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榊 祐太郎 6
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祐太郎は10年以上通い慣れた通勤路を、ゆっくりと歩いて家へと向かった。
さて、これからどうしようか。さっき紗希にはやるべきことがあるって思ったなんて言ったけど、あれは単なる強がりで本当は何にも考えついていなかった。
とはいえ、やりたいことというか、やり残したことがないかと考えれば、いくつもいくつも頭に思い浮かんでくる。
紗希との入籍は勿論のことだが、北海道へ旅行に行きたかった、紗希が食べたがっていた東京のパンケーキ屋さんに連れていきたかった、ボーナス出るまで我慢しようと思っていたゲーム機も欲しかった、来週から始まるアクション映画とアニメ映画観たかった、そいや夏に紗希とテーマパーク行くためにもうチケット手に入れてたんだ…ん?ちょっと待て、今考えたこと今から死ぬまでの間に全部叶うんじゃないか?
そりゃ欲を言えば、紗希と結婚して可愛い子どもが二人できて、海の見える小高い丘に庭付きのマイホーム持って、子どもが二人巣立ったあとは、また紗希と二人でゆっくり過ごして…ゆっくり年取ってから死にたかった。
そんなことを考えていると自然に泣けてきて、すれ違う人たちの目線が少し痛かった。
一方、職場では課長の山本が祐太郎の班のメンバーと生駒、紗希を会議室に集めていた。
生駒は、鶴井の言動が気に食わず、苛ついた表情で座っていた。気不味い雰囲気の中、山本が立ち上がり話を始めた。
「集まって貰ってすまない。榊くんの件と今後の仕事について話がしたくて集まって貰った。まずは、皆さっきの鶴井班長と生駒くんの騒ぎを見ていたと思うので、改めて話をする必要はないかもしれないが、榊くんには申し訳ないが、退職を促させてもらった。…生駒くん。君の苛つきは理解できるが、私も鶴井班長も本心じゃないことは理解してくれ。」
山本はそう言って頭を下げたが、生駒は何も答えずに、目を逸らして下を向いた。その様子を見て、慌てて紗希が質問をした。
「…じゃあ部長の指示なんですか?」
すると、鶴井が下を向いたままの生駒の表情を伺いながら答えた。
「…あぁ。会社のことを思っての結論と言われてな。仕事中に万が一倒れて最悪なケースに陥った場合、責任を追及されかねないって話だ。榊の意志で仕事を続けたとはいえ、マスコミとしたら格好のネタになってしまう。今の会社の業績からして、スキャンダルは避けたい…まぁ、そう言われたら正論かもしれないな。」
「正論って…この会社にあいつは必要です!」
生駒は興奮して立ち上がって声を上げた。
「生駒さん、落ち着いて。」
隣の席の紗希が宥めて生駒を席に座らせた。
「…紗希ちゃんは大丈夫なのか?祐太郎、本当は仕事続けたがってただろ。」
生駒はふて腐れた表情で紗希に聞いた。
「ゆうちゃ…榊くんの本心は分かってます。でも、周りに迷惑がかかるのなら、それは諦めると思います。榊くんは、自分よりも周りを優先する…そういう人ですから。私は榊くんの考えを尊重したいと思ってます。」
紗希は、涙を浮かべながらも祐太郎の良いところを話せることに少し微笑みながら答えた。
「…紗希ちゃん、強いな。」
生駒は少し自分が恥ずかしく感じたが、勢いで聞きたかったことを呟いた。
「紗希ちゃんさ。ゆうたと籍は入れるのか?」
「…………。」
無言で下を向く紗希に場の空気が凍り付いた。生駒は、その雰囲気に自分の発言を後悔した。
家に着いた祐太郎が玄関を開けると、音に気が付いて幸二とゆかりがリビングから廊下に出てきた。
「お帰り。早かったな。」
「あ…あぁ、ただいま。ちょっと部屋に行ってる。また下に来るから。」
祐太郎は幸二にそう答えると、そそくさと二階へと上がっていった。ゆかりは心配そうに祐太郎の背中を見つめていた。
祐太郎は、どんな顔してどう答えたら良いのか分からなかった。仕事を辞めた(正確には辞めさせられただが…)と告げたら、どんな返答がくるのか。
余命一ヶ月なんだから辞めるべきだと後押しされるのか。だけど、そう答える時に少しでも辞めさせられたという悔しい感情が表情に出てしまったら、両親なら微妙な変化に気が付いて、問いただしてくるんじゃないだろうか。そしたら、きっと会社にキツいことを言うんじゃないだろうか。
それから、紗希との入籍も曖昧な感じになってしまった事もだ。本当はきっぱり諦めてもらう説明がしたかったのだが、彼女の涙を前にしたら一気に頭の中が真っ白になってしまった。余命一ヶ月を宣告された男性との結婚なんて、紗希の両親が喜ぶはずがない。これからまたしっかりと話さないとな。
祐太郎は頭の中でマイナスな事ばかりを考えながら、貯金を下ろして駅前の電気屋で買ってきたゲーム機を箱から取り出し、テレビと繋ぎ始めた。
とりあえずはやりたかった事の一つが完遂出来そうだ。
セッティングが終わり、ゲーム機の電源を入れ、ゲームディスクを入れた。
タイトル画面が出てくると、『やっとできるんだ』と興奮してきたが、昔からゲームをしていると、チラチラと壁の掛け時計を見る癖があり、時間の経過が気になってしまう。
まだ始めてから10分も経っていないのに、時計をチラ見する度に、時間が経過していることを認識する。…余命一ヶ月の内の10分っていう時間は、普通に寿命まで生きる人間にとっての10分と比べて何倍の価値があるんだろう…。そんなことに気が付くと、ゲームなどに時間を費やしている自分が馬鹿みたいに感じて、コントローラーを床に投げ捨て、そのまま大の字に寝転がった。
「…一ヶ月…僕はあと一ヶ月か。…短いな…怖い…。」
ふとした瞬間、『残りあと…』という言葉が脳裏を過る度に、死という恐怖が祐太郎を襲った。
「…何で僕なんだろ…。」
祐太郎は、床に寝転がりながら窓の外を見た。
雲一つない青空は、自分を嘲笑っているように感じた。
「…馬鹿みたい。」
空にまでケチを付けようとする自分が嫌になった。
さて、これからどうしようか。さっき紗希にはやるべきことがあるって思ったなんて言ったけど、あれは単なる強がりで本当は何にも考えついていなかった。
とはいえ、やりたいことというか、やり残したことがないかと考えれば、いくつもいくつも頭に思い浮かんでくる。
紗希との入籍は勿論のことだが、北海道へ旅行に行きたかった、紗希が食べたがっていた東京のパンケーキ屋さんに連れていきたかった、ボーナス出るまで我慢しようと思っていたゲーム機も欲しかった、来週から始まるアクション映画とアニメ映画観たかった、そいや夏に紗希とテーマパーク行くためにもうチケット手に入れてたんだ…ん?ちょっと待て、今考えたこと今から死ぬまでの間に全部叶うんじゃないか?
そりゃ欲を言えば、紗希と結婚して可愛い子どもが二人できて、海の見える小高い丘に庭付きのマイホーム持って、子どもが二人巣立ったあとは、また紗希と二人でゆっくり過ごして…ゆっくり年取ってから死にたかった。
そんなことを考えていると自然に泣けてきて、すれ違う人たちの目線が少し痛かった。
一方、職場では課長の山本が祐太郎の班のメンバーと生駒、紗希を会議室に集めていた。
生駒は、鶴井の言動が気に食わず、苛ついた表情で座っていた。気不味い雰囲気の中、山本が立ち上がり話を始めた。
「集まって貰ってすまない。榊くんの件と今後の仕事について話がしたくて集まって貰った。まずは、皆さっきの鶴井班長と生駒くんの騒ぎを見ていたと思うので、改めて話をする必要はないかもしれないが、榊くんには申し訳ないが、退職を促させてもらった。…生駒くん。君の苛つきは理解できるが、私も鶴井班長も本心じゃないことは理解してくれ。」
山本はそう言って頭を下げたが、生駒は何も答えずに、目を逸らして下を向いた。その様子を見て、慌てて紗希が質問をした。
「…じゃあ部長の指示なんですか?」
すると、鶴井が下を向いたままの生駒の表情を伺いながら答えた。
「…あぁ。会社のことを思っての結論と言われてな。仕事中に万が一倒れて最悪なケースに陥った場合、責任を追及されかねないって話だ。榊の意志で仕事を続けたとはいえ、マスコミとしたら格好のネタになってしまう。今の会社の業績からして、スキャンダルは避けたい…まぁ、そう言われたら正論かもしれないな。」
「正論って…この会社にあいつは必要です!」
生駒は興奮して立ち上がって声を上げた。
「生駒さん、落ち着いて。」
隣の席の紗希が宥めて生駒を席に座らせた。
「…紗希ちゃんは大丈夫なのか?祐太郎、本当は仕事続けたがってただろ。」
生駒はふて腐れた表情で紗希に聞いた。
「ゆうちゃ…榊くんの本心は分かってます。でも、周りに迷惑がかかるのなら、それは諦めると思います。榊くんは、自分よりも周りを優先する…そういう人ですから。私は榊くんの考えを尊重したいと思ってます。」
紗希は、涙を浮かべながらも祐太郎の良いところを話せることに少し微笑みながら答えた。
「…紗希ちゃん、強いな。」
生駒は少し自分が恥ずかしく感じたが、勢いで聞きたかったことを呟いた。
「紗希ちゃんさ。ゆうたと籍は入れるのか?」
「…………。」
無言で下を向く紗希に場の空気が凍り付いた。生駒は、その雰囲気に自分の発言を後悔した。
家に着いた祐太郎が玄関を開けると、音に気が付いて幸二とゆかりがリビングから廊下に出てきた。
「お帰り。早かったな。」
「あ…あぁ、ただいま。ちょっと部屋に行ってる。また下に来るから。」
祐太郎は幸二にそう答えると、そそくさと二階へと上がっていった。ゆかりは心配そうに祐太郎の背中を見つめていた。
祐太郎は、どんな顔してどう答えたら良いのか分からなかった。仕事を辞めた(正確には辞めさせられただが…)と告げたら、どんな返答がくるのか。
余命一ヶ月なんだから辞めるべきだと後押しされるのか。だけど、そう答える時に少しでも辞めさせられたという悔しい感情が表情に出てしまったら、両親なら微妙な変化に気が付いて、問いただしてくるんじゃないだろうか。そしたら、きっと会社にキツいことを言うんじゃないだろうか。
それから、紗希との入籍も曖昧な感じになってしまった事もだ。本当はきっぱり諦めてもらう説明がしたかったのだが、彼女の涙を前にしたら一気に頭の中が真っ白になってしまった。余命一ヶ月を宣告された男性との結婚なんて、紗希の両親が喜ぶはずがない。これからまたしっかりと話さないとな。
祐太郎は頭の中でマイナスな事ばかりを考えながら、貯金を下ろして駅前の電気屋で買ってきたゲーム機を箱から取り出し、テレビと繋ぎ始めた。
とりあえずはやりたかった事の一つが完遂出来そうだ。
セッティングが終わり、ゲーム機の電源を入れ、ゲームディスクを入れた。
タイトル画面が出てくると、『やっとできるんだ』と興奮してきたが、昔からゲームをしていると、チラチラと壁の掛け時計を見る癖があり、時間の経過が気になってしまう。
まだ始めてから10分も経っていないのに、時計をチラ見する度に、時間が経過していることを認識する。…余命一ヶ月の内の10分っていう時間は、普通に寿命まで生きる人間にとっての10分と比べて何倍の価値があるんだろう…。そんなことに気が付くと、ゲームなどに時間を費やしている自分が馬鹿みたいに感じて、コントローラーを床に投げ捨て、そのまま大の字に寝転がった。
「…一ヶ月…僕はあと一ヶ月か。…短いな…怖い…。」
ふとした瞬間、『残りあと…』という言葉が脳裏を過る度に、死という恐怖が祐太郎を襲った。
「…何で僕なんだろ…。」
祐太郎は、床に寝転がりながら窓の外を見た。
雲一つない青空は、自分を嘲笑っているように感じた。
「…馬鹿みたい。」
空にまでケチを付けようとする自分が嫌になった。
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