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第1章 世紀の判決 第1節 村上 正人
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想定外の内容で正人は混乱した。
由実は千里の幼なじみの親友であり、正人も親しくしてる人物だ。1週間前にも三人でランチや買い物を楽しんだばかりだ。
「…え?なんで?」
素直にその言葉しか出なかった。
「さっき、由実のお母さんから連絡があって、昨日の夜に駅で…電車に…轢かれたって…。」
「事故か?」
「よく…わからないんだけど…目撃し…た人の話では自分か…ら線路に…落ち…てったって…。」
泣きながら話す千里の声は途切れ途切れで、正人にはよく聞こえなかった。でも、事故じゃなさそうというのだけは理解できた。
「とりあえずすぐに帰るから、正気を保てよ。いいな、すぐに帰るから!」
正人はそう言うと電話を切り、すぐに作業中のデータを上書き保存、パソコンを電源をシャットダウンした。
「…なにかあったんですか?大丈夫ですか?」
正人の電話の途中で執務室に戻った畑は、普通じゃない会話の内容と慌てように、どう声をかければよいかわからなかったが、とりあえず声をかけた。
「妻の親友が急に亡くなった。妻の様子が心配だから悪いけど先にあがるよ。」
「え?奥さんの親友って、きっとまだ若い方ですよね。」
益々どう声をかければよいかわからなくなった畑だった。
「まぁ、俺と同い年だからな。」
パソコンのシャットダウン動作が完了したのを確認し、席を立ち上がりながら正人が続ける。
「わりぃがお先に失礼。明日の取材気をつけてな。もし葬儀とかで休むようなことがあったら班長に連絡するわ。」
「ありがとうございます。村上さんも気をつけて帰ってください。」
畑の台詞を後方に聞きながら、正人は部屋を急いで出た。
<今会社出た。大丈夫か?急いで帰るか>
急いで打って最後の<ら>が抜けてるのを確認せずにメッセージアプリを送った。
帰路の道中は、このメッセージが既読になるのを、チラチラ確認しながら走った。
ー村上宅ー
21時14分
正人は息を切らしながら自宅前に着いた。帰りの道中、何とも言えぬ恐怖心を抱いていた。
両親はもちろん、それぞれの祖父母も健在の正人にとって、初めての身近な人の死であった。身近な人がこの世からいなくなるということを真剣に考えたことのない正人にとっては、急なこの現実を受け入れられないでいた。
まだ既読になっていないメッセージは、まさか千里もこの世にいないのでは、という良からぬ考えを正人の頭の中に巡らせた。
そんな思いの中、玄関のドアを開けようとノブを引っ張るが鍵が掛かっている。思いっきり引っ張ったため、ガチャガチャッという虚しい音がマンションのフロアに響いた。
正人は慌てて鞄から鍵を取り出し鍵穴に差し込もうとするが、上手く入らない。手が震えていることに気づいた。
「ふぅ」
震える右手首を左手で抑え、冷静に鍵を差し込み玄関のドアを開けた。
中は真っ暗だった。
「千里?……千里!!」
一回目で返事がないため、二回目には大きな声で呼び掛ける。さっきの嫌な考えがまた頭の中にやってきた。
靴を雑に脱ぎ捨て、電気も着けずにリビングに向かった。リビングのドアを開けるなり、すぐに壁際のスイッチを押し部屋の明かりを付けた。
目の前にはソファの背もたれに寄りかかりながら、眠っているのか死んでいるのかわからぬ状態の千里がいた。
最悪なケースが過っていた正人にとっては、真っ先に後者の考えが浮かび、千里に駆け寄るなり、激しく肩を揺さぶった。
「千里!千里!!」
「………ま…さと?」
どうやら前者だったらしい。正人はため息のあと、安堵な表情を浮かべた。
「…あれ?…正人、泣いてる。」
正人は千里に言われて初めて気づいた。安堵の涙を流していた。正人は何も言わず、千里を抱き締めた。
「なんか心配させちゃったみたいでごめんね。泣き疲れて知らないうちに寝ちゃってた。」
千里も涙を浮かべながら正人の背中に手を回した。
「いいんだ。千里が生きてるなら…。」
しばらく二人は無言で抱き合った。千里も少しは気持ちが落ち着いたようだが、正人には千里が震えてるように感じた。
当たり前だ、幼馴染みの親友が突如なんの前触れもなく、無言でこの世を去ったのだ。正人は、そう思いながらも、千里の気持ちを晴らす言葉など思い付くわけもなく、ただただ震える華奢な身体を抱き締めることしかできなかった。
10月16日
6時30分
スマホのアラームが鳴り響く。
寝坊しないように、わざとベッドから離れた場所に置いてあるため、正人はベッドから立ちあがりスマホに手を伸ばした。
アラームが鳴り止み、ベッドを振り替えると、いつもは寝坊で自分よりも後に起きてくるはずの千里の姿がそこにはなかった。
「千里?」
いつもの声量で呼び掛けてみたが、どこからも返事はなかった。
何だろう、急に悪寒がして、昨晩の嫌な予感が再び正人を襲ってきた。
とりあえず良い方に考えなくてはと自分に言い聞かせ、トイレか、それとも昨日の出来事がショックで寝付けなかったのか、とりあえず正人は目を擦りながらリビングに向かった。
廊下には電気がついていない。ただ、リビングのドアの隙間からは明かりが漏れていた。
なんだ寝付けずにリビングで休んでるのかなとも考えたが、昨日はあれから風呂も入らずに寝てしまったことを思い出し、千里が風呂にでも入ってるのかと、リビングへ続く廊下の途中にあるバスルームを覗いた。
しかし、洗面所の引き戸を開けても暗闇であることを確認し、本命であるリビングに向かった。
正人は、自分の心臓が単体の生き物のように、暴れている気がした。
今にも飛び出しそうな心臓を左手で押さえながら、右手でリビングのドアを開けた。
「千里~。寝付けなかったのかぁ?」
目線を正面に向ける。
「……えっ。……嘘…だろ。」
正人は、目の前の光景が信じられなかった。
シャンデリア型の室内灯にロープを頼りにぶら下がっている千里。まるで人形のような姿に、正人は腰から砕け落ちた。
由実は千里の幼なじみの親友であり、正人も親しくしてる人物だ。1週間前にも三人でランチや買い物を楽しんだばかりだ。
「…え?なんで?」
素直にその言葉しか出なかった。
「さっき、由実のお母さんから連絡があって、昨日の夜に駅で…電車に…轢かれたって…。」
「事故か?」
「よく…わからないんだけど…目撃し…た人の話では自分か…ら線路に…落ち…てったって…。」
泣きながら話す千里の声は途切れ途切れで、正人にはよく聞こえなかった。でも、事故じゃなさそうというのだけは理解できた。
「とりあえずすぐに帰るから、正気を保てよ。いいな、すぐに帰るから!」
正人はそう言うと電話を切り、すぐに作業中のデータを上書き保存、パソコンを電源をシャットダウンした。
「…なにかあったんですか?大丈夫ですか?」
正人の電話の途中で執務室に戻った畑は、普通じゃない会話の内容と慌てように、どう声をかければよいかわからなかったが、とりあえず声をかけた。
「妻の親友が急に亡くなった。妻の様子が心配だから悪いけど先にあがるよ。」
「え?奥さんの親友って、きっとまだ若い方ですよね。」
益々どう声をかければよいかわからなくなった畑だった。
「まぁ、俺と同い年だからな。」
パソコンのシャットダウン動作が完了したのを確認し、席を立ち上がりながら正人が続ける。
「わりぃがお先に失礼。明日の取材気をつけてな。もし葬儀とかで休むようなことがあったら班長に連絡するわ。」
「ありがとうございます。村上さんも気をつけて帰ってください。」
畑の台詞を後方に聞きながら、正人は部屋を急いで出た。
<今会社出た。大丈夫か?急いで帰るか>
急いで打って最後の<ら>が抜けてるのを確認せずにメッセージアプリを送った。
帰路の道中は、このメッセージが既読になるのを、チラチラ確認しながら走った。
ー村上宅ー
21時14分
正人は息を切らしながら自宅前に着いた。帰りの道中、何とも言えぬ恐怖心を抱いていた。
両親はもちろん、それぞれの祖父母も健在の正人にとって、初めての身近な人の死であった。身近な人がこの世からいなくなるということを真剣に考えたことのない正人にとっては、急なこの現実を受け入れられないでいた。
まだ既読になっていないメッセージは、まさか千里もこの世にいないのでは、という良からぬ考えを正人の頭の中に巡らせた。
そんな思いの中、玄関のドアを開けようとノブを引っ張るが鍵が掛かっている。思いっきり引っ張ったため、ガチャガチャッという虚しい音がマンションのフロアに響いた。
正人は慌てて鞄から鍵を取り出し鍵穴に差し込もうとするが、上手く入らない。手が震えていることに気づいた。
「ふぅ」
震える右手首を左手で抑え、冷静に鍵を差し込み玄関のドアを開けた。
中は真っ暗だった。
「千里?……千里!!」
一回目で返事がないため、二回目には大きな声で呼び掛ける。さっきの嫌な考えがまた頭の中にやってきた。
靴を雑に脱ぎ捨て、電気も着けずにリビングに向かった。リビングのドアを開けるなり、すぐに壁際のスイッチを押し部屋の明かりを付けた。
目の前にはソファの背もたれに寄りかかりながら、眠っているのか死んでいるのかわからぬ状態の千里がいた。
最悪なケースが過っていた正人にとっては、真っ先に後者の考えが浮かび、千里に駆け寄るなり、激しく肩を揺さぶった。
「千里!千里!!」
「………ま…さと?」
どうやら前者だったらしい。正人はため息のあと、安堵な表情を浮かべた。
「…あれ?…正人、泣いてる。」
正人は千里に言われて初めて気づいた。安堵の涙を流していた。正人は何も言わず、千里を抱き締めた。
「なんか心配させちゃったみたいでごめんね。泣き疲れて知らないうちに寝ちゃってた。」
千里も涙を浮かべながら正人の背中に手を回した。
「いいんだ。千里が生きてるなら…。」
しばらく二人は無言で抱き合った。千里も少しは気持ちが落ち着いたようだが、正人には千里が震えてるように感じた。
当たり前だ、幼馴染みの親友が突如なんの前触れもなく、無言でこの世を去ったのだ。正人は、そう思いながらも、千里の気持ちを晴らす言葉など思い付くわけもなく、ただただ震える華奢な身体を抱き締めることしかできなかった。
10月16日
6時30分
スマホのアラームが鳴り響く。
寝坊しないように、わざとベッドから離れた場所に置いてあるため、正人はベッドから立ちあがりスマホに手を伸ばした。
アラームが鳴り止み、ベッドを振り替えると、いつもは寝坊で自分よりも後に起きてくるはずの千里の姿がそこにはなかった。
「千里?」
いつもの声量で呼び掛けてみたが、どこからも返事はなかった。
何だろう、急に悪寒がして、昨晩の嫌な予感が再び正人を襲ってきた。
とりあえず良い方に考えなくてはと自分に言い聞かせ、トイレか、それとも昨日の出来事がショックで寝付けなかったのか、とりあえず正人は目を擦りながらリビングに向かった。
廊下には電気がついていない。ただ、リビングのドアの隙間からは明かりが漏れていた。
なんだ寝付けずにリビングで休んでるのかなとも考えたが、昨日はあれから風呂も入らずに寝てしまったことを思い出し、千里が風呂にでも入ってるのかと、リビングへ続く廊下の途中にあるバスルームを覗いた。
しかし、洗面所の引き戸を開けても暗闇であることを確認し、本命であるリビングに向かった。
正人は、自分の心臓が単体の生き物のように、暴れている気がした。
今にも飛び出しそうな心臓を左手で押さえながら、右手でリビングのドアを開けた。
「千里~。寝付けなかったのかぁ?」
目線を正面に向ける。
「……えっ。……嘘…だろ。」
正人は、目の前の光景が信じられなかった。
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