狼少年シークエル 

仙 岳美

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09 不覚ノ巻

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09 不覚ノ巻
 
 夜分に島長である志摩長は研究室で回収した猿の遺体と、その持ち物を調べていた。
遺体は調べると普通の猿、喋ると聞いていたが声帯を調べると、やはり普通の猿の声帯だった、いわゆる人間の声を発するには不可能な構造だった。
そして遺品は三点、王冠、マント、サーベル、それらを調べてみると、全て質が良く一般的な物であったが、サベールにだけ何か異様な物を感じ、同時に島民である一馬から聞いた猿の言葉を思い出す。
『仇は女王様が取ってくれる』
女王と聞いて半島の森羅が思い当たり、帝国の外交ルートを通じ問い合わせるも、森羅の返答は『そんな猿は知らない、使った覚えも無い』それだけだった。
島長はその返答はまず間違い無いと見た、その根拠は猿の持っていたサーベルである、それは秘に仕入れた森羅の武器リストに載っていたなかったからである、ならば新型と考えてみるも志摩長は首を跳ねる、それをなんの責任も持たない猿にまず貸す事などはありえない事だからである。

 それから数日後に猿は水葬し、さらに数日後の夜も志摩長は研究室の自室に閉じ籠り、その謎を踏まえ、今迄の出来事を考えていた。
そして何か漠然とした不安にかられ安堵ができなかった。
猿が残したサーベルを手に取り再び思考にくれる……どう見ても普通の鉄剣、触れて見ても質感は冷んやりとし、鉄もしくは玉鋼と感じる、顕微鏡でその表面を見てみるも同じ、しかし長年の培った何か勘の様なものが引っかかっり、心の底にドス黒く暗くもっさりとゆっくりと重くのしかかる。
そして一つ気づく、それは猿刀は軽かった、とは言え軽過ぎず適度な重さであった、それは帝国の武器に搭載されているバランサーシステムに酷似していた事から、試しに自国の剣の刃と猿刀の刃を当てて見ると……自国の剣の刃は欠けてしまう、一方の猿刀の刃には欠け無し、それは単純に脅威だった。
次に自分の霊剣を出し猿刀と刃を交えてみると……霊剣はその特性を発揮し猿刀の刃をすり抜ける、そして受けようと念じると猿刀の刃を受ける事が出来た、その事に少し安心すると、研究室の入り口に設置してあるモニターカメラが起動する。
こんな時間に誰かと思う。
そのわけは、平和になってから志摩長は回りに尊敬されると言うよりも、やや恐れられていた。
モニターには、見覚えのあるひとりの女性が映っていた。
すぐに錠を外し、マイクで伝える。
《入りなさい、B8で降りて真っ直ぐ進み、突き当たりのドアを開けなさい》
そしてノックが聞こえる。
志摩長は、ドアを開け出迎える。
「島長さま、お久しぶりです、そしてこんな時刻にすみません」
「いえいえ、まあ、入りなさい、先生あれから体調はどうですかな?」
「はい、おかげさまですこぶる良いです、妹もお世話になっております」
「それは何よりです、妹さんは実に筋が良い」
「ありがとうございます、これは、つまらない物ですが」
とその女性は手にぶら下げた紙袋から菓子の箱を取り出し志摩長に差し出す。
箱を抜けて漂って来る、好物のカステラの匂いに志摩長は笑みをこぼす。
「で、今日はこんな老いぼれに何用で?」
「はい、実は夫の事で」
「一馬君だったかな」
「はい」
「その一馬君がどうした? 浮気でもしたか」
「いえ、そっちの方は心配無いと思うんですが」
「確かに先生より美人の女性はこの島おろか帝都にもいない!……はっははは、こ、これは失礼」
「いえ、実は」
「実は?」
「私の考え過ぎなのかもしれませんが、凄く不安なんです」
「不安?」
「どこかの国と戦争になったら夫は生き残れるのか……」
志摩長は目を瞑り腕を組み考える。
そして答える。
「私も長年戦場を渡り歩いて来たが、こればかりは、運も相当に作用する故になんとも言えん」
「……ですよね……」
「ただ、やはり生き残るには最低限は身に着けておかなければいけない基本もある」
「……」
「よろしければ今度一回、一馬君を連れて来なさい」
「はい、どうぞお願いします」
「……コーヒーでも飲んでいかんかね、私の悩みも少し聞いてくれんか、なぁーに、ただ聞いてるだけで良い」
「はい、私でよろしければ」

 夜はふけてゆき、島長は話し込む程に身近に置く参謀兵士に欲しいと思い、なんとなく猿の残したサーベルを、その経緯を伏せ見せてみる。
「まあ、綺麗な鏡の様な剣」
島長、その鏡と言う言葉にピンときって霊剣を再びサーベルに当ててみると……サベールが霊剣を受け止めていた、そしてそれは即ち、もう霊剣の特性は無力化されている事に気づき思わず口走る。
「せっ! 先生も霊剣をお持ちでしたな!」
「ええ、はいでも私のは剣と言うより、ナイフですが、でも小さいから普段使いにとても重宝しておりますわ」
「す、すまんが!、その先生のを、このサベールの刃に少し当ててくれまんせかね」
「お安い事ですわ」
「えい!」
とその掛け声と同時に手の中に小さいバターナイフの様なナイフが飛び出し、手の中で生きている様にクルクルと回る、それを慣れた手つきで握り、要望通りに猿刀に当ててくれる、するとナイフの刃はスリ抜ける、そして少ししまた当てもらうと……もうナイフはすり抜け無くなっていた……
「島長さん、思うにこの子は、学習してるみたいですわ」
「学習?」
「ええ、その刃を交える度に、何か上手くなってる気がするのです」
「上手くですか……」


「……はい、少し、はしたない表現かも知れませんが、情を交わすかのように……」
「情とな」

志摩長は突然その口からでたセリフにゾクリとする。

「はい、そう感じるのはこの身から出した霊剣のせいなのかも知れませんが、それは最初は手玉に取っていたつもりがだんだんとツボをとらえられていってしまう様な……そんな様な感じがします……」
そこまで言って口を結び胸元を隠す様に両腕を交差させ両肩を掴むその仕草と、その唇に凄まじい艶を感じ志摩長は思わず息を呑み、その一連の言葉に島長は、再びピンと来て確信する。
『してやられた』
様はこのサベールは記憶媒体で敵の計略だったのだ、わざと敵地に残し、その敵の武器を学習させ、対応する様に変化する。
そしてこのサベールが敵である島長の手元にあるという事を踏まえ考えれば、最悪、いや、ほぼ他の武器にも志摩長の霊剣の情報は共用されてしまった様に考えるのが普通であった……

 志摩長は、自分の愚かさを感じ同時に老いを感じる、しかし志摩長は島の長である、とりあえず島民の前で狼狽えるわけにはいかずに、平然を装い、心の癒しを求め切り分けたカステラを口に運ぶ、その味は当然ながらカステラの風味であり味わいである、ほろ苦く甘かった、ただそのほろ苦さをその日は特に強く感じた志摩長だった……

[続]


※神の器
  その憑依に選ばれた器である勇者は、その憑依中は強く、不死に近い状態に成る事ができる。
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