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しおりを挟むバタンッ――。
自宅のドアに背を預け、その場にズルズルとしゃがみこむ。膝に頭を載せると、未だに収まらない鼓動が耳に届いた。
何だ、あれ。何してんだよ。
試すって何。何で俺みたいなのにキスしてんだよ。普通ヌかねぇだろ。てか、アイツも――。
「あぁー、くそっ……!」
両手で煩雑に頭を掻きむしっても、腰に押し付けられた熱が消えることはない。寧ろ、忘れようとすればするほどアイツの声が、指が、舌が鮮明に思い出される。その度に自分の下半身に熱が集まっていくのを感じた。
駄目だ、考えるな。意識するな。相手はあの塚本千明だぞ。ありえないだろ、こんなの。今となっては幼馴染どころか、友達かどうかも怪しいのに。そんな相手にまさか……。
ローファーを脱ぎ、注意をそらすようにドタバタと音を立て脱衣所に向かう。
あれは、夢だ。きっと夢に違いない。
しばらく抜いてなかったし、俺の中の欲があんな夢を……いや、そんなわけがない。もし夢だとすれば、それは俺がアイツと“そういうこと”をしたかったということになるわけで。俺はそんなことを考えたことはないし、アイツをそんな目で見たことはない。
じゃあ、あれは一体――。
ふと鏡を見れば、白に近い金髪から覗く顔も耳も、誤魔化しが効かないほど真っ赤に染まっており、慌てて浴室に入った。
シャワーのレバーを捻り、頭から冷水を浴びる。体に残る熱が少しずつ引いていき、それに比例するように頭もスッキリとしていく。
……さっきのあれは気の迷いのようなもので、特に深い意味はない。アイツも俺もお互い溜まってただけだ。
俺だって高校生だし、性的なことにはそれなりに興味はある。アイツだって同じだろう。でも“そういうこと”をするちょうどいい相手がいなくて、たまたま後腐れのなさそうな俺が「ゲイなのか」なんて言ってしまったからスイッチが入ってしまっただけ。ただそれだけ。
だから、何も気にすることはない。明日からも今まで通りにすればいい。
髪から滴り落ちる水を眺めながら思考を巡らせていれば、冷水がだんだんと暖かくなり、心地の良い温度へと変わっていった。
最近は会うことも殆どなかったし、時間が経てば、きっとお互い忘れるだろう。
翌朝。
心身ともにすっかり落ち着き、平常心を取り戻した俺は隣の塚本家の扉の前に立っていた。
昨日、髪を乾かして、いつもより念入りに歯を磨き、ようやく一息ついたところで、スマホをアイツの部屋に忘れたことに気がついた。
あれだけ肌身はなさず持ち歩いているものでも、パニックになれば忘れるものなんだなと冷静な頭で考えながらも、あの直後にアイツと顔を合わせる気にはなれず、明日の朝にでも取りに行こうと決めたのだった。
俺だけではなく、アイツだって多少の気まずさはあるだろう。翌朝になっても、俺の手元にスマホが届けられていないことが立派な証拠の1つだ。アイツ自身も暴走してしまったことに自己嫌悪し、今頃俺と合わす顔をがないとか考えているのかもしれない。
このように相手の気持ちを考えてなんているような綺麗事を言ってはいるが、実際は本人と鉢合わせるのが嫌で、優等生を絵に描いたようなあの男ならとっくの昔に出発しているどころか、すでに学校に到着していてもおかしくない時間を狙って今この場所に立っている。
一度、小さく息を吐き、インターホンを押した。
ピンポーンという音のあとに、パタパタと駆け寄る足音が聞こえてくる。
この時間だと塚本のお母さんかな、などと考えながら開かれる扉を見ていれば、その向こう側から現れた予想外の人物に息が詰まった。
「おはよう」
「、あ、はよ……」
相変わらず何を考えているかもわからない表情でこちらを見下ろすその男は、昨日のことなど微塵も態度に見せず、「はい」と俺が部屋に忘れていったスマホを差し出してきた。
それを受け取った際に指先が触れ合ってしまいい、ビクリと肩が揺れる。
昨日、この手が俺の――――いや、何を考えているんだ。
このままでは、せっかくもとに戻った思考がよくない方向にいってしまいそうで、スマホに視線を落とした。画面には7:36という数字の下に100%と表示されていた。
こういうところが律儀だよなと感心する。
「わりぃ」
顔に集まりつつ熱に気づかないふりをしながらスマホをポケットに仕舞うと、「じゃあ行こっか」などと言い放った塚本が俺を追い越し、スタスタと歩いていく。
もしかして、一緒に学校へ行くのだろうか。確かに、同じ場所へ向かうのに別々に行動するのはおかしい。しかし、できることなら遠慮したいと立ち尽くす。すると、早く来いと言わんばかりにこちらを振り返る塚本に促され、しぶしぶ後をついて行った。
一緒に学校へ行く、といってもここしばらくは会話も殆どなかった上に、昨日のあの出来事を思い出せば隣を歩くのが躊躇われ、数歩後ろをとぼとぼと歩いた。
駅につくと1本遅い電車だからか、いつもより混み合っていて、こんなことなら普段と同じ時間に出ればよかったなと後悔が募る。そんなことを考えていても仕方がないので、諦めて電車を待つホームの列に足を向けた。
ここまでくればもういいかと、塚本が並んだ列とは違う車両のところに並ぼうと、更に奥の列へ向かう。
「どこ行くの」
前の方に乗るのは初めてだ、なんて呑気に考えていると、すでに列に並んでいたはずの塚本に腕を掴まれた。その感覚と昨日腕を掴まれた感覚がリンクして、触れられた部分からじんわりと熱が広がる。
違う。これは昨日のものとは違う。
「どこって、前の方だよ」
「何で」
「何でも」
「何でも?」
どこか不機嫌な様子に顔を顰めれば、近くのサラリーマンが中途半端な場所で立ち止まる俺らに向かい、わざとらしく咳払いをした。
このままでは怒鳴られるのも時間の問題だろう。
「そういうことだから、じゃあな」
掴まれていた腕を振れば、案外簡体に外れた。昨日とは大違いだなと思いつつも、自由になったことに変わりはないので、そのまま適当に前方の列に並ぶ。並んだのだが。
無駄に高い身長と程よく引き締まった体躯のせいで立っているだけで威圧感のあるソイツが後ろにピタリとくっつているものだから、眉間に皺が深く刻み込まれる。
「おい、さっき違う列並んでたろ」
「気が変わった」
気が変わった、って。こっちはお前との昨日の記憶を頭から追い出すのに必死だというのに、そんな気まぐれで邪魔するな。
舌打ちをし、更に隣の列へと移っても、金魚のフンのように付いてくるその男にガンを飛ばした。すると、「今日は凛と同じ車両に乗る気分だから」などと抜かしやがる。
「何でだよ」
「何でも」
返答に苛立つものの、数刻前の自分も全く同じ返答をしていたということもあり反論ができない。
本当意味分かんねぇ、コイツ。
こうなれば、いっそ存在していないかのように振る舞おうと、リュックの外ポケットをまさぐれば、いつもは入っているイヤホンが見つからず、昨日充電器に指したまま忘れたことに気がついた。
あー、ついてねぇ。
苛立ちを抑えながらスマホをいじる。程なくして到着した電車の車内は思ったていたよりも混んでいて、いつもよりも強い力で奥へと押されていく。気がつくと電車の隅の方まで追いやられていた。
どうやら塚本も俺と同じく人波に飲まれたようで、すぐ後ろにいるのが気配で分かった。
普段であれば、壁を背もたれ代わりにするのだが、昨日の今日で向き合うのは違うだろうと、壁と向かい合ったままスマホを取り出す。
いつもなら、スマホを眺めているうちにあっという間に着くというのに、音楽がないせいか、後ろに塚本がいるせいか、なかなか集中できない。
ちらりと窓越しに塚本を盗み見る。周囲より頭1つ分高い塚本は、吊革を煩わしそうに避けながらこちらを見下ろしていた。
あぁ、もう何でこっち見てんだよ。あっち向けよ。
なんて、心で悪態をついていれば、電車が曲がったのか、車内全体が大きく揺れた。
いつもならやり過ごせるのだが、油断していたせいかバランスを崩す。狭い車内で大きく動くわけにもいかず、これは頭をぶつけるパターンだなと咄嗟に目を瞑った。
痛いだろうな、なんて考えていたが、急にお腹に腕を回され、そのまま後ろに引っ張られる。
「大丈夫?」
車内に配慮した塚本の囁きが耳朶を震わす。ただそれだけなのに、顔に熱が集まってきた。
リュック越しとはいえ、抱きしめられているような状況に昨日の記憶が蘇ってきて、こんなところで思い出すなと頭を振った。
「え、どこかぶつけた?痛い?」
俺が「大丈夫じゃない」と伝えたと勘違いしたのか、腹に回された腕に少し力が込められるのを感じ慌てて振り返る。
「いや、違くて、」
否定しようと口を開いたのに、わずかに眉を垂らした塚本と目が合ったせいで言葉に詰まる。
すると、再び車内が大きく揺れ、今度こそバランスを崩した俺は窓ガラスにぶつかった。
ガツン、と側頭部に衝撃が走る。ゆっくりと目を開ければ、塚本もバランスを崩してしまったのか、俺に回していない方の腕を壁につけ、自身の体を支えていた。
意図せず塚本に囲まれるような体勢になり、距離が自然と縮まる。思っていたよりもずっと近い距離に塚本の顔があって、咄嗟に顔を前に戻した。
「ごめん、痛くなかった?」
「だい、じょーぶ……」
しどろもどろに答えれば「よかった」とだけ返ってくる。
電車の揺れが収まっても、ぎゅうぎゅうと押されて動けないでいるのか、腹に回った手も、壁に付いた手もそのままで。塚本の息が当たっている首筋が熱い。
気にするな、ただの空気だろ。何を意識してんだよ。つーか着くの遅すぎだろ。何してんだよ。
注意を分散させようと頭を回転させ、下らない言い訳を次から次へと思い浮かべる。それでは埒が明かず、スマホをいじる。
こういうときはあれだ、あれ。動物。動物を見れば煩悩がなくなるとか言うだろ、たぶん。
SNSの検索欄に素早く“猫”と入力すれば、おすすめのアカウントがずらりと並んだ。正直、猫でありさえすればどれでも良かったため、1番上に表示されたアカウントをタップしようとすれば、腹に回されていた手が動き、スマホの画面を指差した。
「これ、おすすめ」
耳元で囁く塚本の配慮が煩わしく、当てつけのように指さされたものとは違うアカウントを開く。スマホから離れた塚本の腕が、再び腹に回されようとするのを視界の端で捉え、はたき落とすと、その手も壁についた。
動けるのかよ、とか画面勝手に見るなよ、とか思うところは色々あるけれど、車内で騒ぐわけにもいかず、ぐっと飲み込み、アカウントの1番上の投稿をタップした。
自分の尻尾を目掛けて、くるくると回り続ける猫をぼんやりと見つめる。いつまで経っても、その尻尾が自分のものだと気づかない猫を目で追っていれば、長く見すぎたのか、視界がぐるりと揺れた気がした。
一度、画面から視線を外し、シパシパと瞬きをしても、その揺れが治ることはなく、今度は目を瞑り、指先で目頭をグリグリと押し込んだ。今度はどうだと目を開くと、視界は先程よりも大きく揺れる。
何だこれ。画面酔いか?
自身の体の変化に疑問を抱いていれば、電車が大きく揺れたのか、身体が傾き、咄嗟に目の前に伸びる塚本の腕を掴んだ。
「……凛?」
その腕を支えに身体がを正そうとする。けれど、電車は更に右へ左へと絶え間なく揺れ動く。
あぁ、これは電車ではなくて自分の身体が揺れているのかもしれない。そう気づいた途端、糸が切られた操り人形のように崩れ落ちた俺の身体を塚本の腕が抱きかかえた。
「凛!?大丈夫!?」
塚本の焦ったような声を聞きながら、車内で大声出すなよ、と見当違いなことを考えたのを最後に意識を手放した。
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