【完結】白銀を捧ぐ

白井ゆき

文字の大きさ
11 / 65
春の予感

6

しおりを挟む
 小学生の頃はどちらかといえば、些細な出来事にも耳ざとい人間であったように思う。少年団でレギュラー入りしただとか、ゲームを持ち込んでこっぴどく叱られただとか。そんな些細な噂話はクラスの、時には学年の垣根さえも超えていた。しかし、中学に上がった、丁度、屋外から室内へと遊びの拠点が移った頃。その頃から、クラスのことに疎くなったのではないだろうか。

「あざみも中学に上がるから、もう安心ね」

 そう言って、母親が社会に復帰したことにより、放課後は決まって俺の家に集まるようになった。学校が終わってから両親のどちらかが返ってくるまでの2時間弱の時間が、環の衝動的にくる”そういう気分”を満たす時間だ。部活には入らなかった。
「中学くらい部活に入ってみたらどうだ? 案外楽しいぞ」と父親からの勧めはあった。俺自身も悪くないと考えていた。しかし、入部をすることはなかった。体を動かすことが嫌いだったわけではない。当時はまだ、気温の変化に弱くもなかったし、体を動かすこともおっくうではなかったが、結局帰宅部という選択をした。今となっては理由を思い出すことができない。きっと、そんなことでと笑ってしまうような些末な理由なのだろう。
 部活動という限られた時間の中で同じ目標に向かって突き進む仲間と、ただクラスが同じなだけの級友とでは、過ごす時間の密度が違う。仲の良かった友人たちも自然と過ごす時間は減っていき、ついぞ友人と呼べるのは環1人になっていた。

「俺、友達減ったと思わねぇ?」
 
 放課後。俺の部屋。手に入れたお気に入りのマンガの新巻の2周目が半分に差し掛かった頃。ふと生じた疑問に間の抜けた返事をしたのは環だった。
 中2の秋ごろ。歴史の資料集を忘れ、他クラスの友人に借りようと隣のクラスを覗いたときに気付いたことだ。小学生の頃は、他クラスであろうとも、教室を覗けばすぐに友人がいたものだ。しかし、今となっては友人はおろか、名前を知っている人の方が少ないという有り様だ。3つの小学校から集まった生徒のほとんどは知らない顔である。

「どうしたの急に」
「いやさぁ」

 その出来事を素直に口にした俺に、腹ばいで環は近づいた。その手には、俺と同じ本が握られている。

「友達欲しいの?」
「そーいうんじゃなくって。いやまぁ、多いに越したことはないけど」
「……けど?」
 
 もともとは友達多かったじゃん?
 浮かんだ言葉が口からこぼれることはなかった。自意識過剰な発言だと羞恥心が邪魔をした。
 友人は多い方だった。通知表の担任からの個人評定には、誰とでも仲良くできる、みんなに平等に接する、といったようなことが専ら書かれていた。しかし、他人から評されていることであっても、自称することは憚られるというものだ。結局、「何でもねぇ」とつっけんどんな返しをした俺を一瞥した環は、読みかけの漫画を卓上に山置きして、ベッドにうつぶせで転がる俺の上にのしかかった。
 
「あざみくんは何をお悩み何ですかぁ?」
「おっもいな! 乗るな!」
 
 じゃれつく環の下で手足をばたつかせたが、環はものともしなかった。寧ろ、更に体重をかけ、無防備な俺の脇腹を擽り始める。
 
「あ、おい! やめっ、はは、やめろって、あははは!」
 
 笑い声をあげ身を捩る。薄いワイシャツ越しに環の手が滑る。読んでいたはずの漫画はいつの間にか放り出され、脇から腰に掛けて不規則に動き回る環の手を止めるのに必死になっていた。
 
「ひゃははったまきっ! やめっははは! くすぐったいって!」
 
 ひとしきりくすぐり、環は満足気に俺を見下ろした。荒い呼吸を整える俺とは対照的に飄々とした様子で、再びうつ伏せの俺に全体重をかけ覆い被さる。そして、上下する俺の肩に顔を埋めて小さく呟いた。

「友達欲しい?」

 欲しいなら用意してあげるよ。
 そんな含みがあるような言い方に違和感を覚えた。くすぐりの余韻は消え去り、顔を顰める。欲しいからと言って簡単に仲を深めることができる程、人間関係は甘くはない。他人の友人を用意するなどもってのほかだ。
 首だけで振り返ると人懐っこい笑みがそこにはあった。言外に滲む含みは勘違いだったかと、そのまま「うーん」と喉を唸らせる。
 いないに越したことはない。しかし、欲しいかと問われて迷わず首を縦に振るほどではない。交友関係が狭まったことによるデメリットを感じていなかった。疑問が生じたきっかけである教材も、結局は小学生の頃同じクラスであった友人に借りることができた。デメリットはないがメリットはある。上辺だけの付き合いが減るのは好都合だ。縦の繋がりに広がる行動範囲。それ加え、明確な自我が形成されれば、小学時代のように誰とでも仲良く、ということは難しくなってきた。少し話して合わないと感じる人も増える。そういう人たちの中から自分と気の合う人間を探し出し、一から関係を築くのは面倒だと感じていたのだ。そこに労力を払わずとも、気兼ねなく接する存在を俺はすでに知っている。
 
「別にいいかな」
 
 俺の出した結論だ。近くの垂れ目を真っすぐと見つめれば、環は緩んだ顔をより一層綻ばせ、「俺も」と返した。

「あざみがいれば皆いーらない」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嘘をついたのは……

hamapito
BL
――これから俺は、人生最大の嘘をつく。 幼馴染の浩輔に彼女ができたと知り、ショックを受ける悠太。 それでも想いを隠したまま、幼馴染として接する。 そんな悠太に浩輔はある「お願い」を言ってきて……。 誰がどんな嘘をついているのか。 嘘の先にあるものとはーー?

幼馴染み

BL
高校生の真琴は、隣に住む幼馴染の龍之介が好き。かっこよくて品行方正な人気者の龍之介が、かわいいと噂の井野さんから告白されたと聞いて……。 高校生同士の瑞々しくて甘酸っぱい恋模様。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

天使から美形へと成長した幼馴染から、放課後の美術室に呼ばれたら

たけむら
BL
美形で天才肌の幼馴染✕ちょっと鈍感な高校生 海野想は、保育園の頃からの幼馴染である、朝川唯斗と同じ高校に進学した。かつて天使のような可愛さを持っていた唯斗は、立派な美形へと変貌し、今は絵の勉強を進めている。 そんなある日、数学の補習を終えた想が唯斗を美術室へと迎えに行くと、唯斗はひどく驚いた顔をしていて…? ※1話から4話までは別タイトルでpixivに掲載しております。続きも書きたくなったので、ゆっくりではありますが更新していきますね。 ※第4話の冒頭が消えておりましたので直しました。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ

MITARASI_
BL
I 彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 Ⅱ 高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。  別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。  未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。  恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。  そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。  過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。  不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。  それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。  高校編のその先を描く大学生活編。  選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。 続編執筆中

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

好きなタイプを話したら、幼なじみが寄せにきた。

さんから
BL
無愛想美形×世話焼き平凡 幼なじみに好きバレしたくない一心で、真逆の好きなタイプを言ったら……!?

処理中です...