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神谷 あずさ 2
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「もしもし、片野です。」
3コール目で電話が繋がった。
「あ、夜分にすみません、日比野です。」
「お疲れ様です。今日は夜勤ですかな?」
「えぇ。」
「そうですか、お身体気をつけてください。…それで、どうかされましたか?」
「えぇ、今救急で患者さんが運ばれてきまして、カルテを確認したら片野先生の患者さんだったもので、ご報告をと思いまして。…神谷あずささん、16歳の女の子です。」
「…神谷あずさ…、その子がどうかされたんですか?」
日比野医師は、片野医師の声が変わったように感じた。
「…えぇ。まだ確実ではないんですが、自ら手首に傷を負わせて…。」
「リストカットですか…。」
日比野医師は、片野医師を気遣うつもりで回りくどい説明をしてしまったが、片野医師がストレートな言葉で上書きした。
「はい、そうです。一時は意識もなく危ない状態だったんですが、今は何とか安定した状態になっています。」
「そうですか、それは良かった。…日比野先生、私に気を遣っているようですが、思っていることを言っていただいていいんですよ。」
「い、いえ、そんな。ただ、今後のケアについて考えなくてはいけないと思いまして。」
「…そうですね。今から病院に向かいます。また後ほど。」
片野医師はそう言うと、一方的に電話を切った。
日比野医師は、携帯を仕舞うと処置室に向かって歩き出した。すると、バタバタと廊下を駆けてくる足音が聞こえた。目線を向けると、あずさを病室に運んだ看護師の一人が慌てた様子で手を振りながら近づいて来ていた。
「ひ、日比野先生!神谷さんが!」
日比野医師は、何事かと思い、看護師に駆け寄った。
「どうしたんです!?」
「神谷さんが目覚めまして、暴れているんです。精神的にパニック状態で。制止しようとした母親が、テレビのリモコンで殴られて出血してまして。」
日比野医師は急いで病室へと向かった。
病室の前に着くなり、中では怒号が響いており、相当なパニック状態であることが理解出来た。扉を開けると、二人の男性看護師があずさの腕を掴んで取り押さえている姿が飛び込んできた。ベッドの脇では床に座り込んで、頭を押さえている母親の姿もあった。
「神谷さん!どうしたんですか!?」
日比野医師は駆け寄りながら聞いた。
「うるさい!!何で死なせなかったんだぁぁぁ!」
「さっきからずっとこの繰り返しで…。」
男性看護師の一人が日比野医師に呟いた。日比野医師は、男性看護師たちに手を離すように促した。
羽交い締めから解放されたあずさは、荒い呼吸を整えるように、身体を制止させ、日比野医師を無言で睨み付けた。
「神谷さん。やっぱりあなた自身で自分を傷付けたのね。どうして?」
日比野医師は優しく問い掛けた。
「…何で?って、私はもうじき自分で話すことも、食べることも出来なくなるし、トイレだって誰かの世話にならなきゃいけないんでしょ?それでも最後は呼吸すら出来なくなって死ぬ運命しか残ってないのよ。惨めな姿になる前に死にたいの!誰かに迷惑なんて掛けたくないの!…せっかく死ねたと思ったのに…何で助けるのよ!ばかぁぁ!」
あずさはベッドの枕を日比野医師に投げ付けた。日比野医師は、あえて避けることはせずに胸に枕を喰らった。
「先生!大丈夫ですか?」
心配して駆け寄る男性看護師を、日比野医師は手を突き出して止め、あずさにゆっくり近付いた。
「神谷さん。確かにあなたの言うとおり、あなたを待つ運命は過酷かもしれないわ。ALSは治す方法がまだ見つかってないからね。…でも、あなたは今まで一人で生きてきたの?誰からの助けもなく自分一人だけの力で生きてきたの?」
「…何よ、それ。」
日比野医師の問い掛けの意味をあずさは理解できずに、日比野医師を睨み付けた。
「人間は誰しもが一人でなんか生きていけないわ。今までだって、これからだってあなたは色んな人に助けられながら生きていくのよ。ALSじゃなくたってね。それは、勿論私もそうだし、あなたのお母さんだって、友達だって皆そうよ。お母さんだって迷惑だなんて思ってないわ。あなたが病気だろうが、皆のあなたに対する愛情は変わらないわよ。だから、そんな風に命を粗末にはしないで!」
日比野医師の言葉に、あずさは床に座り込む母親の顔を見た。自分が振り回したテレビのリモコンが頭に当たり血を流している母親は、潤んだ瞳をしていた。
「…お母さん。」
母親はゆっくり立ち上がるとあずさに近づき、ギュッと抱き締めた。
「あなたに死なれたら、お母さん生きていけない。お願い、少しでも長生きして。お母さんにはあなたが必要なのよ。」
耳元で囁く母親の言葉に、あずさは無言のまま母親の背中に手を回し、強く抱き締めた。母親の肩にはあずさの涙が溢れていた。
その様子を見て、日比野医師たちは安堵の表情を浮かべて顔を見合わせた。
「神谷さん。あなたの主治医の片野先生は、誰よりも患者さんのことを考える優しい先生なのよ。少しでも疑問に思ったり、何か言いたいことがあったら、きっといつでも相談に乗ってくれるはずよ。…今も、あなたの話をしたら、非番なのに病室に向かってくれてるみたいだし。」
日比野医師はそう言うと、母親に一礼して病室を出ていった。
病室の扉を閉めるなり、扉に寄りかかり、大きな溜め息を付いた。
「…良かった。」
日比野医師は内心はとても恐かった。わずか16歳でALSであることを告げられた患者の気持ちは、きっと自分などでは理解し得ぬほどツラいものだろうと考えていたからだ。自分に解決する術はあるのか、特段方法などは考えずに病室に飛び込み、それらしい言葉を告げるのが精一杯だった。
結果は何とか良い状態にできたが、まだまだ自分は未熟だと心に思いながら、日比野医師は処置室へと歩き始めた。
3コール目で電話が繋がった。
「あ、夜分にすみません、日比野です。」
「お疲れ様です。今日は夜勤ですかな?」
「えぇ。」
「そうですか、お身体気をつけてください。…それで、どうかされましたか?」
「えぇ、今救急で患者さんが運ばれてきまして、カルテを確認したら片野先生の患者さんだったもので、ご報告をと思いまして。…神谷あずささん、16歳の女の子です。」
「…神谷あずさ…、その子がどうかされたんですか?」
日比野医師は、片野医師の声が変わったように感じた。
「…えぇ。まだ確実ではないんですが、自ら手首に傷を負わせて…。」
「リストカットですか…。」
日比野医師は、片野医師を気遣うつもりで回りくどい説明をしてしまったが、片野医師がストレートな言葉で上書きした。
「はい、そうです。一時は意識もなく危ない状態だったんですが、今は何とか安定した状態になっています。」
「そうですか、それは良かった。…日比野先生、私に気を遣っているようですが、思っていることを言っていただいていいんですよ。」
「い、いえ、そんな。ただ、今後のケアについて考えなくてはいけないと思いまして。」
「…そうですね。今から病院に向かいます。また後ほど。」
片野医師はそう言うと、一方的に電話を切った。
日比野医師は、携帯を仕舞うと処置室に向かって歩き出した。すると、バタバタと廊下を駆けてくる足音が聞こえた。目線を向けると、あずさを病室に運んだ看護師の一人が慌てた様子で手を振りながら近づいて来ていた。
「ひ、日比野先生!神谷さんが!」
日比野医師は、何事かと思い、看護師に駆け寄った。
「どうしたんです!?」
「神谷さんが目覚めまして、暴れているんです。精神的にパニック状態で。制止しようとした母親が、テレビのリモコンで殴られて出血してまして。」
日比野医師は急いで病室へと向かった。
病室の前に着くなり、中では怒号が響いており、相当なパニック状態であることが理解出来た。扉を開けると、二人の男性看護師があずさの腕を掴んで取り押さえている姿が飛び込んできた。ベッドの脇では床に座り込んで、頭を押さえている母親の姿もあった。
「神谷さん!どうしたんですか!?」
日比野医師は駆け寄りながら聞いた。
「うるさい!!何で死なせなかったんだぁぁぁ!」
「さっきからずっとこの繰り返しで…。」
男性看護師の一人が日比野医師に呟いた。日比野医師は、男性看護師たちに手を離すように促した。
羽交い締めから解放されたあずさは、荒い呼吸を整えるように、身体を制止させ、日比野医師を無言で睨み付けた。
「神谷さん。やっぱりあなた自身で自分を傷付けたのね。どうして?」
日比野医師は優しく問い掛けた。
「…何で?って、私はもうじき自分で話すことも、食べることも出来なくなるし、トイレだって誰かの世話にならなきゃいけないんでしょ?それでも最後は呼吸すら出来なくなって死ぬ運命しか残ってないのよ。惨めな姿になる前に死にたいの!誰かに迷惑なんて掛けたくないの!…せっかく死ねたと思ったのに…何で助けるのよ!ばかぁぁ!」
あずさはベッドの枕を日比野医師に投げ付けた。日比野医師は、あえて避けることはせずに胸に枕を喰らった。
「先生!大丈夫ですか?」
心配して駆け寄る男性看護師を、日比野医師は手を突き出して止め、あずさにゆっくり近付いた。
「神谷さん。確かにあなたの言うとおり、あなたを待つ運命は過酷かもしれないわ。ALSは治す方法がまだ見つかってないからね。…でも、あなたは今まで一人で生きてきたの?誰からの助けもなく自分一人だけの力で生きてきたの?」
「…何よ、それ。」
日比野医師の問い掛けの意味をあずさは理解できずに、日比野医師を睨み付けた。
「人間は誰しもが一人でなんか生きていけないわ。今までだって、これからだってあなたは色んな人に助けられながら生きていくのよ。ALSじゃなくたってね。それは、勿論私もそうだし、あなたのお母さんだって、友達だって皆そうよ。お母さんだって迷惑だなんて思ってないわ。あなたが病気だろうが、皆のあなたに対する愛情は変わらないわよ。だから、そんな風に命を粗末にはしないで!」
日比野医師の言葉に、あずさは床に座り込む母親の顔を見た。自分が振り回したテレビのリモコンが頭に当たり血を流している母親は、潤んだ瞳をしていた。
「…お母さん。」
母親はゆっくり立ち上がるとあずさに近づき、ギュッと抱き締めた。
「あなたに死なれたら、お母さん生きていけない。お願い、少しでも長生きして。お母さんにはあなたが必要なのよ。」
耳元で囁く母親の言葉に、あずさは無言のまま母親の背中に手を回し、強く抱き締めた。母親の肩にはあずさの涙が溢れていた。
その様子を見て、日比野医師たちは安堵の表情を浮かべて顔を見合わせた。
「神谷さん。あなたの主治医の片野先生は、誰よりも患者さんのことを考える優しい先生なのよ。少しでも疑問に思ったり、何か言いたいことがあったら、きっといつでも相談に乗ってくれるはずよ。…今も、あなたの話をしたら、非番なのに病室に向かってくれてるみたいだし。」
日比野医師はそう言うと、母親に一礼して病室を出ていった。
病室の扉を閉めるなり、扉に寄りかかり、大きな溜め息を付いた。
「…良かった。」
日比野医師は内心はとても恐かった。わずか16歳でALSであることを告げられた患者の気持ちは、きっと自分などでは理解し得ぬほどツラいものだろうと考えていたからだ。自分に解決する術はあるのか、特段方法などは考えずに病室に飛び込み、それらしい言葉を告げるのが精一杯だった。
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