴をあげられることが少なくないんですよね……

 そのため、基本的にはエミリアがみなさんをお出迎えした後、そのままだるまストーブのところで一杯お注ぎするまでお相手させていただいている次第なんです。

 さて、エミリアがドルーさん達にお酒を注いでくれている間に、私もお鍋を準備しないといけません。

 もっとも、すでに下準備は出来ております。
 いくつかのお鍋は、後は煮こむだけな状態にして魔法袋の中に保存しておりますので、あとはそれを煮こむだけでございます。

 私は、魔法袋に中に準備してあります大鍋の中から、マウントボア鍋を選びました。
 このマウントボアは、私の世界で言うところの猪に近い動物でございます。

 いわゆる、ボタン鍋ですね。

 お味噌の味を濃いめにし、この世界の食材でございますカゲタケやニルンジーンの輪切りなどを加えてあります。

 リンシンさんが、ドルーさん達の席に本日のお通し、大根なますとジャッケの南蛮漬、酢蓮、烏賊の塩辛を小鉢に盛り付けたお椀をお配りくださっています。
 大根なますは花状態に飾り切りにしてあります。

「ほうほう、このように食材にまで仕事がしてあるとはのぉ。さすがさわこじゃわい」
 その飾り切りを見ておられたドルーさんが、満足そうに頷いてくださいました。
「気に入って頂けまして恐縮です」
 私は、笑顔でそう言いました。

 そんな私の前でドルーさんは、
「うむうむ、凄く上手そうじゃな、うん」
 そう言うと、
「と、いうわけでじゃ、バテアよ、早く酒も持ってこんか!」
 そう言いながらバテアさんに向かって手を振っておられます。

「もう、ちょっと待ちなさいな、すぐいくからさ」
 そんなドルーさんに苦笑しながらも、バテアさんは気持ち急ぎながらドルーさん達のテーブルに向かって移動しておられます。

 こんな感じで、いつも少しせっかち気味なドルーさんでございます。

 私も、料理の歓声を急いだほうがよさそうですね。

「おいさわこ、鍋はまだか?」

 ……ほら、やっぱり。
 さっそく催促のお声が聞こえてまいりました。

「はい、もう少しお待ちくださいな」
 私は、笑顔でドルーさんにお答えしたしました。
「うむ、楽しみで仕方ないわい」
 私の言葉に、ドルーさんは満面の笑顔です。

 私は、そんなドルーさんに笑顔を返しながら、鍋のアクを取り除いていきました。

 みなさんで、美味しく召し上がって頂きませんとね。

ーつづく
 
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