Rem-リム- 呪いと再生

雨木良

文字の大きさ
40 / 114
第2章 救いの発明 第1節 震える心

(5)

しおりを挟む
ー 火葬場 ー

正人たちは、火葬が終わった千里の元に集まり、納骨の儀に取り掛かろうとしていた。

正人は、焼かれて骨のみになった千里を見て、本当にこれが千里だったのかと心底思った。華奢な体型の千里の骨は細いものばかりで、こんな細い骨が人間の身体を支えてたのかと信じられなかった。

順番に両側から、長い箸で骨を二人で掴み、骨壺へ入れていく。正人は、千里の父親の和彦と一緒に一番大きな骨を骨壺に入れ、後ろの紗希に順番を譲った。正人は骨になった千里を見たときも、骨を掴んどときも、眞鍋の言葉が脳裏を過り、心を震わせた。

その後は、そのまま初七日の儀も行うため、寺に移動した。急遽墓を建てるために新規で檀家となった寺だ。正人の両親が費用を出して、立派な村上家の墓を建ててくれることになっている。本当なら、正人の実家の側に曾祖父たちが入っている墓もあるのだが、頻繁に千里に会いに行けるようにと、市内に墓地を購入してくれた。

寺でのお経が終わり、皆が茶席へ移動する前に多少の休憩時間が設けられた。

正人を誘惑するかのように、トイレや煙草で正人以外の人間が広間を離れ、正人と骨になった千里が二人きりとなった。

また脳裏に眞鍋の言葉が浮かんだ。

眞鍋の言葉を信じろと誰かの声が頭の中に響いた。心臓の鼓動が早くなるのが自分でもわかった。正人は、ゆっくりと骨壺の前に移動し、気が付くとゆっくりと蓋を開けていた。

その後は、何事もなく茶席を済ませ、無事に全ての流れが終了した。参列した親族や山本たちは、駅に向かうシャトルバスに乗り込み、寺をあとにした。

「お疲れ様。タクシー来たからとりあえず私たちは一回ホテルに戻るよ。正人くんたちも自宅に戻るだろう?」

和彦が聞いた。

「はい、本当に色々ありがとうございました。まだ色々と迷惑かけると思いますけど、よろしくお願いします。」

また連絡する約束をして、千里の両親がタクシーに乗り込むと、紗希はタクシーに乗る前に正人に近づいて正人の耳元で囁いた。

「お姉ちゃんの骨…何に使うのか今度教えてね。」

正人はドキっとした。紗希に全てを見られていた。とんでもないことをしてしまったと、動揺を隠せない正人に、紗希は微笑みながら手を振り、タクシーに乗り込んだ。

右手に骨壺を抱え、左手は隠すようにズボンのポケットに突っ込んだまま。走り出したタクシーを見ている正人の左手には小さな骨が握られていた。

ー 村上宅 ー

正人は帰宅するなり、骨壺を予め仏壇風に整理した低い棚の上に置き、左手にずっと握っていた小さな骨をリビングのテーブルにそっと置いた。身軽になりたくて、喪服を脱ぎ捨て、シャツとパンツ姿になり、ソファに座り込んだ。

「俺は何をしてるんだ…。」

正人は、テーブルの上に置いた骨を今一度手に取った。こんな小さな骨から千里が本当に蘇るのか、俺は騙されたんだと、千里に申し訳ない気持ちになった。

そもそも、骨を抜き取るなら確実に誰もいない今のタイミングでやれば良かったものを、眞鍋の言葉の好奇心には敵わなかったということか。

正人は、後で骨壺に戻そうと、とりあえず骨をティッシュに包んで、鞄の外ポケットにしまった。

正人はふと、脱ぎ捨てた喪服のポケットから、封筒を取り出し、中に入っている数枚の写真をゆっくり眺めた。通夜式の会場外に、飾った千里の写真である。正人と二人で笑顔で写っている写真が大半だった。

「また予定通りに旅行に行けたら、二人の写真増えるはずだったのにな…。」

ピンポーン。

インターホンが鳴った。画面を見ると、紗希が立っていた。正人は動揺したが、「今行く。」と一言告げ、急いで部屋着を着て、玄関の扉を開けた。

「来ちゃった。」

正人は、何か骨の話を言われるのだろうと動揺しながらも、紗希をリビングへ通した。ソファに腰掛けた紗希は部屋を見回しながら、正人に聞いた。

「お姉ちゃんの骨はどうしたの?」

「え?あぁ、やっぱり、見てたのか。」

「えぇ、お墓に行く前に、お義兄さんが骨壺から骨を取り出すの見ちゃって。やっぱり寂しいの?お姉ちゃんを肌身離さず持ってたいから?」

正人は、なるほどなと思った。そりゃ普通に考えれば、そんな理由を思い付くだろうなと。まさか、千里を生き返らすために骨を取り出したなんて、誰も考えないだろうと。

「…紗希ちゃんにはお見通しだね。…やっぱり千里には側にいてほしくて、つい。」

正人は鞄のポケットからティッシュに包まれた骨を取り出した。

「…この骨がお姉ちゃんって…なんか寂しいな。でも良かった。なんかこそこそやってたから、お義兄さんが心配になっちゃって。お姉ちゃんを肌身離さず持ってたいって気持ちはわかるよ。誰にも言わないから大切にしてあげてね。…じゃ、私ホテルに戻りまぁす。」

紗希はそう言うと部屋を出ていった。

正人は右手に握っている骨を見つめた。紗希の台詞が頭を過った。

(そうなんだよな、結局は俺、寂しいんだよな。千里に側にいてほしいんだよな。)

正人は、千里を生き返らしたいって考えるということは、単純に自分が寂しかったんだ、と思った。

生き返らすということに好奇心を抱いていたわけではなく、自分の寂しさを払拭したかったんだと、当たり前のことに漸く気付いた。

「…千里。…千里…。」

急に一人ぼっちになった感覚が強く押し寄せ、正人は寂しさのあまり、涙を浮かべ千里の姿を部屋のあちらこちらに探してしまった。

「千里、やっぱり君がいないと俺はダメかもしれない…。」

正人は、襲ってきた強大な寂しさにより、あまり深くは考えずに半分無意識な状態で、部屋の片隅に無造作に脱ぎ捨てられた喪服のポケットから眞鍋の名刺を取り出し、電話を掛けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

不倫妻への鎮魂歌 ―サレ夫が選んだ、最も残酷で静かな復讐―

MisakiNonagase
大衆娯楽
「サレ夫、再生。不倫妻、転落。──その代償は、あまりに重い。」 「嘘で塗り固めた20年より、真実で歩む明日がいい。」 失って初めて気づく、守られていた日々の輝き。 46歳の美香にとって、誠実な夫と二人の息子に囲まれた生活は、退屈で窮屈な「檻」だった。若い男からの甘い誘惑に、彼女は20年の歳月を投げ打って飛び込んだ。 しかし、彼女が捨てたのは「檻」ではなく「聖域」だったのだ。 不倫、発覚、離婚、そして孤独。 かつての「美しい奥様」が、厚化粧で場末のスナックのカウンターに立つまでの足取りと、傷つきながらも真実の幸福を掴み取っていく夫・徹の再生を描く。 家族とは何か、誠実さとは何か。一通の離婚届が、二人の人生を光と影に分かつ。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

処理中です...