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第4節 満悦
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初めに動きを見せたのは佐倉由香里だった。
池畑がゆっくり優しく頭を撫でている中、ゆっくりと瞼を開いた。開かれた視界の隅には、まだ目を開けたことに気付いていない池畑の姿が写っていた。
佐倉がゆっくりと首を池畑に向けて動かすと、池畑は佐倉が目覚めたことに漸く気付きハッと驚いた。
「由香里!わかるか?由香里!」
池畑の声に、正人は立ち上がり、二人を見守った。
「かず…き…?」
佐倉は、弱々しい声で答えた。
「あぁ、俺だ。俺の事が分かったか…良かった…うぅ…由香里。」
池畑は涙を流しながら笑顔を見せ、佐倉を抱き寄せ、思いきり抱きしめた。
「い、痛いよ…どうしたの?…かずき。」
「暫くこうさせてくれ…。」
池畑に抱きしめられている佐倉の視界には、こちらを向く、涙を流しながら微笑む正人の姿があった。
「あの人…誰?…あとここどこ?」
佐倉の声は徐々に調子を上げ、思考もしっかりしてきた。池畑は抱きしめながら、耳元に優しく答えた。
「あの人は…俺たちの恩人だ。そして、この場所は…そう、奇跡の場所だよ。」
池畑はそう言うと、少し落ち着きを取り戻し、抱きしめていた腕を佐倉から離すと、戸惑う佐倉の手を握り、ゆっくりとベッドから立たせた。
「…立てた。」
池畑は安堵し、まだ千里が目覚めていない正人に気を遣って、正人に一礼し、寝室から佐倉を連れて出ていった。
千里が目を覚ましたのは、それから直ぐだった。ゆっくりと首を小さく左右に動かす動作から始まり、ゆっくりと瞼を開いた。
ずっと千里を見つめていた正人は、直ぐに気が付き、嬉しさと不安で胸がいっぱいだった。
「…ち、千里!わかるか?俺だよ。」
「…あなた…どうしたの?…何故泣いているの?」
やはり弱々しい声だった。だが、恐がることなく自分と接する千里に、自分の事がちゃんと理解出来ていると、嬉しさでいっぱいだった。
「千里。おかえりなさい。」
正人は笑顔でそう言うと、ゆっくりと千里の手を握って、上体を起き上がらせて抱きしめた。
南雲由実の死を知った日に抱きしめて以来の感触や体温は、本当に千里がこの世にいることを、強く正人に教えてくれた。
だが、千里は当然、今の状況が理解出来てなく、キョトンとした顔で、部屋を見回していた。
「おかえり?…あれ、私今まで何を。」
「今はいい。今はこうしてるだけで。千里、ありがとう。」
千里は正人が何を言っているのか理解は出来なかったが、正人が自分のために涙を流していることだけは分かった。
千里は、それが嬉しく感じて、微笑みながら正人の背中に腕を回した。
トントン。
ノックとともに、眞鍋が部屋に入ってきた。眞鍋も顔がグジャグジャになるほど涙を流していた。
単純に感動したことによる涙でもあったが、本来のリムの使い方により幸せを取り戻した二人を見て、漸く朱美と二人で努力してきた成果が見れた、これでもうこの世に後悔はないという、満悦の涙であった。
「村上さん、良かったです。本当に。」
正人はゆっくりと千里から腕を離すと立ちあがり、眞鍋に向かって深く頭を下げた。それを見て、理由は分かってないが、千里も立ちあがり一緒に頭を下げた。
「やめてくださいよ。ほら、頭を上げてください。私はまた失礼します。どうぞ、ゆっくりご説明してあげてください。」
眞鍋が寝室を出ていくと、再び二人はベッドに腰を下ろした。千里は、状況がわからずに、ずっと部屋をキョロキョロと見回していた。正人は、どう話したら良いかと、頭を掻きながら聞いた。
「何…から話すかなぁ。…千里、何か覚えているか?」
千里は、首を横に振った。
「…ここはどこ?少なくとも私がここにいることを理解する記憶は無いみたい。」
「…千里………君は…二週間前くらいに…階段から落ちる事故を起こして、今まで眠っていたんだよ。目覚めたならもう大丈夫。無理に理解しなくていいんだから。」
正人はまた千里を抱きしめて、優しくキスをした。
「ふぇ。ビックリした。…でも何だか温かい気持ち。嬉しいよ。」
千里は満面の笑みで答えた。
「ねぇ、お母さんたちも心配してるよね?連絡しないと。」
正人は、全く答えを用意していない質問に、内心パニックになっていた。
「あ、あぁ、お、俺からしとくから。千里はまだ目覚めたばかりなんだから、ゆっくりしてな。…ちょっと、先生と話してくるから寝てなね。」
千里は頷いて再び横になり、一周部屋を見回すと、部屋を出ていく正人を呼び止めた。
「…ねぇ、ここ病院?普通の家の寝室みたい。」
「…あ、そういうコンセプトなんだよ。……またそこらへんは落ち着いたら話すから。」
千里は笑顔で頷き、行ってらっしゃいと右手を振った。
正人が部屋を出て、眞鍋を探すとソファに座りながら池畑たちと話をしていた。どうやら、池畑は佐倉に真実を話したのだろう。佐倉は涙を拭っていた。
「あの…眞鍋さん、ちょっと。」
正人は眞鍋をリビングの隅に呼んだ。
「お聞きしたいことがありまして。…リムは世間に公表されますか?」
正人の質問に、眞鍋は右手を顎に当てて考え込んだ。
「正直今はわかりません。でも、勿論私たちは実用化を目指して開発しましたから、世の中に公表したい気持ちはあります。リムは、私の死をもって、研究室に返すように柳田にお願いしてあります。その後の対応は、研究室次第になろうかと。…すみません、千里さんのことを周りにどう説明するか…ですよね?」
正人は頷いた。
「えぇ、そうです。…私は千里の死の真相が知りたくて生き返らせることにしましたが、いざとなると千里に本当のことを話し、記憶を蘇らせることが怖くなりました。今は、千里が生きて、私のそばにいてくれさえすればいいと思っています。ただ、安堵な生活を送るには周りの理解も必要で。…とりあえずは近所の目もありますから、直ぐにでも引っ越すことは決めたのですが、私や千里の家族には、いずれ説明の時がくると思いまして。」
「…そうですね。リムが公表されれば、家族への説明もしやすいってことですよね。私にできることは、遺言書にその事を盛り込ませるくらいしか…。」
眞鍋は少し微笑みながら言ったが、正人には眞鍋の言葉が、本気なのか冗談なのか分からなかった。
池畑がゆっくり優しく頭を撫でている中、ゆっくりと瞼を開いた。開かれた視界の隅には、まだ目を開けたことに気付いていない池畑の姿が写っていた。
佐倉がゆっくりと首を池畑に向けて動かすと、池畑は佐倉が目覚めたことに漸く気付きハッと驚いた。
「由香里!わかるか?由香里!」
池畑の声に、正人は立ち上がり、二人を見守った。
「かず…き…?」
佐倉は、弱々しい声で答えた。
「あぁ、俺だ。俺の事が分かったか…良かった…うぅ…由香里。」
池畑は涙を流しながら笑顔を見せ、佐倉を抱き寄せ、思いきり抱きしめた。
「い、痛いよ…どうしたの?…かずき。」
「暫くこうさせてくれ…。」
池畑に抱きしめられている佐倉の視界には、こちらを向く、涙を流しながら微笑む正人の姿があった。
「あの人…誰?…あとここどこ?」
佐倉の声は徐々に調子を上げ、思考もしっかりしてきた。池畑は抱きしめながら、耳元に優しく答えた。
「あの人は…俺たちの恩人だ。そして、この場所は…そう、奇跡の場所だよ。」
池畑はそう言うと、少し落ち着きを取り戻し、抱きしめていた腕を佐倉から離すと、戸惑う佐倉の手を握り、ゆっくりとベッドから立たせた。
「…立てた。」
池畑は安堵し、まだ千里が目覚めていない正人に気を遣って、正人に一礼し、寝室から佐倉を連れて出ていった。
千里が目を覚ましたのは、それから直ぐだった。ゆっくりと首を小さく左右に動かす動作から始まり、ゆっくりと瞼を開いた。
ずっと千里を見つめていた正人は、直ぐに気が付き、嬉しさと不安で胸がいっぱいだった。
「…ち、千里!わかるか?俺だよ。」
「…あなた…どうしたの?…何故泣いているの?」
やはり弱々しい声だった。だが、恐がることなく自分と接する千里に、自分の事がちゃんと理解出来ていると、嬉しさでいっぱいだった。
「千里。おかえりなさい。」
正人は笑顔でそう言うと、ゆっくりと千里の手を握って、上体を起き上がらせて抱きしめた。
南雲由実の死を知った日に抱きしめて以来の感触や体温は、本当に千里がこの世にいることを、強く正人に教えてくれた。
だが、千里は当然、今の状況が理解出来てなく、キョトンとした顔で、部屋を見回していた。
「おかえり?…あれ、私今まで何を。」
「今はいい。今はこうしてるだけで。千里、ありがとう。」
千里は正人が何を言っているのか理解は出来なかったが、正人が自分のために涙を流していることだけは分かった。
千里は、それが嬉しく感じて、微笑みながら正人の背中に腕を回した。
トントン。
ノックとともに、眞鍋が部屋に入ってきた。眞鍋も顔がグジャグジャになるほど涙を流していた。
単純に感動したことによる涙でもあったが、本来のリムの使い方により幸せを取り戻した二人を見て、漸く朱美と二人で努力してきた成果が見れた、これでもうこの世に後悔はないという、満悦の涙であった。
「村上さん、良かったです。本当に。」
正人はゆっくりと千里から腕を離すと立ちあがり、眞鍋に向かって深く頭を下げた。それを見て、理由は分かってないが、千里も立ちあがり一緒に頭を下げた。
「やめてくださいよ。ほら、頭を上げてください。私はまた失礼します。どうぞ、ゆっくりご説明してあげてください。」
眞鍋が寝室を出ていくと、再び二人はベッドに腰を下ろした。千里は、状況がわからずに、ずっと部屋をキョロキョロと見回していた。正人は、どう話したら良いかと、頭を掻きながら聞いた。
「何…から話すかなぁ。…千里、何か覚えているか?」
千里は、首を横に振った。
「…ここはどこ?少なくとも私がここにいることを理解する記憶は無いみたい。」
「…千里………君は…二週間前くらいに…階段から落ちる事故を起こして、今まで眠っていたんだよ。目覚めたならもう大丈夫。無理に理解しなくていいんだから。」
正人はまた千里を抱きしめて、優しくキスをした。
「ふぇ。ビックリした。…でも何だか温かい気持ち。嬉しいよ。」
千里は満面の笑みで答えた。
「ねぇ、お母さんたちも心配してるよね?連絡しないと。」
正人は、全く答えを用意していない質問に、内心パニックになっていた。
「あ、あぁ、お、俺からしとくから。千里はまだ目覚めたばかりなんだから、ゆっくりしてな。…ちょっと、先生と話してくるから寝てなね。」
千里は頷いて再び横になり、一周部屋を見回すと、部屋を出ていく正人を呼び止めた。
「…ねぇ、ここ病院?普通の家の寝室みたい。」
「…あ、そういうコンセプトなんだよ。……またそこらへんは落ち着いたら話すから。」
千里は笑顔で頷き、行ってらっしゃいと右手を振った。
正人が部屋を出て、眞鍋を探すとソファに座りながら池畑たちと話をしていた。どうやら、池畑は佐倉に真実を話したのだろう。佐倉は涙を拭っていた。
「あの…眞鍋さん、ちょっと。」
正人は眞鍋をリビングの隅に呼んだ。
「お聞きしたいことがありまして。…リムは世間に公表されますか?」
正人の質問に、眞鍋は右手を顎に当てて考え込んだ。
「正直今はわかりません。でも、勿論私たちは実用化を目指して開発しましたから、世の中に公表したい気持ちはあります。リムは、私の死をもって、研究室に返すように柳田にお願いしてあります。その後の対応は、研究室次第になろうかと。…すみません、千里さんのことを周りにどう説明するか…ですよね?」
正人は頷いた。
「えぇ、そうです。…私は千里の死の真相が知りたくて生き返らせることにしましたが、いざとなると千里に本当のことを話し、記憶を蘇らせることが怖くなりました。今は、千里が生きて、私のそばにいてくれさえすればいいと思っています。ただ、安堵な生活を送るには周りの理解も必要で。…とりあえずは近所の目もありますから、直ぐにでも引っ越すことは決めたのですが、私や千里の家族には、いずれ説明の時がくると思いまして。」
「…そうですね。リムが公表されれば、家族への説明もしやすいってことですよね。私にできることは、遺言書にその事を盛り込ませるくらいしか…。」
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