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戦略的逃走

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「セミール、フレス、フォーユン。君たちはハルカを連れて進め!」

「え?」

  ハルカがこの指示の意味を理解する間もなく、セミールは彼女の手を取り走り出した。

「グレン、リリーストゥルーアビリティー」

  このかけ声と共にザックは大きなカイトシールドを構えて魔族に突進していく。

「ワールウィンドー」

「ファイムフレア」

レミとマルクスのふたりの魔法が合わさって火炎の旋風を顕現させるが、腕のひと振りで消し飛ばされた。

  熱気と飛散する地面を横目にハルカの手を引いたセミールたちが駆け抜けていく。

  大盾を構えたまま熱気と土煙が残る場所に飛び込むザック。その中からゴツンと鈍い音がしたのは盾での突進がヒットしたからだ。続けて揺らめく炎を纏ったエリオが闘技の構えを取った。

「ザック離れろっ。ライノドーン!」

  先日ディグラーという魔族を倒した形象闘技が痛撃し、彼らを覆う煙が弾け飛ぶ。

「ぐぅぅぅぅ」

  エリオのこの唸りは自ら放った闘技の反作用に耐える声だ。

  グレンは魔族の高質化した腕にぶつかり体を一メートルほど押し込むも受け止められていた。だが、そうなることがわかっていたエリオは、その隙を最小限に攻撃を再開。連撃によって攻め続ける。

「セミールさん、なんで」

  ハルカが言い切る前に彼は言葉を返した。

「ハルカちゃんはこの魔道具を持って俺たちと聖域に行くんだ」

「でも、エリオさんたちが行かなきゃ目的は達成できないじゃないですか」

  目的とは彼らの成長の壁の突破と魔族と戦うのに有利な退魔の呪印を身に着けること。

「大丈夫」

「なにが大丈夫なんですか?!」

  混乱するハルカの手を引きながら最後の数十メートルを走る彼らの前には、とうぜんハークマインの要塞を守る兵士たちがいる。しかし、兵士たちは走ってくるセミールたちよりもその先で戦う魔族のことが気になり、注意力は散漫だった。それでも要塞の門を閉じ始める。

「フォーユン!」

「あいよ」

  ハルカの反対の手を取ったフォーユン。セミールは閉まっていく門へ全速力で走っていく。その背に向かってフォーユンが法名を叫んだ。

「ダートクエイク」

  先行するセミールを波打つ土が追いかけていく。その波に足を取られないように飛び上がったセミールを追い越し、盛り上がった土が要塞の門の動きを抑制した。

  あわてふためく兵士たちに向かってフレスが拘束魔道具を投げつけると、噴出した光と煙の効果によって兵士たちは複数の状態異常に襲われる。

「よし」

  そのままセミールは要塞内に飛び込み、拘束魔道具を左右に投げてひと言ぼやいた。

「こいつひとつでお前たちの月給の何倍だ? もったいねぇ」

  魔族を拘束するために作った魔道具に捕らわれた人族がその拘束から逃れる術はない。

「体が……動かん」

  行動不能になった兵士たちの隙間を息を止めて駆け抜けたセミールは出口側の門に辿り着く。あたりを見回し探すのは要塞の門を開ける装置だ。

「あれか!」

  そのレバーに跳びついて勢いのままに引きおろすと、ガラガラと音をさせながら門はゆっくりと動き始める。開き始めた門の隙間から飛び出した彼は外の様子を探るが、幸いにも兵は誰もいない。壁沿いには頑強そうな厩舎があり、その中に馬と馬車を見つけたセミールが叫んだ。

「こっちだ、いいものがある」

  エリオが戦闘を初めてから一分程度でハルカたちは馬車に乗って要塞をあとにしていた。

「いったいどういうことなんです?!」

「それは、つまり……なんていうか……」

  エリオの言うがままに今の状況になったことについてセミールに問うが、彼は口ごもってしまっていた。

  数秒待っても返答のないことで、ハルカが馬車の後方へと視線を向けると、エリオの力が大きく膨れ上がった。それはエリオの切り札が切られた証だ。

  闘力爆縮仙術によってエリオの能力は爆発的に増大。グレンの能力解放による揺らめく炎は劫火と化した。

  マサカーサーペントに対して使ったときとは違うその力の大きさに、仲間たちはついていけず援護に入れない。エリオはそれほどの戦闘能力を発揮していた。

「これが今のエリオの底力かよ」

「桁違いです」

「だよな。エリオの奴、数日前よりずっと強くなりやがった」

  自称ライバルのセミールは感心と悔しさを含んだ言葉を口にした。

「いえ、あの魔族です」

「え?」

  ハルカは眉をしかめてそう言うと、馬車から飛び降りてしまった。

「ハルカちゃん!」

  この奇行に対応できず、その背を見送るセミールに向かってハルカは叫んだ。

「魔道具をお願いします。あの魔族は絶対に行かせませんから」

  手を伸ばすしかできないセミールの視界からハルカはあっという間に消えていった。

「あの子めっちゃくちゃ足が速いよな」

  追いつけないことを悟っているため、セミールはそのまま馬車を走らせていた。
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