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春の予感
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小学生の頃はどちらかといえば、些細な出来事にも耳ざとい人間であったように思う。少年団でレギュラー入りしただとか、ゲームを持ち込んでこっぴどく叱られただとか。そんな些細な噂話はクラスの、時には学年の垣根さえも超えていた。しかし、中学に上がった、丁度、屋外から室内へと遊びの拠点が移った頃。その頃から、クラスのことに疎くなったのではないだろうか。
「あざみも中学に上がるから、もう安心ね」
そう言って、母親が社会に復帰したことにより、放課後は決まって俺の家に集まるようになった。学校が終わってから両親のどちらかが返ってくるまでの2時間弱の時間が、環の衝動的にくる”そういう気分”を満たす時間だ。部活には入らなかった。
「中学くらい部活に入ってみたらどうだ? 案外楽しいぞ」と父親からの勧めはあった。俺自身も悪くないと考えていた。しかし、入部をすることはなかった。体を動かすことが嫌いだったわけではない。当時はまだ、気温の変化に弱くもなかったし、体を動かすこともおっくうではなかったが、結局帰宅部という選択をした。今となっては理由を思い出すことができない。きっと、そんなことでと笑ってしまうような些末な理由なのだろう。
部活動という限られた時間の中で同じ目標に向かって突き進む仲間と、ただクラスが同じなだけの級友とでは、過ごす時間の密度が違う。仲の良かった友人たちも自然と過ごす時間は減っていき、ついぞ友人と呼べるのは環1人になっていた。
「俺、友達減ったと思わねぇ?」
放課後。俺の部屋。手に入れたお気に入りのマンガの新巻の2周目が半分に差し掛かった頃。ふと生じた疑問に間の抜けた返事をしたのは環だった。
中2の秋ごろ。歴史の資料集を忘れ、他クラスの友人に借りようと隣のクラスを覗いたときに気付いたことだ。小学生の頃は、他クラスであろうとも、教室を覗けばすぐに友人がいたものだ。しかし、今となっては友人はおろか、名前を知っている人の方が少ないという有り様だ。3つの小学校から集まった生徒のほとんどは知らない顔である。
「どうしたの急に」
「いやさぁ」
その出来事を素直に口にした俺に、腹ばいで環は近づいた。その手には、俺と同じ本が握られている。
「友達欲しいの?」
「そーいうんじゃなくって。いやまぁ、多いに越したことはないけど」
「……けど?」
もともとは友達多かったじゃん?
浮かんだ言葉が口からこぼれることはなかった。自意識過剰な発言だと羞恥心が邪魔をした。
友人は多い方だった。通知表の担任からの個人評定には、誰とでも仲良くできる、みんなに平等に接する、といったようなことが専ら書かれていた。しかし、他人から評されていることであっても、自称することは憚られるというものだ。結局、「何でもねぇ」とつっけんどんな返しをした俺を一瞥した環は、読みかけの漫画を卓上に山置きして、ベッドにうつぶせで転がる俺の上にのしかかった。
「あざみくんは何をお悩み何ですかぁ?」
「おっもいな! 乗るな!」
じゃれつく環の下で手足をばたつかせたが、環はものともしなかった。寧ろ、更に体重をかけ、無防備な俺の脇腹を擽り始める。
「あ、おい! やめっ、はは、やめろって、あははは!」
笑い声をあげ身を捩る。薄いワイシャツ越しに環の手が滑る。読んでいたはずの漫画はいつの間にか放り出され、脇から腰に掛けて不規則に動き回る環の手を止めるのに必死になっていた。
「ひゃははったまきっ! やめっははは! くすぐったいって!」
ひとしきりくすぐり、環は満足気に俺を見下ろした。荒い呼吸を整える俺とは対照的に飄々とした様子で、再びうつ伏せの俺に全体重をかけ覆い被さる。そして、上下する俺の肩に顔を埋めて小さく呟いた。
「友達欲しい?」
欲しいなら用意してあげるよ。
そんな含みがあるような言い方に違和感を覚えた。くすぐりの余韻は消え去り、顔を顰める。欲しいからと言って簡単に仲を深めることができる程、人間関係は甘くはない。他人の友人を用意するなどもってのほかだ。
首だけで振り返ると人懐っこい笑みがそこにはあった。言外に滲む含みは勘違いだったかと、そのまま「うーん」と喉を唸らせる。
いないに越したことはない。しかし、欲しいかと問われて迷わず首を縦に振るほどではない。交友関係が狭まったことによるデメリットを感じていなかった。疑問が生じたきっかけである教材も、結局は小学生の頃同じクラスであった友人に借りることができた。デメリットはないがメリットはある。上辺だけの付き合いが減るのは好都合だ。縦の繋がりに広がる行動範囲。それ加え、明確な自我が形成されれば、小学時代のように誰とでも仲良く、ということは難しくなってきた。少し話して合わないと感じる人も増える。そういう人たちの中から自分と気の合う人間を探し出し、一から関係を築くのは面倒だと感じていたのだ。そこに労力を払わずとも、気兼ねなく接する存在を俺はすでに知っている。
「別にいいかな」
俺の出した結論だ。近くの垂れ目を真っすぐと見つめれば、環は緩んだ顔をより一層綻ばせ、「俺も」と返した。
「あざみがいれば皆いーらない」
「あざみも中学に上がるから、もう安心ね」
そう言って、母親が社会に復帰したことにより、放課後は決まって俺の家に集まるようになった。学校が終わってから両親のどちらかが返ってくるまでの2時間弱の時間が、環の衝動的にくる”そういう気分”を満たす時間だ。部活には入らなかった。
「中学くらい部活に入ってみたらどうだ? 案外楽しいぞ」と父親からの勧めはあった。俺自身も悪くないと考えていた。しかし、入部をすることはなかった。体を動かすことが嫌いだったわけではない。当時はまだ、気温の変化に弱くもなかったし、体を動かすこともおっくうではなかったが、結局帰宅部という選択をした。今となっては理由を思い出すことができない。きっと、そんなことでと笑ってしまうような些末な理由なのだろう。
部活動という限られた時間の中で同じ目標に向かって突き進む仲間と、ただクラスが同じなだけの級友とでは、過ごす時間の密度が違う。仲の良かった友人たちも自然と過ごす時間は減っていき、ついぞ友人と呼べるのは環1人になっていた。
「俺、友達減ったと思わねぇ?」
放課後。俺の部屋。手に入れたお気に入りのマンガの新巻の2周目が半分に差し掛かった頃。ふと生じた疑問に間の抜けた返事をしたのは環だった。
中2の秋ごろ。歴史の資料集を忘れ、他クラスの友人に借りようと隣のクラスを覗いたときに気付いたことだ。小学生の頃は、他クラスであろうとも、教室を覗けばすぐに友人がいたものだ。しかし、今となっては友人はおろか、名前を知っている人の方が少ないという有り様だ。3つの小学校から集まった生徒のほとんどは知らない顔である。
「どうしたの急に」
「いやさぁ」
その出来事を素直に口にした俺に、腹ばいで環は近づいた。その手には、俺と同じ本が握られている。
「友達欲しいの?」
「そーいうんじゃなくって。いやまぁ、多いに越したことはないけど」
「……けど?」
もともとは友達多かったじゃん?
浮かんだ言葉が口からこぼれることはなかった。自意識過剰な発言だと羞恥心が邪魔をした。
友人は多い方だった。通知表の担任からの個人評定には、誰とでも仲良くできる、みんなに平等に接する、といったようなことが専ら書かれていた。しかし、他人から評されていることであっても、自称することは憚られるというものだ。結局、「何でもねぇ」とつっけんどんな返しをした俺を一瞥した環は、読みかけの漫画を卓上に山置きして、ベッドにうつぶせで転がる俺の上にのしかかった。
「あざみくんは何をお悩み何ですかぁ?」
「おっもいな! 乗るな!」
じゃれつく環の下で手足をばたつかせたが、環はものともしなかった。寧ろ、更に体重をかけ、無防備な俺の脇腹を擽り始める。
「あ、おい! やめっ、はは、やめろって、あははは!」
笑い声をあげ身を捩る。薄いワイシャツ越しに環の手が滑る。読んでいたはずの漫画はいつの間にか放り出され、脇から腰に掛けて不規則に動き回る環の手を止めるのに必死になっていた。
「ひゃははったまきっ! やめっははは! くすぐったいって!」
ひとしきりくすぐり、環は満足気に俺を見下ろした。荒い呼吸を整える俺とは対照的に飄々とした様子で、再びうつ伏せの俺に全体重をかけ覆い被さる。そして、上下する俺の肩に顔を埋めて小さく呟いた。
「友達欲しい?」
欲しいなら用意してあげるよ。
そんな含みがあるような言い方に違和感を覚えた。くすぐりの余韻は消え去り、顔を顰める。欲しいからと言って簡単に仲を深めることができる程、人間関係は甘くはない。他人の友人を用意するなどもってのほかだ。
首だけで振り返ると人懐っこい笑みがそこにはあった。言外に滲む含みは勘違いだったかと、そのまま「うーん」と喉を唸らせる。
いないに越したことはない。しかし、欲しいかと問われて迷わず首を縦に振るほどではない。交友関係が狭まったことによるデメリットを感じていなかった。疑問が生じたきっかけである教材も、結局は小学生の頃同じクラスであった友人に借りることができた。デメリットはないがメリットはある。上辺だけの付き合いが減るのは好都合だ。縦の繋がりに広がる行動範囲。それ加え、明確な自我が形成されれば、小学時代のように誰とでも仲良く、ということは難しくなってきた。少し話して合わないと感じる人も増える。そういう人たちの中から自分と気の合う人間を探し出し、一から関係を築くのは面倒だと感じていたのだ。そこに労力を払わずとも、気兼ねなく接する存在を俺はすでに知っている。
「別にいいかな」
俺の出した結論だ。近くの垂れ目を真っすぐと見つめれば、環は緩んだ顔をより一層綻ばせ、「俺も」と返した。
「あざみがいれば皆いーらない」
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