異世界居酒屋さわこさん細腕繁盛記

鬼ノ城ミヤ(天邪鬼ミヤ)

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連載

さわこさんと、温泉の休日 その2

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「にゃは~……あったかくて気持ちいいにゃあ」
 温泉の中ですっかりくつろいでいる様子のベルは、私の隣で体をまっすぐ伸ばしています。
 浮力で、ベルの体が湯船に浮かんでいます。
 牙猫のベルは、人型になってもその背中や肩のあたりが濃い目の毛で覆われています。
 そのおかげでしょうか、浮力が強いのかもしれませんね。
 ベルは、お湯の中でも綺麗にまっすぐ浮かんでいるんです。

 あまりにも綺麗にまっすぐ浮かんでいるものですから……私もつい「出来るかしら」と思ってしまいまして、ベルト同じように体を伸ばしてみたのですが……駄目ですね、私はお尻の辺りからゆっくり沈んでしまいました。

 ……いえ、違うんですよ。これは決して私のお尻が重たいわけではなくてですね……

 私は、慌ててお湯の中で座り直しました。

 どうやら、私が子供っぽいことをしていいたことはみんなにはバレていないようです。

 バテアさんはお酒を飲みながら景色を眺めておられますし、リンシンさんはお酒に夢中です。
 ベルはベルで、お湯に浮かんだまま、気持ちよさそうに目を閉じていますので。

 その事に安堵しながら、私も改めてお酒のグラスに手を伸ばしました。

◇◇

 文字通り、心ゆくまで温泉を満喫した私達は、一度お湯からあがり、部屋の中でくつろいでいました。

 すると
「失礼いたします。お食事をお持ちしてもよろしいでしょうか?」
 と、まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、仲居さん……この世界では従業員さん呼称のようなのですが、その方がノックして部屋に入ってこられました。

「みんな、いいかしら?」
 バテアさんが、そう言って私達の方を確認してくださいました。
 それに対して、私は、
「はい、大丈夫です」
 そうお返事いたしました。
 
 リンシンさんも、
「……うん、いいよ」
 と、笑顔でお返事されました。

 よく見ると、リンシンさんはすでに真っ赤になっています。
 お風呂で飲んでいたお酒の影響でしょうね。

 あ、でも、リンシンさんはお酒を飲むとすぐに真っ赤になるんですけど、実はそこまで酔っ払ってはいないんですよ。
 リンシンさんの場合、体が大きいせいか滅多に酔い潰れることがございませんので……っていいますか、リンシンさんが酔い潰れたのを、私、拝見したことがまだ一度も無いかも知れません。
 ……これに関しましては、リンシンさんが酔い潰れる頃には、先に私の方が酔っ払っていて、記憶に残っていないだけのような気が……

 ベルも、もちろん食事に同意いたしました。

 それを受けまして、バテアさんが、
「じゃあ、お願いしますね」
 そう、従業員さんにお願いしてくださいました。

 ほどなくしまして、部屋の中に食事が運ばれてきました。
「うわぁ……」
 私達の前に運ばれてきたのは、見た目も麗しいお料理の載っているお膳でした。
 一人一人にお膳が用意されていて、小鉢やお皿の上に彩り豊かな料理が並んでいます。
 そのお膳が1人に3つ運ばれてきました。

 この温泉がございますのが山の中だからでしょうか、山菜を使用した料理が多いようにお見受けいたします。

「じゃあ、いただきましょうか」
「はい、そうですね」
 バテアさんの言葉に、私は笑顔で頷きました。

 料理に向かって、一度両手を合わせた私は、
「いただきます」
 そう言いながら軽く頭を下げました。

 すると、それに合わせて、
「いただきます」
 と、バテアさん。
「……いただきます」
 と、リンシンさん。
「いただきますニャ」
 と、ベル。

 みんな一斉に手を合わせて軽く頭をさげました。

 この日本式の食事の挨拶は、私が常日頃から行っているのですが……今ではすっかり皆さんにも伝播している感じでございます。

 挨拶が終わりますと、
「さぁ、さわこ」
 バテアさんがお酒の瓶を私へと差し向けてくださいました。
「ありがとうございます」
 私は笑顔でお礼を申し上げながら、お膳のグラスをバテアさんへ差し出しました。

 それを口に運びますと、ふわっと甘みが広がっていきます。
 この世界特有の、果実酒のようですね。

 まろやかに口の中を覆い尽くし、それでいて飲み干すとすべての味が喉を通過し、体の中に落ちていくかのようです。
 この独特の味わい……かなりのものでございます。

 ですが……ワノンさんがお造りになられておりますパルマ酒を飲み慣れている私といたしましては、少々物足りなさを感じてしまいます。

 ……ここのお酒も美味しいのですが、やはりワノンさんのお酒の方が一段上ですね。

 お酒を頂きながら、私は内心でそんな事を考えておりました。
 ……もっとも、それを口にすることはございません。

 えぇ、このような席でそのような事を口にいたしますのは無粋と、心得ておりますので。
 それに、このお酒が不味いという訳ではございません。
 ワノンさんのお酒がすごいということなのですから。

 お酒を口にいたしました私は、次いで料理へ手を伸ばしていきました。
 このお宿の食事はナイフとフォークを駆使して頂くようになっております。
 これが、この世界の一般的な食べ方です。

 居酒屋さわこさんではお箸もお出ししていて、それが常連客の皆さんを中心に広まってはおりますけれども、あれはこの世界ではむしろ例外ですものね。

 ですが……ここで私はあえてある物を取り出しました。
 はい、マイ箸でございます。
 漆塗りの赤いお箸。
 もう十年来の私の相棒でございます。

 郷に入りては郷に従えと申しますが……やはりここは譲れません。

 それはさておき……さぁ、お食事を頂きましょう。

 私は、前菜の小鉢を手に取り、それを口に運んでいきました。
 山菜を煮付けたものに、黄色いソースがかかっています。
 
 そうですね、私の世界の料理で例えますと、ほうれん草のおひたしの辛子和えといった感じでしょうか。
 辛子ソースがほどよくおひたしを包んでいます。
 その辛み具合が絶品です。

 最初の一口でこれでございます。
 これは、大変期待してよさそうですね。

「ここの料理長をしているエルフってね、若い頃から各地で修行してたそうなのよ」
 バテアさんがそう教えてくださいました。

 エルフの方々は大変長命だそうでして、私と同年齢に見えても遙かに年上ということを何度も経験しております。

 かく言う、バテアさんもエルフです。
 私より少しお姉さんくらいにしか見えないのですが……あれ? そう言えばバテアさんってば正式には何歳でしたっけ?
 改めて思い返してみますと……きちんとお聞きした事ってなかったかもしれません。

 私がそんなことを考えておりますと、バテアさんがそんな私の心を見透かすかのようににっこり微笑まれまして、
「さぁ、さわこ。余計なことは考えないで、料理とお酒を楽しみましょう」
 そう言って、悪戯っぽく笑われました。

 なんでしょう……そんな笑顔をされてしまいますと、それ以上お聞き出来ない気持ちになってしまいます。

 バテアさんの年齢……多少気にはなりますけれども、あえてそれ以上詮索することを諦めた私は、改めて料理へ向き合っていきました。

 メイン料理として、お膳の真ん中に鎮座しておりますのは……これは一目でわかりました。
 間違いありません……タテガミライオンのお肉を使ったステーキですね。

 このタテガミライオンのお肉は、この世界最高級珍味の1つとされているんです。
 居酒屋さわこさんでも、このタテガミライオンのお肉を使用した料理をいくつかお出ししておりますが、本来ですと、私のお店ではとても扱えない……そんな代物なのでございます。

 それもこれも、辺境都市ナカンコンベにございますおもてなし商会のファラさんが、このタテガミライオンのお肉をお安く卸売りしてくださるからなんですよ。
 本当に、ファラさんにが感謝しても仕切れません。

 さて、そんなことを考えながら、私はそのお肉を一切れお箸でつまみました。

 それを口に入れますと……いわゆる照り焼きにされている感じですね。
 お肉の表面に、ソースの味が何層にもわたって塗り固められていまして、それを口の中で噛みしめると同時に、一気にその味が解放されるといった感じでございます。
 その中に、私の世界でいいますところのマスタード……いえ、これは山椒の方が近いかも知れませんね、ピリリとした味が、その味を引き締めてくれています。
 その絡み具合が本当に絶妙です。

「あぁ……幸せですねぇ」

 私は、思わずそんな言葉を口にしておりました。
 美味しいお酒に、美味しい料理。
 温泉を満喫した後に、こんな至福の時をすごせているのですもの。

 そう思うのも当然ですよね。

 私は、満面に笑顔を浮かべながら、料理を口に運び続けておりました。

ーつづく
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