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歴史ある由緒正しき侯爵家が没落した。
両親は国家転覆罪で処刑され、私は幼い頃からの婚約を破棄され、住み慣れた家を追い出された。唯一、両親を告発した兄は騎士として貴族を名乗ることが許された。
貴族として育てられた令嬢が今さら平民として生きられるはずもなく、私は最下層である奴隷として売られることが決まっていた。
美しい容姿、元高位貴族、とても高値で奴隷商人に売れたらしい。
「おい、1007番! 起きろッ!」
光の届かない窓のない鉄格子の中。元は光沢のあったドレスは破かれてただの布切れと化していて、服としての機能はなくなり私を覆うものでしかない。それなのに髪も身体も小綺麗にされている。そちらのほうが売れるから。綺麗な身体に汚い布。奴隷を買うような人間はその落差に興奮して、高値で買うそうだ。
ガツンと鉄格子が叩かれ、ゆるゆると顔を上げる。
もう身体は震えていない。奴隷商人の罵声が恐ろしくてたまらなかった私はもういない。私は商品。わかってる。
これから私は知らない男に売られるのだろう。そこで私は女として生まれたことを後悔するほどの目にあう。けれど、私は商品なのだから仕方ない。
高級奴隷として、この場所では女として尊厳を奪われるような真似はされなかったけど、買われた先では違う。私は生涯をご主人様のために生きる。
しょうがない。
だって、私は悪役令嬢だったのだから。
──自分が悪役令嬢だと気付いたのは十歳のとき。
二つ年上の兄が、この国の貴族たちが通うことになっているグロリアーナ学園に入学したときだった。
その日、兄の入学式で両親とともにグロリアーナ学園にやってきた私は迷子になってしまい、そこを兄と同じ年の婚約者に助けられた。
『やっと見つけた。心配したよ。大丈夫?』
そう言って伸ばされる手。それに自分の手を重ねたところで、私は前世を思い出した。思い出して、しまった。
私の名はビビ・クローディア。
とある乙女ゲームのヒロインを虐める悪役令嬢。
気付いたとき、悲しかった。でも、その悲しみは悪役令嬢に転生したからとかではなくて、前世の両親にもう逢えないと知ったから。
前世の私は身体の弱い女の子で、最後の最後まで両親を心配させていた。
愛情深く育てられた前世を思い出して、前世の両親に逢えないことが悲しかった。親孝行らしいことを一つもできないまま離れてしまったことが悔しかった。
そして今の私は両親に愛されていないことを知ってしまった。
今の両親にとって子供は兄一人だけ。
兄は優秀で、優しくて、そして両親に似て整った顔立ちを顔をしていた。それに比べて私は父方の母、祖母に似たらしく顔は整っていても、意地悪そうな、いかにも悪役染みた顔をしていた。
両親は祖母が嫌いで、祖母に似た私を疎んでいた。
兄が憎かった。両親の愛を独り占めにする兄が。
だから、私は兄に対して性格の悪い子どもだった思う。
兄の大切なものをいつもこっそりと奪っていた。
兄はそんな私を両親に告げ口するような真似はしなかったけど、私を嫌っていた。私とは目を合わせてはくれない。
自業自得。当然の結果だった。
『ビビ?』
そんな過去がまるで走馬灯のように一瞬で脳内を駆け巡った。
名前を呼ばれて私は顔を上げる。
そこには不思議そうに首を傾げる金髪碧眼の男の子の姿。優しげな顔立ちで、困ったように眉を寄せている王子様然とした少年は私の婚約者で、この国の第二王子だった。
『どうしたの、大丈夫?』
『ぁ、は、い……。大丈夫です。ご迷惑おかけしました、オルフェウス殿下』
思い出してしまったら、この人に対して感じるのは慕う気持ちではなくて、恐怖。
なんて上手に気持ちを隠すのだろうと思った。
ゲームの中のオルフェウス殿下は何人かいる攻略キャラのうちのメインヒーローで、人をなんとも思っていない感情の薄い人形キャラ。
彼のルートでは、親に決められた婚約者のことなんてなんとも思っていないと回想が入る。
心配だと見せかけるのそのほうが都合がいいから、優しいと思われるような行動を取るのはそのほうが王子として世間体が保たれるから。
大丈夫? そう問いかけるオルフェウス殿下の瞳を見て、この人はゲームのオルフェウス殿下と同じなのだと気付いてしまった。
心配なんてしていない。ただ無機質に私を見る瞳。それは前世で入院している私にお見舞いに来る教師と同じ目をしていた。
興味はないし、面倒だけれど、社会的にそうしておいたほうがいいからそうする。そんな瞳。
オルフェウス殿下の手を取り立ち上がり、頭を下げる。
この人と、ハッピーエンドは迎えられない。
そう思った。
ゲームの中の悪役令嬢であるビビの将来は二つ。
このままオルフェウス殿下と愛のない婚姻するか、それとも両親の不正をヒロインに暴かれ、婚約破棄をして修道女となり北の教会に入るか。
オルフェウス殿下から離れながら、私は二つの選択肢を思い出し、そうして後者を選んだ。
オルフェウス殿下のあの無機質な瞳に耐えて暮らすなんて考えられない。そんなのは絶対嫌。それなら私は修道女となり、愛してくれない家族から距離を取って生きていたほうがまだマシだと思った。今さらお兄様と距離を詰めようとも、お兄様を憎く思う気持ちは消えてくれない。お兄様と和解なんてできない。
ヒロインが誰のルートを選ぶかはわからない。けれど、要は婚約破棄ができればいい。
そう考えた私は悪役令嬢として、これまで通り生きることにした。
前世を思い出す前の私はワガママな令嬢だった。
自分が一番でないと気が済まなかった。幸か不幸か私に興味のない両親は私が親の威光を借りてなにをしようがなにも言わなかった。
前世を思い出したとはいえ、私は私。今の私はすでに構築されていて、今さらまるっきり性格が変われるわけではない。
お兄様のことは相変わらず苦手だし、使用人たちは私の命令ならなんでも聞くべきだと思ってる。だって、使用人たちはそれが仕事なのだから。
前世を思い出した影響で一人で生きていくことができる。割り切って考えることができる。両親の愛を願わずに済む。
それはとても大きな進歩。
前世を思い出した私は気分が良かった。
将来の道が見えたから。
婚約破棄されることなんてどうだってよかった。家を出て修道院に連れて行かれることだってどうだってよかった。
なにも望んでいない。ただ平穏な日々を過ごせるなら、それで。
そう思っていたのに、私に訪れた現実は識っていた未来とは違った。
両親は国家転覆罪で処刑され、私は幼い頃からの婚約を破棄され、住み慣れた家を追い出された。唯一、両親を告発した兄は騎士として貴族を名乗ることが許された。
貴族として育てられた令嬢が今さら平民として生きられるはずもなく、私は最下層である奴隷として売られることが決まっていた。
美しい容姿、元高位貴族、とても高値で奴隷商人に売れたらしい。
「おい、1007番! 起きろッ!」
光の届かない窓のない鉄格子の中。元は光沢のあったドレスは破かれてただの布切れと化していて、服としての機能はなくなり私を覆うものでしかない。それなのに髪も身体も小綺麗にされている。そちらのほうが売れるから。綺麗な身体に汚い布。奴隷を買うような人間はその落差に興奮して、高値で買うそうだ。
ガツンと鉄格子が叩かれ、ゆるゆると顔を上げる。
もう身体は震えていない。奴隷商人の罵声が恐ろしくてたまらなかった私はもういない。私は商品。わかってる。
これから私は知らない男に売られるのだろう。そこで私は女として生まれたことを後悔するほどの目にあう。けれど、私は商品なのだから仕方ない。
高級奴隷として、この場所では女として尊厳を奪われるような真似はされなかったけど、買われた先では違う。私は生涯をご主人様のために生きる。
しょうがない。
だって、私は悪役令嬢だったのだから。
──自分が悪役令嬢だと気付いたのは十歳のとき。
二つ年上の兄が、この国の貴族たちが通うことになっているグロリアーナ学園に入学したときだった。
その日、兄の入学式で両親とともにグロリアーナ学園にやってきた私は迷子になってしまい、そこを兄と同じ年の婚約者に助けられた。
『やっと見つけた。心配したよ。大丈夫?』
そう言って伸ばされる手。それに自分の手を重ねたところで、私は前世を思い出した。思い出して、しまった。
私の名はビビ・クローディア。
とある乙女ゲームのヒロインを虐める悪役令嬢。
気付いたとき、悲しかった。でも、その悲しみは悪役令嬢に転生したからとかではなくて、前世の両親にもう逢えないと知ったから。
前世の私は身体の弱い女の子で、最後の最後まで両親を心配させていた。
愛情深く育てられた前世を思い出して、前世の両親に逢えないことが悲しかった。親孝行らしいことを一つもできないまま離れてしまったことが悔しかった。
そして今の私は両親に愛されていないことを知ってしまった。
今の両親にとって子供は兄一人だけ。
兄は優秀で、優しくて、そして両親に似て整った顔立ちを顔をしていた。それに比べて私は父方の母、祖母に似たらしく顔は整っていても、意地悪そうな、いかにも悪役染みた顔をしていた。
両親は祖母が嫌いで、祖母に似た私を疎んでいた。
兄が憎かった。両親の愛を独り占めにする兄が。
だから、私は兄に対して性格の悪い子どもだった思う。
兄の大切なものをいつもこっそりと奪っていた。
兄はそんな私を両親に告げ口するような真似はしなかったけど、私を嫌っていた。私とは目を合わせてはくれない。
自業自得。当然の結果だった。
『ビビ?』
そんな過去がまるで走馬灯のように一瞬で脳内を駆け巡った。
名前を呼ばれて私は顔を上げる。
そこには不思議そうに首を傾げる金髪碧眼の男の子の姿。優しげな顔立ちで、困ったように眉を寄せている王子様然とした少年は私の婚約者で、この国の第二王子だった。
『どうしたの、大丈夫?』
『ぁ、は、い……。大丈夫です。ご迷惑おかけしました、オルフェウス殿下』
思い出してしまったら、この人に対して感じるのは慕う気持ちではなくて、恐怖。
なんて上手に気持ちを隠すのだろうと思った。
ゲームの中のオルフェウス殿下は何人かいる攻略キャラのうちのメインヒーローで、人をなんとも思っていない感情の薄い人形キャラ。
彼のルートでは、親に決められた婚約者のことなんてなんとも思っていないと回想が入る。
心配だと見せかけるのそのほうが都合がいいから、優しいと思われるような行動を取るのはそのほうが王子として世間体が保たれるから。
大丈夫? そう問いかけるオルフェウス殿下の瞳を見て、この人はゲームのオルフェウス殿下と同じなのだと気付いてしまった。
心配なんてしていない。ただ無機質に私を見る瞳。それは前世で入院している私にお見舞いに来る教師と同じ目をしていた。
興味はないし、面倒だけれど、社会的にそうしておいたほうがいいからそうする。そんな瞳。
オルフェウス殿下の手を取り立ち上がり、頭を下げる。
この人と、ハッピーエンドは迎えられない。
そう思った。
ゲームの中の悪役令嬢であるビビの将来は二つ。
このままオルフェウス殿下と愛のない婚姻するか、それとも両親の不正をヒロインに暴かれ、婚約破棄をして修道女となり北の教会に入るか。
オルフェウス殿下から離れながら、私は二つの選択肢を思い出し、そうして後者を選んだ。
オルフェウス殿下のあの無機質な瞳に耐えて暮らすなんて考えられない。そんなのは絶対嫌。それなら私は修道女となり、愛してくれない家族から距離を取って生きていたほうがまだマシだと思った。今さらお兄様と距離を詰めようとも、お兄様を憎く思う気持ちは消えてくれない。お兄様と和解なんてできない。
ヒロインが誰のルートを選ぶかはわからない。けれど、要は婚約破棄ができればいい。
そう考えた私は悪役令嬢として、これまで通り生きることにした。
前世を思い出す前の私はワガママな令嬢だった。
自分が一番でないと気が済まなかった。幸か不幸か私に興味のない両親は私が親の威光を借りてなにをしようがなにも言わなかった。
前世を思い出したとはいえ、私は私。今の私はすでに構築されていて、今さらまるっきり性格が変われるわけではない。
お兄様のことは相変わらず苦手だし、使用人たちは私の命令ならなんでも聞くべきだと思ってる。だって、使用人たちはそれが仕事なのだから。
前世を思い出した影響で一人で生きていくことができる。割り切って考えることができる。両親の愛を願わずに済む。
それはとても大きな進歩。
前世を思い出した私は気分が良かった。
将来の道が見えたから。
婚約破棄されることなんてどうだってよかった。家を出て修道院に連れて行かれることだってどうだってよかった。
なにも望んでいない。ただ平穏な日々を過ごせるなら、それで。
そう思っていたのに、私に訪れた現実は識っていた未来とは違った。
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