婚約は必須項目らしいです。

りんごちゃん

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 嫌がらせが止みました。なにがあったのか知らないけど、別に嬉しくもなんともない。
 だって! もう! すでに元王子も元騎士も私のそばにくるんだもん!
 嫌がらせがなかったら元騎士が私に近寄ることなんてなかったと思うと口惜しい。

 知ってる? 元王子も元騎士もモテモテなんだよ。周りの女の子たちからキャーキャー言われてるの。
 そんな人を不本意ながらも侍らせてる私。周りの視線がいったいの。痛いんじゃなくて、いったいの。すっごくいったいの。
 ちなみに元王子と元騎士はお昼休みに私のところに来るんだけど、その都度男爵令嬢にひっつかれてます。
 元男爵令嬢にヤキモチ妬かせたいからって私を巻き込むのやめてくれないかな。

 本当学校サボりたくなる。うぅ~~。
 でも学費出してもらってるからサボるにサボれない。おかげで無遅刻無欠席の優等生です。これからも頑張ります。

「真凛、体調でも悪い?」

 机に突っ伏してると、元騎士が話しかけてきた。
 嫌がらせは止んでも視線はなくならない。つまり私は注目の的。嬉しくない。

「体調は悪くないです。大丈夫。あの、それより早乙女さんいいんですか?」
「……ああ、いい」
「(私はよくないんだよ! 察して!)」

 元男爵令嬢がギリギリと私を睨んでる。こわいっ。本当こわいっ。
 胃にキリキリ穴が開きそう。いっそ、穴が開いたほうが平和な気もする。
 あ、ダメだ。こいつら病院にまで来そう。病院側に迷惑はかけられない。大人しくしてよう。私、頑張って生きる。

 着席する私の隣に立つイケメン。
 せめて座って。何回言ったかわからない。
 俺なんかが座れないの一点張りでした。
 記憶がない(ふりをしてる)子に対して、そんなこと言っていいと思ってるの? ばーかばーか。
 ジロジロと不躾な視線に耐えていると、元騎士にクイッと顎を掴まれてグイッと顔を上に向かされた。

「……顔色が悪そう。やはり保健室に行ったほうがいいんじゃない?」

 セクハラです。距離が近い。
 それと同時に周りからあがる悲鳴。
 ずるい? それなら代わってあげたい。
 私の夜瑠? 私もそう思います。返します。
 うわ、やべ? 私もこの状況やばいと思います。

 な! ぜ! か! 流架に筒抜けなんだよ! 私の行動! ついでに奥方様にも筒抜けな気がするんだよ……。なんでだ……。
 こわい。なんか絶対私についてる。盗聴器的なもの的なものとか監視カメラ的なもの的なものとか。
 でもどこを探しても見つからないホラー。

 とりあえず距離の近い元騎士から距離をとる。何故か不思議そうに首を傾げてるけど、ちょっとパーソナルスペース近過ぎだから。

「大丈夫だから、人に誤解されるようなことしないでください」
「………ああ。ごめん」

 しょんぼりわんこの元騎士。
 なんかそんな目で見られると、私が悪いみたいで罪悪感が。

「ちょっと、夜瑠! どうして夜瑠までそんな女に近付くのよ!」
「真凛、そういえばプリンを用意したんだが食べない? 我ながらうまくできたと思うんだ」
「え、あ、え、うん、食べる」

 やってきた元男爵令嬢を華麗にスルーしてプリンを取り出す元騎士。わーい。
 断るべきなんだろうけど、あれです。食べ物に罪はありません。
 悔しいことに元騎士ってすごく料理上手なんだよ。というかお菓子。この前持ってきたアップルパイ美味しかったぁ。
 パイ生地さっくり、しっとり、サクッて感じで。前世ではそんな特技あるの知らなかったんだけどなぁ。

「……佐東も、でしょ」
「そりゃもらうッスよ~」

 そんな声が聞こえたと思ったら目の前のプリンが取られた。
 あ、とぽけっとしてる間に私のプリンは佐東と呼ばれた男の口の中。

「ええ?」

 もぐもぐと「うまいっす」とか言いながら頷く男。目の前のプリンはない。どこにもない。

 ……許さない。ジトッと睨む。
 無視。決して私を見ようとしない佐東くん。
 甘そうな名前のくせに私のプリンを食べやがって! 食べ物の恨みは忘れない。絶対忘れない。佐東くんは許さない。髪の毛全部毟り取りたい。

「それはよかった。真凛、真凛はチョコとカスタードのどっちがいい?」
「……どっちも」
「わかった」

 佐東くんから視線はそらさない。目の前に二つのプリン。
 佐東くんは毎回私が元騎士にお菓子をもらう時に限って現れる目敏い男なのだ。

 1回目はチーズケーキ、2回目はオレンジのゼリー、3回目は水羊羹、4回目はアップルパイ、そして今回のプリンである。
 佐東くんは絶対許さない。

 目の前に出されたプリンをパクリと一口。
 ふわぁ、幸せ。おいしい。元騎士、ストーカーみたいでアレだけどお菓子の腕が天才的なのでとてもいいと思います。
 これで元男爵令嬢と仲直りするとなおいいです。そうすればプリンももっと幸せに食べられます。

「美味しい?」
「とても美味しいです」

 幸せ。甘いの幸せ。舌でとろけるプリン。滑らかプリン。ちょっと苦めのカラメルが甘いプリンと絡み合って素晴らしいハーモニー。
 元騎士の言葉にこくこくと頷きながらチョコプリンに手を伸ばす。チョコプリンはカラメルがないタイプですな。
 ああ、ちょっと苦めのチョコプリン。ビターな大人な味。大人な味なチョコプリン。カスタードプリンと比べて大人な味が私の心まで大人にする。これは滑らかなプリンよりも固めのプリン。しっかりと舌に残るプリンの触感。

「しあわせ……」

 神様、この時代に生まれ変わらせてくれてありがとう! 無神教だけど。神はいない。

「もう! 聞いてるの? それにがくくんも! なんでそんな女といるの!?」

 そんな女呼ばわりされる私。
 本人がいる前でそんな女って言っちゃうってすごいよね、もう。逆に尊敬する。
 私も元王子と元騎士たちの前で本人たちをそんな男呼ばわりできたらいいのかな。
 ……変わらない未来のイメージしかなかった。おかしい。

 嫌がらせは止んだものの、ネチネチ来る元男爵令嬢さん。
 なんでそんなに私のことを嫌うのかわからない。私、別に元男爵令嬢のこと嫌いじゃないのに。好きでもないけど。
 ちなみに「がくくん」とは佐東くんのことである。佐東くんのくせに楽しそうな名前しやがって! ケッ!

 食べ物の恨みは恐ろしいんだよ。

「いやいや、オレはただ単に食い物に釣られてるだけッスからよ。別にこの人のこと好きじゃないッスから! 全然なんともこれっぽっちもちーっとも思ってないッスから! 本当! というか一緒にいたくているわけじゃないっていうか、そもそもそんな一緒にいないッスから! もう本当ただのクラスメイト! というか他人レベルッスよ!」

 佐東は絶対に許さない。もう敬称略だよ。許しません。
 別にそこまで言わなくてもいいじゃん。ていうか一回も話したことない人に向かってそこまで言うの? クラスメイトに他人だと思われてると思うとちょっと悲しい。しかも私のお菓子をことごとく盗んでるくせに。
 ちょっとイケメンだからって、ちょーっと元男爵令嬢のお眼鏡に叶ったイケメンだからって言っていいことと悪いことがあるんだから!

「……というか俺と佐東が真凛の近くにいてもいなくても、早乙女には関係ない。もう放っておいて」
「な、なによ! ひどい……! 私は夜瑠の恋人よ!?」
「恋人になったつもりはない。勘違いさせたなら悪いけど、俺はもう二度と前と同じような気持ちをお前に抱くことはない」

 目の前が修羅場だ。

 そんななかで私はもぐもぐとプリンを食べる。
 それもカスタードプリンとチョコプリンを交互に。マリアーナのときは甘味は滅多に食べられなかったから、こんな贅沢をできるのは今だけ。素晴らしい。

 ああ、うん。現実逃避ってよくない。
 元男爵令嬢が元騎士をハッとしたように睨み、それから私を睨みつける。
 この修羅場の登場人物には私も入ってるらしい。

「あんたが……!」
「えぇ……」
「やめろ。もう手出しはさせない」
「っ、なによ、なによ! いいもん! 夜瑠なんて、別に! 私には蓮と桃真がいるし! ……それに今は逢えてないけどルカだって……」

 ……ん? あれ、なんか元男爵令嬢、流架って言わなかった? 気のせい? ルカと元男爵令嬢って接点なかった気がするから、気のせい、かな。

 ぷりぷりと怒って教室から出て行った元男爵令嬢。
 なんか、性格変わったよね、元男爵令嬢。マリアーナのときはなんか小動物っぽくて、元王子の後ろに隠れてるイメージが強かったんだけど、今はなんかたくましい。
 それに元騎士のことそんなに好きだったの? 元王子と夫婦になったんじゃなかったの?

 ……いろいろ謎だけどまあいっか。
 マリアーナには関係ないし。死んだあとのことなんて知ってもどうしようもないよね。
 あ、でもルカがなんであんなはっちゃけた流架になったかは知りたいかな。ルカよりもなんかこう、強いよね。いろいろと。

 そんなことより今はプリン。
 もう佐東に奪われるわけにはいかない。

 私の戦いはまだまだこれからだ!
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