彼に別れを告げました

りんごちゃん

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決着?

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「しゅ、宗さんっ!」
「また君なの? ……海外に留学させたのは甘かったのかなぁ」

 南雲さんの嬉しそうな声とは反対に低くて恐ろしい声でそういう宗さんに私がビクビクと震える。
 南雲さんはなぜか蕩けたような顔をしていて、正直言ってすごくこわい。
 なんでこの恐ろしい宗さんを前にして、そんな顔できるの? 怖くないの? ある意味尊敬できる。

「宗さん、あの、私、私!」
「ああ、聴いてたから。未唯のこと写真で脅してたんだね。言っとくけど、君が俺の正妻だなんだの戯言、迷惑だって言ってるよね?」
「でも、私、」

 私の頭の中は現在ハテナでいっぱい。宗さんはそんな私の肩を抱きながら横に座った。
 え、なにこれまだ続くの? というか宗さんも南雲さんと知り合い? どんだけ年季の入ったストーカーなの……?
 というか、宗さんはどこで聴いてたんだろう。店内にはいなかったはずだけど。さっき来たばっかりなのに。

「三年前にストーカー被害で警察に訴えるって話したら、君の父親が縋ってそれだけはやめてくれって言うから、君は海外留学って形で俺から離されたんだよ? そんなのも理解できないの? こんなふうに陰でこそこそと未唯に近付いて、未唯に俺との別れを迫っただろ。未唯の様子に気付かないとでも思った? 今日未唯にGPSと盗聴器を仕掛けておいて正解だったよ。未唯に危害を加えられるところだった」
「えっ、GPSと盗聴器っ?」
「正解だったね」

 そんなの仕込まれてたの!? どこで手に入れるんだ、そんなもの。
 ちょっと宗さんの行動にドン引きして、離れようとすると、私の肩を掴む手がグッと強くなる。
 あ、逃してもらえないやつだ、これ。宗さん、私にも怒ってる。

「っ、でも、見てよ、これ!」

 そう言って南雲さんが宗さんに見せつけるように机に置いたのは、吉野くんと私が抱き合ってる(ように見える!)写真と、裸の私が男に擦り寄ってるような写真。
 宗さんの反応を見ていられなくて私は俯く。しんと静まり返ってる。どうしてか他のお客さんまで。こっちに注目しないでほしい。
 もうこの店には来れないな、と冷静な頭でぼんやりと思った。
 宗さんは写真を手に取ってじっと見る。そして鼻で笑った。

「他は合成だね。ねぇ、この吉野との写真、誰が撮ったの? これ、完全に飲みに行ったうちの誰かでしょ。東田は違うから……、ねぇ、未唯。あの日、秘書課の吉本もいたって言ってたよね」
「え、あ、はい」
「ふぅん、じゃあ吉本か。このアングルは近い人物にしか撮れないし。買収でもしたの?」

 え? 茉希ちゃん? 茉希ちゃんが、どうして?

「っ、どうして……!」
「わかったか? 見ればわかるでしょ。被写体近過ぎ。こんなので未唯のこと脅してたの? 未唯は馬鹿だから簡単に脅されたかもしれないけど、これ、普通に脅迫罪だからね? 未唯にとったら一大事だったかもしれないけど、俺にとったらこんな写真はゴミのようなものだから」

 ほんとに茉希ちゃんが撮ったの……?  え、なにそれこわっ。そういえば食堂には茉希ちゃんもいた。もしかして、茉希ちゃんが南雲さんに報告してたってこと? なんで?
 ぐるぐると考えてる横で、宗さんは私のことを馬鹿呼ばわりしながら写真を置いた。
 一気に考えが飛んだ。宗さん、これ、めちゃくちゃお怒りだ……!

「使えない女……っ! 大金用意してやったのに、宗さんにバレるような写真を撮るなんて……!」

 南雲さんが悔しそうに爪を噛む。茉希ちゃんがお金によってこんなことをしたっていうのがわかったけど、今はそんなこともうどうでもいい。
 今は一刻も早く解決して、宗さんを宥めなくちゃ、私が死ぬ。本気で怒ってる。私が悪いんだけど、そうなんだけど、こわい……。

「千晶ッッ!!!」
「パパッ?!」

 宗さんに震えてると、どしどしと巨体が顔を真っ青にしながらこちらへと来た。
 南雲さんのお父さんらしい。宗さんをちらりと見る。笑みが深まってた。これ、怖い笑顔の方。

「おまえは、おまえはまた……!」
「いいから座ってください、南雲さん。事の顛末について、ゆっくりお話ししますから」
「は、はいぃ……」

 可哀想に南雲さんの父親は冷や汗ダラダラで顔が真っ青になってる。
 南雲さんはというと、不満そうにこちらを見ているだけ。
 なんだか不良少女のようだ。成長しきれてない大人。私と目が合うと睨まれたので、慌てて目をそらす。そうすると宗さんと目が合った。にこっと笑ったけど、怒ってる、これ怒ってる。

「その前に未唯に説明するね。目の前の彼女は高校時代からの俺のストーカー。盗撮したり、俺のものを盗んだり、俺に近づく女性を脅したり、結構いろんなことしてたんだよね。三年前に警察沙汰にしようとしたら、彼女の父親が頭を下げて二度と俺には近づけさせないって言うからそうしたんだ」
「へ、へぇ……」

 二人の会話を聴いてたらわかったけど、改めて言われるとなんか別世界のことのように感じる。

「それで今回は俺の婚約者である未唯をこんな写真で脅迫し、俺と別れさせようとしてたんですよ」
「そんな……」
「脅迫は犯罪ですね」

 写真を見せながら笑みを深める宗さんに寒気がします。
 私のためだっていうことはわかってるけど。私、もう絶対宗さんを怒らせない。心に決めた。何事も相談、大事、絶対。

「も、申し訳ありません! どうか、どうか、警察にだけは……ッ! 娘はもう二度と近付けさせないと誓います!」
「パパ?! なんで!? 宗さんは私の……!」
「黙りなさい、千晶!」

 う、うわぁ……。
 ドン引きしていると、店員さんと目が合う。哀れみの目を向けられた。うわぁ……。

「俺は未唯に危害が与えられないならどっちでもいいんだけど、確約が欲しいな。どうするの?」
「実は、海外事業の強化で、あちらで結婚の話があるので、その話をお受けしようと思います」
「パパ……?」
「そうなんですか。それは安心ですね」

 安心って、なにが……? もう、南雲さんのためにも警察沙汰にしたほうがいいんじゃないだろうか。結婚を勝手に決められるって、ちょっと可哀想。
 しかも海外で、って。不安だよね。南雲さんは怖い人だけど、女性として結婚を簡単に決められるのは辛いんじゃ……。
 南雲さんを見ると、絶望したような表情で父親を見てる。ずきりとなんだか胸が痛んだ。

「──あの、宗さん」
「どうしたの、未唯。なにか言いたいことでもある?」

 宗さんの言葉にグッと言葉が詰まりそうになる。
 でも、やっぱり結婚は可哀想。

「南雲さんの婚姻を勝手に決めるのは、少し違うと思うんです。宗さんは、その、渡せないんですけど、南雲さんだってまだ若いんですし、いい人がいると思います」
「っ、同情なのっ?」
「同情……。そうですね、同じ女性として、そうかもしれません」

 同情してる。宗さんのことが好きなのに、決して振り向いてもらえない彼女に。
 私もこうなってたのかな、と思うと余計に。

「そ、そりゃあずっとストーカーされるのは困ります。というか、宗さんを好きでいてもらうのは困ります。その、南雲さんはとても綺麗な人で、しかも一途で、素敵なので、困ります……」
「綺麗……」

 宗さんに綺麗な人が付きまとってるって、すごくその、気が気じゃないです……。
 ヤキモチなのかなぁ? 宗さんに気がないってわかっても、ちょっとモヤモヤしちゃう。

「未唯」
「はい?」
「褒めないでいいから」
「え?」

 あ、はい。こくこくと頷くと、宗さんは満足そうに微笑む。ホッとした。

「──わかりました。もう、宗さんのストーカーはやめます。写真も破棄します。宣誓書でもなんでも書きます。だから、海外での結婚だけは、やめてください、お願いします」

 宗さんを見てると、南雲さんが宣言する。そして私を見た。
 やっぱり結婚は嫌だったのかな。
 宗さんは小さくため息を吐きながら、「宣誓書は書いてもらう。結婚については、父親と話し合って」と答えた。
 なんだかんだ言って、宗さんは優しい。

「それから、未唯さん」
「は、はい」
「私ね、初めて宗さんに会ったとき、優しいね、って言ってもらえたの」
「はぁ……」

 突然なんの話? まさかヤキモチを妬かせようとしてるの?
 あれ、というか南雲さんって私のこと名前で呼んでたっけ?

「私、クラスでも目立たなくて、だけど宗さんが私を見つけてくれて嬉しかったの。それからね、私が南雲建設の令嬢だってわかって、煽てる人もいたし、優しくしてくれる人もいたけど、宗さんみたいに私っていう個人を見て優しくしてくれる人はいなかった……。私は南雲建設の令嬢でしかなかったの……」
「大変だったんですね……?」

 その答えで合ってるかわからない。私はなんで宗さんと南雲さんの馴れ初めなんて聴かされてるんだろう。

「だからね、貴女が脅迫してた私なんかのことを綺麗とか、一途とか、素敵って言ってくれて、すごくすごく嬉しくって……。私、未唯さんと……」
「未唯、帰るよ」
「わっ!」

 宗さんに引っ張られる。え、まだ話が途中……。会計もしてない。そう思ってると、宗さんが伝票を取って「会計はこちらで」と言ってレジに持っていく。
 そんなに急いで帰らなくても、と思うけど。

「宗さん?」
「未唯、さっさと帰って説教ね」
「はい……」

 宗さんの言葉にノーは許されないのである。
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