何度繰り返しても愛してる

りんごちゃん

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交わらない

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 幸せってなんだろう。
 不幸ってなんだろう。
 何度も繰り返し生まれ変わりました。何度も彼に愛されなくて、何度も命を散らしました。彼は私の前で他の女性を愛して、私はそれをただ見てる。辛くて、苦しくて、悲しい人生を何度も繰り返してきた。
 それでも私は彼が好き。嫌いになんてなれなくて。
 私を愛していないのに、優しく撫でるその手が愛しい。私を愛していないのに、私を褒めるその声が好き。

 愛されてなくとも、彼と話すその瞬間だけは世界が輝く。

「も、ぃやぁっ!」

 そんなことだけでよかったのに。

「っ、あいしてる……」

 彼が「愛してる」と嘯きながら私の身体を暴いていく。彼が愛してると囁くたびに、私の心がバラバラになっていく気がする。
 だって、彼の言葉は嘘だもの。
 今の彼が前世の記憶すべてを持ってることは知ってる。だからこそ、彼は私に「愛してる」と囁く。
 これは彼の復讐で、慰めだ。自分の家族を殺した父の代わりに私へと復讐を。自分の代わりに命を散らした私に対する罪悪感を減らすための慰め。
 彼のために命を散らした私に愛を囁くことで自分の心を慰め、そして彼は私に自分は愛されてると錯覚させることで壊そうとしてる。

 だって、そうでしょう?
 今まで欲しくても貰えなかった言葉が囁かれるのは、彼の記憶が原因に決まってる。
 それならその動機は私への復讐以外あり得ない。
 愛されるはずのない私だから。
 偽りでさえ「愛してる」と言って貰えなかった私だから。
 望んだはずの行為に壊れそう。
 彼に抱かれたかった。私を愛していなくてもいいから、私に愛を囁かなくていいから、少しでも情けをもらえればそれでよかったはずなのに。
 嘘で塗り固まった言葉を囁かれながら抱かれる行為は死にたいほど辛い。
「ごめんなさい」「ゆるして」「もう、うそはいわないで」
 そう繰り返しても、彼は私に愛してると言う。

 いつ、彼は「他に愛してる人がいる」と言うんだろう? いつ、「君を愛していたのは嘘だ」と言うんだろう。

 幸せがわからない。
 だけど今なら言える。

 今の私はきっと不幸だ。




 重い身体を起き上がらせてると、もう隣に彼はいなかった。そっと彼のいたであろう場所に手を重ねると、冷たい温度しか感じない。

「おはようございます、奥様」
 急に声がかかって、びくりと身体を跳ねさせるとそこにいたのは初老の侍女だった。
 彼の乳母だったというその侍女は、彼にとても信頼されているらしく、私が目覚めるといつもこの侍女がこの部屋にいることが多い。

「喉は乾いてはおりませんか?」
「……少しだけ。水を、いただけますか?」
「はい、かしこまりました」

 ほんのりと甘い匂いのする果実水が渡される。それで喉を潤してから、一息つく。
 今は何時だろう。確か寝れたのは明け方近くだった。今はもう陽が高く上がってる。お昼近くかしら。
 また、起きるのがこんな時間。
 いつもそうだ。彼は私を夜明けまで抱いて、疲れ切った私が起きるのはお昼近く。酷いときは夕方近くに起きることすらある。
 彼はいつ寝てるんだろう。身体は持つのかしら。心配になる。結局、私は彼に恋をしていて、その恋心を消すことはできない。彼を愛してる。それは変わらない事実。だけど彼の言葉を信じるのかというのは、それはまた別の問題。
 無理をしないでほしい。復讐ならちゃんとされるから、彼の身体を壊すような復讐はやめてほしい。
 ……それも合わせて復讐なのかしら。私の恋心を利用した復讐。
 そうだとしたら彼は本当に残酷だ。

 今生で、彼は私の生まれた国の第三王子というとても高い身分の方に生まれた。
 平民の私なんかが決して一緒にいられるはずがないのに、私は彼の屋敷で「奥様」と呼ばれる立場で彼とともに暮らしてる。
 日中、彼はほとんどいない。
 帰ってくるのは陽が沈んでから。それから私と食事を取って、寝室に籠る。
 会話らしい会話はほとんどない。
 だって、今さらなにを話せというの?
 今の私は彼に家を焼き払われて、攫うようにここに連れてこられただけの平民なのに。
 彼が言葉らしい言葉を口にするのは、閨の中での「愛してる」と私の名前。
 甘く囁かれると錯覚しそうになる。だから苦しい。

「奥様、本日はなにをいたしましょう?」
「あの、外に……出たいのですけど」
「申し訳ございません。旦那様から外に出すことはしないようにときつく申しつかっておりますので」

 侍女のその言葉に目を伏せる。
 この屋敷に来て、どのくらいの期間が過ぎただろう。私は外に出たことがない。
 たまに屋敷にやってくる商人の話からここが王都だということは知ってるけど、そこがどんなところなのかは知らない。
 彼が、わからない。
 復讐するならもう復讐は完成してる。だって、私は彼のことが好きで、彼の言葉だけで不幸のどん底に落とされれるのだから。
 それでも、まだ足りないの? 私は、いつになったら許されるのだろう。

「庭も、ダメかしら……?」
「……少々お待ちを。確認して参ります」

 今日は、なんだかとても外に出たかった。
 心が病んでるからかもしれない。彼に朝方まで言葉を囁かれ続けたからかもしれない。
 ベッドからソファーに移動して、小さく縮こまる。
 目が覚めると必ず整ってる衣服は彼が整えてるんだろうか。それとも他の人? ……他の人だろうな。彼がそうする理由は見当たらない。
 誰かにしてもらうことは前世の経験で慣れてる。だから恥ずかしさとかは特に感じない。不快感は、やっぱりあるけど。

 一人の空間にホッとする。
 彼の乳母だったというあの侍女は、まるで私を見張るようにいつもそばにいるから息が詰まる。
 見張られていなくても、私はどこにも逃げ出したりしないのに。
 逃げるところなどありはしないのだから。

「奥様、確認が取れました。庭の散策だけならいいそうです」

 果実水をちびちびと飲んでいると、確認の取れた侍女が微笑んでそういった。
 その笑みに少しだけ安心して、「わざわざありがとう」と笑みを返す。すると「礼は必要ありません。これが仕事ですので」と言われた。
 ……ああ、そうだった。それが貴族だ。

 あまり煌びやかではない、比較的質素なドレスを選んでそれを着させてもらう。
 色も派手ではないものを選んだら、少しだけ不満そうにされてしまった。
 けど、庭に出るだけなのだし、どうせ彼に会うときにも着替えるなら、楽なもので身の丈にあったものを着たい。
 煌びやかなドレスなんてもの、今生では着ていなかったのだから。

 屋敷の庭の散策はとても気分が晴れた。
 この庭には小さな噴水が置いてあって、その周りには小鳥たちが水浴びをしに来ていた。
 温室もあって、そこでは今の季節見られない花もたくさん咲いていた。
 見ていて楽しい気分にさせてくれる庭だ。

「……あ」

 ふと、咲いていた花に視線がいく。
 見憶えのある黄色とオレンジの花。
 温室に咲いているから、きっとこの時期の花じゃないんだろう。
 ポト、と花びらの上に雫が落ちた。

「お、奥様! どうなされたのですか! ああっ、指で擦りにならないで! こちらのハンカチをお使いください!」
「……ありがとう」

 指で涙を拭おうとすると、ハンカチを渡される。お礼を言って、なぞるようにハンカチで涙を拭いた。
 数ある前世のなかで、彼が何度かくれた花だ。
 この花の名前を私は知らない。調べたくなかったから。調べて、嫌なことが出てきたら辛いから。だからこの花には彼がプレゼントしてくれたっていう優しい思い出しかない。
 1度目のとき。彼は憎いはずの私にプレゼントを贈ってくれた。
 この花と、その花の形をした小さなネックレス。
 結婚してちょうど一年が経った日だった。舞い上がるように嬉しかった。
 彼が私を憎んでることは知っていたけど、それでもプレゼントを贈ってくれる彼が愛しくて、たまらなく好きだった。

 ……だった、じゃない。今でも苦しいほどに好きなの。
 長い片想いに自分でも辟易とする。
 いつになったらこの想いは途切れるのだろう。あんなに蔑ろにされたのに、それでも好きなんて。


「ただいま、マリア」

 突然名前を呼ばれてハッとして振り向く。そこにはいつの間に帰ってきたのは彼の姿があった。
 普段はこんなに早く帰ってこないのに。気がつけば侍女の姿もそこになかった。

「おかえりなさい。今日は、早かったのですね」
「ああ。少しね。……その花、懐かしいだろう?」

 いつもより饒舌な彼の視線が私の見ていた花へと向く。
「覚えて、いたの」小さく彼に聞こえないくらいの大きさで呟いた。私の声が聞こえなかった彼は不思議そうに首をかしげる。
 覚えてなんてないと思った。あんな些細な出来事。だって、一番最初のことだもの。
 期待なんてしてない。そのはずなのに、とても嬉しくて心臓がぎゅぅっと締め付けられる。

 ……ああ、でも。生まれ変わっても何度かくれたことのあるくらいだから、彼にとってこの花は思い出深い花なのかもしれない。
 そう考えると、胸がとても痛くなった。
 どんな、思い出だろう。私と結婚する前に付き合っていたあの恋人との思い出だったらどうしよう。苦しくて死んでしまう。

「……昔、結婚をする前に城の庭園の散策をしたことがあっただろう? そのとき、君が一番気に入っていた花だ」
「……え?」 

 今、なんて?

「なんだ、憶えていなかったのか。……記念日にも、君に渡したはずなんだが」

 あとに続いた声は小さな声で聞こえない。
 でも、その前に言われた言葉はちゃんと耳に入ってきていた。
 ボボッとまるで火がついたように顔が熱くなったのが分かった。
 どうして、どうしてそんなこと言うの? そんなことを言うから、私はあなたを諦めきれないのに。
 嬉しくて、嬉しくてたまらないこの胸の逸りをどう抑えたらいいかわからない。彼に気付かれるのだけは嫌で、私は彼の視線から逃げるように、ジッと黄色い花を見つめた。

「その花の名前を知ってるか?」
「知らないわ。──知りたくないもの。だから、あなたも言わないでください」

 そう、知りたくない。
 この花は名前も知らない花だからこそ、私はホッとした気持ちで見ていられる。
 名前を知ってしまったら、きっと私はその意味も知りたくなってしまう。花に一つずつ意味が込められていることを知っている。
 それが、嫌なものだったら? とたん、この花の思い出は思い出したくもないものに変わってしまう。

「……マリア。私は君を愛してるよ」

 彼がそう囁きながら、私の肩に触れる。
 指先が震えた。いつもベッドの中だけでの言葉を、日常にまで侵食させていくつもりなのかと。

 これ以上、私の心をバラバラにしないで。

「もう、やめて……」
「私は、」
「あなたに愛されないって分かってるわ! 愛されたかった。確かに愛してると言われることを願っていた!」

 彼の手を振り払い、彼の言葉を遮って、耳を塞いで私はしゃがみこむ。
 そう、確かに願ってた。私は、嘘でもいいから彼に「愛してる」と言われたかった。

 だけど、だけど。

「けど、辛いの……もう、うそは、いや……」

 言われてみてわかった。
 嘘の言葉ほど辛いものはない。
 彼の心が私に向かないことは知ってるのに。私は彼の愛に縋る醜い女だから。
 どうしようもなく、期待してしまう。
 それが裏切られることを知ってもなお。

「っ、どうしたら、君は私の言葉を信じてくれるんだ……」

 泣き崩れる私の横で、彼もまた瞳から涙を流していることに私は気付かない。
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