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第1章 少女と紫色
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夏音がこの特殊な能力に気付き、更に自分以外の人間には同じ事はできないと、しっかりと理解したのは、4歳の夏だった。多分、その前から、もしくは産まれた時から、この能力が備わっていたのかもしれないが、正確な事は誰もわからない。
それは、8月生まれの夏音にとって4回目の誕生日を迎えた翌朝だった。
いつも8月には、家族皆で父方の実家である新潟県へと里帰りをしていた。そして、いつも夏音の誕生日は、祖母と叔母の待つ築80年近い立派な平屋の家で、盛大に祝っていた。
4回目の誕生日も変わらず父と母、そして今は夏休み真っ只中の小学三年生の姉と四人で里帰りをしていた。
去年と同じように、昼間は母屋の裏を流れる清流で水浴びをし、広大な畑になる新鮮な野菜を採っては丸かじりをし、田舎生活を楽しんでいた。
あっという間に日が暮れると、14畳の広間にテーブルを2つ縦に並べ、祖母の得意料理であった煮物や、裏の清流で釣れた魚の塩焼き、更には近所の猟師に貰った猪肉を使った鍋など、沢山のご馳走が運ばれてきた。
「わぁ、すごおい。」
4歳の夏音には、ご馳走が並ぶだけでワクワクする気持ちが押され切れなかった。そんな夏音を見て祖母や叔母はとても嬉しそうに食事の準備を進めていた。
「あ、お義母さん、私が運びますから。座っててください。」
夏音の母の茜(あかね)は、祖母を気遣い、ゆっくり寛ぐように促した。
「茜さん、私はまだ大丈夫だよ。たまに帰ってきた孫が喜ぶ顔を見たら、すっかり元気が出たよ。」
祖母は、茜の気遣いには感謝しつつも、孫のためにと、せっせと動いていた。
「おふくろ、一昨日まで寝込んでたんだろ?本当に夏風邪だったのか?かずねぇがかなり心配してたぞ。」
「一恵(かずえ)は心配性なだけさ。」
夏音の父の彰(あきら)の心配に対して、祖母はあっさりした答えを返した。一恵は、そんな会話を聞く暇もなく、せっせと皆のお茶を注いでいた。
夏音の楽しい誕生日の思い出は、この夕飯を食べ始める前までだった。この家に着いた時には、皆が明るいオレンジ色に見えていた夏音にだけ、祖母の異変に気付いていた。
「…むら…さき?」
夏音は右手の人差し指を咥えながら、一恵の淹れたお茶をお盆で運ぶ祖母を見て、そう呟いた。
「夏音?」
夏音の呟いた言葉は、大人の誰にも聞こえなかったが、姉の愛弓(あゆみ)には聞こえていた。しかし、愛弓には夏音の言葉の意味がわからなかった。
夏音は、変わらず祖母をずっと目で追い、何か考えているような表情をしていた。
「夏音?どうしたの?」
愛弓の二度目の問いかけに、夏音は振り向き、祖母を指さしながら答えた。
「おばあちゃんね、お昼ご飯の時には、ママとかあゆちゃんと同じオレンジだったのに、今は紫なの。何で?」
真ん丸な瞳で愛弓に問う夏音だが、愛弓には夏音の質問の意味が分からなかった。
「オレンジ?…紫?なに、服の色?ずっと同じだよ。」
「違うよ。おばあちゃんの前にある影だよ。」
「………ん?」
やはり愛弓には夏音の言葉が通じなかった。
「あゆ~!皆の箸運んでぇ!」
台所から茜が愛弓を呼ぶと、愛弓は夏音の言葉の意味を考え続け、首を傾げながら台所へと向かった。
夏音は、何で愛弓は自分の話を分かってくれないのかと不満に思ったが、夕飯を食べ始める状況になると、嬉しさで自然とその疑問は薄れていった。
夏音は、いただきますと同時に自分の好きな、一恵特製の自家製ポテトグラタンに手を伸ばした。
「あっ、夏音。グラタンまだお皿熱いから。」
それを見て、茜が夏音の手を止め、夏音の取り皿にグラタンを取り分けようとした。
ドサッ。
その瞬間、何かが倒れる音がした。夏音が音のした方に視線を向けると、彰の左に座っていたはずの祖母の姿が視界に入らなかった。
同時に彰が左に目を向けると、箸を持ったまま真横に倒れこむ祖母の姿があった。
「お、おふくろ!?…おい、どうした!?」
彰が祖母に声を掛けても反応がなかった。
「お義母さん!?どうしたの!?え!え、…か、一恵さん!きゅ、救急車!!」
茜はテンパりながらも、呆然としている一恵に指示を出し、一恵は急いで携帯電話を取り出し電話を掛けた。
夏音と愛弓は、立ちあがり、必死に祖母に大声で呼び掛けている父と母の姿を見ていることしか出来なかった。
「おふくろ!!おい、大丈夫か!?」
「あなた!頭揺すっちゃダメよ!救急車待ちましょう!!」
「おふくろぉぉ!!」
取り乱す父と母の姿に、まだ子どもの二人は恐怖で胸が一杯だった。
夏音は、恐怖を感じながらも、倒れていてテーブルに隠れている祖母の姿を、そっと覗き込んだ。
「……まっくろなむらさきだ。」
夏音の呟きは、また愛弓にだけ届いた。
それは、8月生まれの夏音にとって4回目の誕生日を迎えた翌朝だった。
いつも8月には、家族皆で父方の実家である新潟県へと里帰りをしていた。そして、いつも夏音の誕生日は、祖母と叔母の待つ築80年近い立派な平屋の家で、盛大に祝っていた。
4回目の誕生日も変わらず父と母、そして今は夏休み真っ只中の小学三年生の姉と四人で里帰りをしていた。
去年と同じように、昼間は母屋の裏を流れる清流で水浴びをし、広大な畑になる新鮮な野菜を採っては丸かじりをし、田舎生活を楽しんでいた。
あっという間に日が暮れると、14畳の広間にテーブルを2つ縦に並べ、祖母の得意料理であった煮物や、裏の清流で釣れた魚の塩焼き、更には近所の猟師に貰った猪肉を使った鍋など、沢山のご馳走が運ばれてきた。
「わぁ、すごおい。」
4歳の夏音には、ご馳走が並ぶだけでワクワクする気持ちが押され切れなかった。そんな夏音を見て祖母や叔母はとても嬉しそうに食事の準備を進めていた。
「あ、お義母さん、私が運びますから。座っててください。」
夏音の母の茜(あかね)は、祖母を気遣い、ゆっくり寛ぐように促した。
「茜さん、私はまだ大丈夫だよ。たまに帰ってきた孫が喜ぶ顔を見たら、すっかり元気が出たよ。」
祖母は、茜の気遣いには感謝しつつも、孫のためにと、せっせと動いていた。
「おふくろ、一昨日まで寝込んでたんだろ?本当に夏風邪だったのか?かずねぇがかなり心配してたぞ。」
「一恵(かずえ)は心配性なだけさ。」
夏音の父の彰(あきら)の心配に対して、祖母はあっさりした答えを返した。一恵は、そんな会話を聞く暇もなく、せっせと皆のお茶を注いでいた。
夏音の楽しい誕生日の思い出は、この夕飯を食べ始める前までだった。この家に着いた時には、皆が明るいオレンジ色に見えていた夏音にだけ、祖母の異変に気付いていた。
「…むら…さき?」
夏音は右手の人差し指を咥えながら、一恵の淹れたお茶をお盆で運ぶ祖母を見て、そう呟いた。
「夏音?」
夏音の呟いた言葉は、大人の誰にも聞こえなかったが、姉の愛弓(あゆみ)には聞こえていた。しかし、愛弓には夏音の言葉の意味がわからなかった。
夏音は、変わらず祖母をずっと目で追い、何か考えているような表情をしていた。
「夏音?どうしたの?」
愛弓の二度目の問いかけに、夏音は振り向き、祖母を指さしながら答えた。
「おばあちゃんね、お昼ご飯の時には、ママとかあゆちゃんと同じオレンジだったのに、今は紫なの。何で?」
真ん丸な瞳で愛弓に問う夏音だが、愛弓には夏音の質問の意味が分からなかった。
「オレンジ?…紫?なに、服の色?ずっと同じだよ。」
「違うよ。おばあちゃんの前にある影だよ。」
「………ん?」
やはり愛弓には夏音の言葉が通じなかった。
「あゆ~!皆の箸運んでぇ!」
台所から茜が愛弓を呼ぶと、愛弓は夏音の言葉の意味を考え続け、首を傾げながら台所へと向かった。
夏音は、何で愛弓は自分の話を分かってくれないのかと不満に思ったが、夕飯を食べ始める状況になると、嬉しさで自然とその疑問は薄れていった。
夏音は、いただきますと同時に自分の好きな、一恵特製の自家製ポテトグラタンに手を伸ばした。
「あっ、夏音。グラタンまだお皿熱いから。」
それを見て、茜が夏音の手を止め、夏音の取り皿にグラタンを取り分けようとした。
ドサッ。
その瞬間、何かが倒れる音がした。夏音が音のした方に視線を向けると、彰の左に座っていたはずの祖母の姿が視界に入らなかった。
同時に彰が左に目を向けると、箸を持ったまま真横に倒れこむ祖母の姿があった。
「お、おふくろ!?…おい、どうした!?」
彰が祖母に声を掛けても反応がなかった。
「お義母さん!?どうしたの!?え!え、…か、一恵さん!きゅ、救急車!!」
茜はテンパりながらも、呆然としている一恵に指示を出し、一恵は急いで携帯電話を取り出し電話を掛けた。
夏音と愛弓は、立ちあがり、必死に祖母に大声で呼び掛けている父と母の姿を見ていることしか出来なかった。
「おふくろ!!おい、大丈夫か!?」
「あなた!頭揺すっちゃダメよ!救急車待ちましょう!!」
「おふくろぉぉ!!」
取り乱す父と母の姿に、まだ子どもの二人は恐怖で胸が一杯だった。
夏音は、恐怖を感じながらも、倒れていてテーブルに隠れている祖母の姿を、そっと覗き込んだ。
「……まっくろなむらさきだ。」
夏音の呟きは、また愛弓にだけ届いた。
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