Rem-リム- 呪いと再生

雨木良

文字の大きさ
13 / 114
第3節 村上 正人 其の2

(3)

しおりを挟む
11時11分

ピンポーン、とインターホンが鳴った。千里の両親と妹だった。

「はい、今向かいます。」

正人はどんな表情で出迎えたら良いかわからず、下を向いたままドアを開け、そのまま深々と頭を下げた。

「正人くん、頭を上げてくれ。」

父親の和彦(かずひこ)が正人に言った。

「正直理由はわかりません。ですが、支えきれなかったという私の責任は消えはしません。」

「正人くん、朝は電話越しに泣き崩れてしまってごめんなさいね。本当に混乱しちゃって。私たちはあなたを責めるつもりはないわ。あなたは本当に良い夫でいてくれた。

千里が実家に来る度にあなたの話をしてくれたんだけど、不満や悪口は一回もなかったわ。だから、本当にこちらがごめんない、こんなに迷惑をかけて。」

母親の絵美子(えみこ)の目にはまた涙が浮かんでいた。

「と、とりあえず中へどうぞ。あと一時間もしないうちに、私の両親も来ますから。」

三人は正人に招かれリビングに通された。

「お姉ちゃんは?」

妹の紗希(さき)が涙声で正人に聞いた。千里の遺体がここにあると思ったのだろう、あたりを見回していた。

「千里は今警察にいます。うちの両親が来たら、皆さんを連れて千里に会いに行きたいと思っています。」

「…あの、娘はどこで?」

和彦が、部屋を見渡しながら正人に聞いた。

和彦の質問に正人はシャンデリアを指差した。その真下にいた絵美子と沙希はシャンデリアを見上げてハッとした。

「そうですか、ここで。…その…遺書はあったんですか?」

「遺書というか、……ごめんなさい、と記された紙切れが一枚だけそこのダイニングテーブルの上に。」

「…お姉ちゃん、苦しかったよね…なんで。」

絵美子が紗希を抱き寄せ、肩を擦った。

「本当に何で自殺なんか…。」

絵美子は紗希の肩を借りて泣いていた。

そんな中、正人は、非常に言いづらい事だが、決意して話を切り出した。

「あの、お義父さんお義母さん、うちの両親が来たらご相談したいことがありまして。」

「相談?なんですか?」

和彦の返しに、正人はどう説明したらよいか迷い、テレビを付けて、映し出されたバラエティー番組をニュース番組に切り替えた。

今やニュースや新聞は呪い裁判一色と言っても過言ではない状態だった。正人は昨日の昼にニュースを見た以来初めてのテレビニュースであったが、きっと呪い裁判を取り上げていると考えテレビを付けたのだ。

「このニュースご覧になりましたか?」

「もちろんだ。どのニュースでも大きく取り上げていたし、そもそもこの事件はこの場所に比較的近い場所で起きた事件だろ。娘が住んでいるんだから心配してニュースをよく見るようにしていたよ。」

「判決を聞いてどう思いましたか?」

「呪いってやつよね、私の友達に詳しい奴がいるんだけど、やっぱり本当にあるんだって言ってた。」

紗希がテレビを凝視しながら言った。

「正人さん、このニュースがどうかしたの?」

絵美子が不安そうな顔つきで正人に聞いた。

「…その…お義母さんは呪いを信じますか?呪いで人を操り自ら命を絶たせる方々があると聞いて信じますか?」

絵美子は正人が何を言っているのかという表情で黙り込んでしまった。

「昨日、千里の親友の南雲由実さんが亡くなったことが関係してまして。」

「どういうことですか?あの子は、電車に飛び込んだって近所の人から聞きました。

あの子の母親とは親交があるんですけど、落ち着くまではこちらから連絡はできなくて、未だ直接聞いてはないけど。

由実ちゃんは本当に千里と仲良くしてくれて。やっぱり千里は由実ちゃんが亡くなったことがショックだったのかね。昔からずっと一緒だったから。」

「由実さんの死因については?」

「自殺…だったよね、お母さん。」

紗希が絵美子に聞いた。絵美子は頷きながら答えた。

「そう地元では情報が出回ってきてたわ。駅で電車に飛び込んだと。」

「…実はさっき来た警察官から千里の解剖について協力要請がありました。」

正人の言葉に、絵美子は表情を変えた。

「か、解剖!?嫌よ!これ以上あの子の身体にキズを付けるのは。」

絵美子は床に座り込んだ。

「…実は千里は自殺じゃない可能性もあるんです。」

この言葉と重なるようにインターホンが鳴った。正人の両親だった。正人は玄関に迎えに行き、リビングへと連れてきた。それぞれ深々と頭を下げた。

「この度はうちの娘がご迷惑をおかけし本当に申し訳ございません。」

和彦が謝罪の言葉を述べると、正人の父親の武志(たけし)が力無い声で答えた。

「いえ、とんでもない。正人や私を含めて千里さんの支えになってやれなかった、こちらこそ申し訳ない。」

正人の母親のゆかりはハンカチで鼻を押さえながら、武志と一緒に頭を下げた。

「本当に責任は感じないでください。」

和彦は頭を上げるように言い、ソファーに座るよう二人に促した。二人がソファーに座ると千里側の3人はダイニングテーブルのイスに座った。

「正人くん、さっきの話の続きお願いできるかい?千里が自殺じゃない可能性っていうのはどういうことかな。」

正人の両親は途中からなので、キョトンとした表情を浮かべていた。

「…その、警察の方の話ですと、まだ世間には未公表ですが、今回の裁判の事件のように呪いによって自ら命を絶ったような人間の脳には特定の症状が出るようなんです。」

正人の両親はまだ状況が呑み込めていないようだったが、正人は続けた。

「昨日亡くなられた千里の親友、南雲由実さんの遺体の脳にはその症状があったようです。」

「え?それってつまり…呪いが原因ってことですか?」

紗希が驚いた表情で正人に聞いた。

「紗希ちゃんの言う通りです。警察はこれから殺人事件として扱うようです。」

皆驚いた表情を浮かべた。というかそう話している正人自身もとても信じられなかった。数時間前に妻が自殺したのに、今こんな非現実的な話を説明している自分が何なのかよくわからない気持ちだった。そんな中、和彦が口を開いた。

「…つまり…千里もその可能性があると?」

理解が早いなと正人は感心した。

「警察からはそう。その為の解剖協力をお願いされました。」

「母さんはどう思う?」

和彦が絵美子に聞いた。

「…結果がどうであれ、あの子はもう戻らないのは変わらないわ。でも…」

絵美子は下を向き、口を紡いだ。

「でも…?」

和彦が優しい口調で聞く。

「私はあの子が自分から命を絶ったのではないとわかるだけでも少し救われるわ。あの子は絶対にそんなことしないもの。でも、誰かに殺されたとわかったら、それはそれで私はきっとそいつを殺めたくと思う。……それでも、私はあの子が自殺じゃない可能性があると言うのなら…お願いしたい。」

絵美子の言葉に、紗希が椅子から立ち上がった。

「お母さん…さっきはお姉ちゃんの身体にキズ付けたくないって…」

「紗希、お母さん苦しいの。千里が自殺したってことが。あんなに良い子が、家族を大事にする子が、私たちを置いて自分からいってしまったということが。…自分が多少でも救われたいだけかもしれない。ワガママよね、こんなの…」

「正人くん、千里の解剖してやってくれないか?」

和彦は絵美子の肩を支えながら言った。

「正人、あんたも辛いだろうけど、千里さんのご両親が一番辛いと思う。希望通りにしてあげて。」

ゆかりが真っ直ぐな目をして言った。

正人は少し考えてから、ゆかりの顔を見て頷いた。

「呪いだなんだのって俺にはよくわからねぇが、千里さんが誰かに殺された可能性があるんなら、そいつを罰してもらわないとな。正人、お前がしっかりして、千里さんのご両親、そして何より千里さん自身が後悔しないような行動を取ってやってくれ。」

「…親父。わかったよ。皆さんの了承をいただけたのなら、解剖をお願いしようと思います。」

正人は直ぐに池畑に電話を掛けた。千里は区内の解剖センターに安置されている旨を聞き、皆で向かうことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

不倫妻への鎮魂歌 ―サレ夫が選んだ、最も残酷で静かな復讐―

MisakiNonagase
大衆娯楽
「サレ夫、再生。不倫妻、転落。──その代償は、あまりに重い。」 「嘘で塗り固めた20年より、真実で歩む明日がいい。」 失って初めて気づく、守られていた日々の輝き。 46歳の美香にとって、誠実な夫と二人の息子に囲まれた生活は、退屈で窮屈な「檻」だった。若い男からの甘い誘惑に、彼女は20年の歳月を投げ打って飛び込んだ。 しかし、彼女が捨てたのは「檻」ではなく「聖域」だったのだ。 不倫、発覚、離婚、そして孤独。 かつての「美しい奥様」が、厚化粧で場末のスナックのカウンターに立つまでの足取りと、傷つきながらも真実の幸福を掴み取っていく夫・徹の再生を描く。 家族とは何か、誠実さとは何か。一通の離婚届が、二人の人生を光と影に分かつ。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

【完結/番外追加】サリシャの光 〜憧れの先へ〜

ねるねわかば
恋愛
彼女は進む。過去に囚われた者たちを残して── 大商会の娘サーシャ。 子どもの頃から家業に関わる彼女は、従妹のメリンダと共に商会の看板娘として注目を集めていた。 華々しい活躍の裏で、着実に努力を重ねて夢へと向かうサーシャ。しかし時には心ないことを言う者もいた。 そんな彼女が初めて抱いた淡い恋。 けれどその想いは、メリンダの涙と少年の軽率な一言であっさり踏みにじられてしまう。 サーシャはメリンダたちとは距離をおき、商会の仕事からも離れる。 新たな場所で任される仕事、そして新たな出会い。どこにあっても、彼女が夢を諦めることはない。 一方、光に囚われた者たちは後悔と執着を募らせていき── 夢を諦めない少女が、もがきながら光を紡いでいく軌跡。 ※前作「ルースの祈り」と同じ世界観で登場人物も一部かぶりますが、単体でお読みいただけます。 ※作中の仕事や制作物、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。

ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。 どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。 だけど…何故か気になってしまう。 気がつくと、彼女の姿を目で追っている。 *** 社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。 爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。 そして、華やかな噂。 あまり得意なタイプではない。 どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

処理中です...