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第4章 父親と黒色
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【高校美術室】
同時刻。
朝倉は、昨日並べた環奈の作品を一つひとつ丁寧に梱包していた。今日は臨時休校だったが、教師の何人かは自主的に出勤しており、朝倉もその一人だった。
ガラガラガラ。
美術室の扉が開く音がして、朝倉が振り向くと教頭の白井が立っていた。
「…教頭。」
朝倉は、作業を止めて立ち上がり、ペコリと頭を下げた。白井は何も言わず、まだ梱包されていない環奈の絵を眺めた。
「独特な感性が、世には受けるんですかね?」
白井が一枚の絵を手に取りながら、呟いた。白井が続けた。
「私の娘は、昔から絵を描き続けていますが、一回も入賞したことがなくて。由比環奈の絵は、どこが評価されてるんですかね?」
朝倉は何も言えずに黙っていた。
白井の娘も、この高校の生徒で入学当時から美術部に属しており、毎日真面目に絵を描き続けていた。だが、環奈が入部して暫くすると、白井の娘は、登校拒否になってしまった。
朝倉は、理由は何となく分かっていた。多分、環奈への嫉妬だと。娘が登校拒否になってから、白井の朝倉に対する態度も一変しているようにも感じていた。
「朝倉先生。私の娘の、彩未(あみ)の絵は、どこがいけないかったんですかね?私も妻も絵は素人でして。」
質問が繰り返しされる中、朝倉は重い口を開いた。
「…教頭。…彩未さんの絵は素晴らしいですよ。彩未さんは、ご存知のとおり水彩の風景画を得意としていました。毎日真面目に絵を勉強されてて。…ですから、賞を取るには…ただ運が足りなかったのかと。他校にも素晴らしい風景画を描く生徒が多くいますから。」
「………。」
朝倉は、何も返答しない白井の表情を伺った。
白井は声を殺して、涙を流していた。
「…教頭…。」
「すまん、邪魔したな。」
白井はそう言うと、涙を拭いながら、そそくさと美術室を出ていった。
【駅構内喫茶店】
同時刻。
彰は、二人が離婚した理由を、時間を追いながら丁寧に、夏音に説明していた。
「…それで、父さんは気が付いたんだ。…母さんが、ある男と良からぬ関係になっていることに。」
ずっと離婚の理由を推測するしかなかった夏音は、まさか母親の不倫が原因とは考えたこともなく、絶句した。
「…良かったのか?本当は聞きたくなかったろ、こんな話。」
夏音の表情を伺った彰が聞いた。
夏音は、首を横に振って答えた。
「うぅん。いいの…真実が知りたかったから。でも、本当に母さんがそんな…私はてっきり…。」
「父さんが浮気でもしたと?」
彰が笑いながら聞いた。夏音は、図星だったため下を向いて黙ってしまった。彰は、慌てて夏音を慰めた。
「ハハハ、気にしないでいいよ。だいたい、父さんがそんなモテる訳ないじゃないか。…ハハハ。」
夏音は、勝手に彰を悪く考えてた自分が嫌になって、顔を彰に見せることができなかった。彰は、夏音の気持ちを汲み取り、テーブル腰に夏音の両肩に優しく手を置き、顔を上げるように促した。
夏音は、そっと顔を上げた。
目の前の彰は泣いていた。
「…お前は良い子に育ったな。母さんに感謝しなきゃな。…ごめんなぁ、関係のないお前や愛弓を巻き込んで。父さんが弱いばかりに…うっ、ううぅ。」
「…父さん。いいの、もういいから。私は今、私なりに楽しくやってるし、母さんと二人でも幸せにやってる。父さんのことも、定期的にお姉ちゃんと連絡取ってるし。…でも…。」
彰は、途中で言葉に詰まった夏音の顔を伺った。夏音が、ゆっくり続けた。
「…でも…父さんが病気なのは、知らなかった。…今はそれが悲しくて。」
「…夏音。…ごめんな。…あと…ありがとう。」
彰はニッコリ微笑みながら、夏音の頭を撫でた。
それから、二人はコーヒーを飲み終えると喫茶店を出た。
「夏音。今日はありがとうな。お前に会えて嬉しかったよ。」
「え?もう帰っちゃうの?」
「あぁ、今日は病院なんだ。また必ず連絡するから。…父さん、夏音のためにも頑張って長生きするよ。」
病院と言われると、無下に止めることも出来ず、夏音はやむ無く頷いた。
改札まで二人はゆっくりと歩いた。
「お姉ちゃんは知らないんだよね?」
夏音が歩きながら聞いた。
「あぁ。俺が死んだら愛弓は、一人ぼっちになっちまう。…中々言い出せなくてな。…でも、愛弓ももう立派な社会人だし、夏音に会って勇気貰えたよ。何より、お前や愛弓の為に、長生きしなきゃって思えたし。」
彰の言葉が嬉しくて、夏音はまた涙を浮かべた。
「…今日帰ったら、愛弓にも余命のことは話そうと思う。愛弓が悩んだりしたら、支えてやってほしい。」
夏音は涙を拭いながら、頷いた。
改札に着くと、彰は夏音に握手を求めた。彰の中では、もしかしたら夏音と会うのは、これが最後になってしまうかもしれないと思った。夏音は、細い彰の腕を気にしながら握手をした。その瞬間、夏音の手に一滴の雫が落ちた。
「…父さん?」
彰は泣いていた。
「…いや、お前にはまだ話したい、いや、話さないといけないことがあるんだ。…でも、今日はもう行かないと…。…また…会えるよな?」
「あったり前だよ!いくらでも会えるから!」
彰は、夏音を一度ギュッと抱きしめると、ありがとうと呟いて、改札の中に入って行った。
夏音は、遠ざかる彰のイロカゲを見ていた。
「…命…やっぱり真っ黒だ…。…父さん。」
イロカゲも、彰の命がそう長くはないことを告げていた。
同時刻。
朝倉は、昨日並べた環奈の作品を一つひとつ丁寧に梱包していた。今日は臨時休校だったが、教師の何人かは自主的に出勤しており、朝倉もその一人だった。
ガラガラガラ。
美術室の扉が開く音がして、朝倉が振り向くと教頭の白井が立っていた。
「…教頭。」
朝倉は、作業を止めて立ち上がり、ペコリと頭を下げた。白井は何も言わず、まだ梱包されていない環奈の絵を眺めた。
「独特な感性が、世には受けるんですかね?」
白井が一枚の絵を手に取りながら、呟いた。白井が続けた。
「私の娘は、昔から絵を描き続けていますが、一回も入賞したことがなくて。由比環奈の絵は、どこが評価されてるんですかね?」
朝倉は何も言えずに黙っていた。
白井の娘も、この高校の生徒で入学当時から美術部に属しており、毎日真面目に絵を描き続けていた。だが、環奈が入部して暫くすると、白井の娘は、登校拒否になってしまった。
朝倉は、理由は何となく分かっていた。多分、環奈への嫉妬だと。娘が登校拒否になってから、白井の朝倉に対する態度も一変しているようにも感じていた。
「朝倉先生。私の娘の、彩未(あみ)の絵は、どこがいけないかったんですかね?私も妻も絵は素人でして。」
質問が繰り返しされる中、朝倉は重い口を開いた。
「…教頭。…彩未さんの絵は素晴らしいですよ。彩未さんは、ご存知のとおり水彩の風景画を得意としていました。毎日真面目に絵を勉強されてて。…ですから、賞を取るには…ただ運が足りなかったのかと。他校にも素晴らしい風景画を描く生徒が多くいますから。」
「………。」
朝倉は、何も返答しない白井の表情を伺った。
白井は声を殺して、涙を流していた。
「…教頭…。」
「すまん、邪魔したな。」
白井はそう言うと、涙を拭いながら、そそくさと美術室を出ていった。
【駅構内喫茶店】
同時刻。
彰は、二人が離婚した理由を、時間を追いながら丁寧に、夏音に説明していた。
「…それで、父さんは気が付いたんだ。…母さんが、ある男と良からぬ関係になっていることに。」
ずっと離婚の理由を推測するしかなかった夏音は、まさか母親の不倫が原因とは考えたこともなく、絶句した。
「…良かったのか?本当は聞きたくなかったろ、こんな話。」
夏音の表情を伺った彰が聞いた。
夏音は、首を横に振って答えた。
「うぅん。いいの…真実が知りたかったから。でも、本当に母さんがそんな…私はてっきり…。」
「父さんが浮気でもしたと?」
彰が笑いながら聞いた。夏音は、図星だったため下を向いて黙ってしまった。彰は、慌てて夏音を慰めた。
「ハハハ、気にしないでいいよ。だいたい、父さんがそんなモテる訳ないじゃないか。…ハハハ。」
夏音は、勝手に彰を悪く考えてた自分が嫌になって、顔を彰に見せることができなかった。彰は、夏音の気持ちを汲み取り、テーブル腰に夏音の両肩に優しく手を置き、顔を上げるように促した。
夏音は、そっと顔を上げた。
目の前の彰は泣いていた。
「…お前は良い子に育ったな。母さんに感謝しなきゃな。…ごめんなぁ、関係のないお前や愛弓を巻き込んで。父さんが弱いばかりに…うっ、ううぅ。」
「…父さん。いいの、もういいから。私は今、私なりに楽しくやってるし、母さんと二人でも幸せにやってる。父さんのことも、定期的にお姉ちゃんと連絡取ってるし。…でも…。」
彰は、途中で言葉に詰まった夏音の顔を伺った。夏音が、ゆっくり続けた。
「…でも…父さんが病気なのは、知らなかった。…今はそれが悲しくて。」
「…夏音。…ごめんな。…あと…ありがとう。」
彰はニッコリ微笑みながら、夏音の頭を撫でた。
それから、二人はコーヒーを飲み終えると喫茶店を出た。
「夏音。今日はありがとうな。お前に会えて嬉しかったよ。」
「え?もう帰っちゃうの?」
「あぁ、今日は病院なんだ。また必ず連絡するから。…父さん、夏音のためにも頑張って長生きするよ。」
病院と言われると、無下に止めることも出来ず、夏音はやむ無く頷いた。
改札まで二人はゆっくりと歩いた。
「お姉ちゃんは知らないんだよね?」
夏音が歩きながら聞いた。
「あぁ。俺が死んだら愛弓は、一人ぼっちになっちまう。…中々言い出せなくてな。…でも、愛弓ももう立派な社会人だし、夏音に会って勇気貰えたよ。何より、お前や愛弓の為に、長生きしなきゃって思えたし。」
彰の言葉が嬉しくて、夏音はまた涙を浮かべた。
「…今日帰ったら、愛弓にも余命のことは話そうと思う。愛弓が悩んだりしたら、支えてやってほしい。」
夏音は涙を拭いながら、頷いた。
改札に着くと、彰は夏音に握手を求めた。彰の中では、もしかしたら夏音と会うのは、これが最後になってしまうかもしれないと思った。夏音は、細い彰の腕を気にしながら握手をした。その瞬間、夏音の手に一滴の雫が落ちた。
「…父さん?」
彰は泣いていた。
「…いや、お前にはまだ話したい、いや、話さないといけないことがあるんだ。…でも、今日はもう行かないと…。…また…会えるよな?」
「あったり前だよ!いくらでも会えるから!」
彰は、夏音を一度ギュッと抱きしめると、ありがとうと呟いて、改札の中に入って行った。
夏音は、遠ざかる彰のイロカゲを見ていた。
「…命…やっぱり真っ黒だ…。…父さん。」
イロカゲも、彰の命がそう長くはないことを告げていた。
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