Rem-リム- 呪いと再生

雨木良

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第6節 畑 賢太郎 其の2

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10月16日

ー 畑宅 ー

6時30分

ピピピピピッ、と大音量のスマホのアラームが鳴り、畑は飛び起きた。

「あ、あれ…寝ちゃったか………しまった!質問内容考えてない!」

急に思い出したそれは、どんな目覚ましよりも効果があった。

「お兄ちゃん、先行くねぇ。ご飯机の上だから。」

部屋のドア越しに栞菜の声が聞こえた。

「あぁ、行ってらっしゃい。」

ガチャッ、ガンと栞菜が玄関から出ていき、ドアが閉まった音がした。

「高校生の部活ってハードだな。」

中学のサッカー部以来ずっと帰宅部だった畑は、こんなに朝早くから朝練に出かける妹に感心していた。

畑は栞菜が用意してくれた朝食のトーストを噛りながら、紙に今日の質問内容を書き出した。ただ、畑の中では、今日の取材より足立の言ってた呪いの機械が気になってしょうがなかった。

ー 駅 ー

畑は集合時間15分前に到着したが、足立と会うことに妙に緊張し、気持ちが落ち着かない為、周辺をウロウロしていた。足立と会うことに恐怖心すら抱いていた畑には、時間の流れが凄く早く感じて、あっという間に集合時間となった。しかし、まだ通勤時間滞の駅前は人通りが多く、畑はすぐに足立を見つけることができずにいた。

「おーい、こっちこっち!」

声がした方に目をやると、足立が満面の笑みで両手を振っていた。畑は足立に駆け寄るなり、気持ちをスッキリさせるために我慢できずに、すぐに質問してしまった。

「おはようございます。昨日の呪いの機械って、何ですか?」

「うぉっ、イキナリかい!ハハハ、そんなに気になっちゃったんだね。」

「そりゃそうですよ。急に、まるで寝落ちしてハッと目が覚めたような感覚を覚えて、気づいたら顔中に落書きですよ。マジックの領域は越えてます。」

「ハハハ、上手いね!手品のマジックと落書きだけにペンのマジックを掛けたね。ま、とりあえず電車乗ろうよ。」

畑はそんなつもりは当然なかったが、ちょっと恥ずかしかった。

ー 電車内 ー

運よく二人掛けの席に座れた。すると、足立は鞄から一枚の紙を取り出し、畑に差し出した。

その紙にはクルクルとコイルのような線や長方形など、へんな機械を真上から見て紙に書き写したような内容だった。

「これは?何かの設計図ですか?」

「ううん、これが呪いの機械の正体。」

「この紙がですか!?」

畑はよくわからずに、紙の裏側を見たり、上に掲げて下から透かして見るなど、疑いしかない行動を取った。

そもそも“呪い”というのは丑の刻参りみたいな儀式を行って、それこそ霊的な何かで起こすものだと勝手に想像していた。それが、紙にしろ機械にしろ、なにか科学的な根拠で起こせるということなら、逆に使用方法さえ理解してしまえば、誰でもできてしまうことになる。畑としては、呪いの正体が本当にこんな紙切れじゃないことをせつに願った。

「ハハハ、まぁ疑うよね。」

凄い剣幕でなめ回すように紙をチェックし続ける畑に、足立は笑いを堪えられなかった。

「笑わないでくださいよ、真剣ですよ俺は。あの…呪いって、結局機械的なもので起こすんですか?なんか念とかそんな感じで、霊的なものと密接なイメージがあって。」

「これだって、人の念を元にして動かすわけだから、私的には呪いのイメージの通りだけどな。その人の念のパワーを増長させるための機械だからね。」

「パワーを増長…これはどこで?」

畑は胡散臭さしか感じなかったが、昨晩の件があるため、頭がこんがらがっている状況だった。

「昨日さ、霞ちゃんとインターネットで、桐生の呪いのメカニズムを調べてたのね。今はさ、色々な臆測があって、この方法で成功しました、って書き込みがある方法もいっぱいあって、できるやつから試してたのよ。だけど、全然成功しなくて…。」

畑も勿論インターネットで、呪いのメカニズムについては以前に検索した。本当に色々な臆測があって、こんな本当で人を呪えるのなら世の中終わりだなと思った。

「でね、この機械に出会ったのよ。あ、畑くん、ヒエロニムスマシンって知ってる?」

「ヒエロ…あぁ、なんか聞いたことあります。確か人の持つエネルギーで遠くの家の虫を駆除したことがあるとか。」

「そう!知ってるなら話が早いよ。この紙はねヒエロニムスマシンの理論で、効果をもっと増長させたものなんだって!」

「え、ヒエロニムスマシンって紙なんですか?」

「紙でもこういう感じで必要な物を書き込んだものなら、効果を発揮するんだって。いい?この長方形の部分にエネルギーを送りたい対象の写真を置いて…」

足立がこの紙の使い方を細かく話し出した。畑は疑い半分だったが、足立が気分を害さないように相づちを打ちながら聞いていた。ただ、怪しい紙をヒラヒラさせながら、呪いだなんのと真剣に会話している二人に対して、正面に座っているカップルが痛い視線を送っていることに畑は気付いていて、何とも言えない気持ちだった。

足立はそんなことも気にせずに、呪いについての熱論を続けた。

「…ってわけ。まぁこの紙は私が思い出しながら書いたやつで、本当に効果を生むかはわからないけどね。」

「え?偽物ってことですか?」

「掲示板サイトにさ、こんな感じの用紙のPDFファイルがあってね、それを印刷したの。それで畑くんに試した後に紙は燃やしちゃったから、現物は残ってなくて。

何かね、使った紙は燃やさないと自分に災いが振りかかるんだってさ。燃やした後にもう一回印刷しようとしたら、その書き込み削除されちゃってて…。」

畑はなんか悪寒がした。

「またどっかに書き込みしてくれないかなぁ、キリちゃん。」

キリ?聞き覚えがあるハンドルネームに、今日の取材相手とのメールボックスを開き、足立の顔の前にスマホを翳した。

「キリってこのハンドルネームですか?ローマ字でkiri。」

「あ、そうそう!でもさ、多分桐生朱美に憧れている人が結構付けそうなハンドルネームだから、人違いかもよ。」

「もし、この人だったら、今日の取材相手です。」

「え?本当に!?昨日の人ならラッキーなのになぁ。」

畑は、足立が言った“桐生朱美に憧れる“って言葉が気になった。今となっては死刑囚となった人物に憧れるか…確かにインターネットを覗くと桐生朱美を崇拝するようなサイトもいくつもあった。今日これから会うkiriという人物も、恐らく桐生朱美を崇拝する一人だろう。

メールでのやり取りでは、あたかも自分も呪いを信じているという設定で話をしている。取材中に変なボロがでて、相手の怒りをかうことだけは避けないと、ましては、今日会うkiriが足立の持ってきた呪いの紙を掲示板に載せた人物だったら、何をされるかわからない、という恐怖を畑は感じた。

「…足立さんは今日会うkiriに何を聞きたいですか?」 

畑は、足立は少なくとも桐生に対して何か憧れのようなものを抱いているのではないかと思い、足立の質問内容に興味があった。

「うーん、何だろなぁ。…呪いに対して恐怖心はありますか、とかかなぁ。」

「…なんか意外な質問ですね。もっとこうメカニズムについて詳しくとかかなぁと思ってたんで。」

「呪いってさ、結局自分に返ってくるって言うじゃん。桐生朱美が死刑になったのも、そういうことだと考えちゃうし。私は呪いについては興味があって、それで畑くんに試しちゃったんだけど、実は自分に何か起こるんじゃないかって不安があるんだよね。

だから、私よりも呪いについて詳しくて、桐生に憧れを持つような人は、そういう恐怖心みたいなのはないのかなぁって。」

畑は頷ずきながら、今朝書いてきた質問事項を書いた紙をポケットから取り出し、今の足立の質問を書き足した。
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