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春の予感
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「あれ、水野くん1人?」
1年生の下剋上が惜しくも果たされなかった午前の部が終わり、各自昼食をとった。義務教育を抜けた高校では保護者の賑わいは控えめなもので、中学までは早朝からブルーシートで場所取りをしていた両親も、午前に出番がないことを伝えると「午後から行くかも」となんとも曖昧な返答があるだけだった。環も同様に両親から「気が向いたら行くね」という俺以上にあやふやな予定を告げられたらしい。
そのため、ああでもないこうでもないと午前の競技を振り返りながら弁当をつつく家族団欒の時間はなく、冷房の効いた教室で1つの机を囲む、体育祭らしさのない昼食を取った。唯一らしさを上げるとすれば、折角の体育祭だからと渡された弁当だ。冷凍食品のない普段より手の込んだものであった。
そんな豪華な弁当を腹に入れ、冷房で正常に戻りつつあった体を再び陽の下に晒し、今度は忘れなかった自前のハンディファンで額の汗を飛ばしているところで「水野くん」と背後から声をかけられたのだ。
振り返れば、鎖骨を少し超えたあたりまで伸びた髪を揺らす女子生徒がいた。その毛先は綺麗に弧を描いている。その女子生徒――柳田ゆきだけではなく、女子生徒のほとんどの装いは少し派手になっている。学年があがる程それは顕著で、頬にそろいのペイントを施している集団もいた。個人の範疇を超え、クラス単位で揃えたものは即興のものなのか、複数の女子に囲まれ髪をこねくり回される男子生徒も見かけた。
「うん、1人」
くるりと回転する毛先を辿りながら簡潔に答えた俺の隣に柳田はしゃがみ込み「珍しいね」と続けた。
「いつも小田原くんと一緒じゃん」
「あいつ今、綱引き出てるから」
いつも一緒の言葉を気恥ずかしく感じながら前方を顎で指した。その先では、午後最初のプログラムである部活動リレーの決着がついておらず、環が出場する綱引きの選手たちはどこかの入場入り口で待機を強いられているところではあるが。
「応援しなくていいの?」
「あー……どこいるか分かんねぇしなぁ」
1学年につき2つの団体でトーナメント方式で行われる綱引きは、1団体で24人いるらしい。その大勢の中から、特別目立つ体格ではない環を探すのは一苦労だ。そもそも、環がいるのはどちらの団体なのかも把握していない。
「柳田さんは応援参加しないの?」
何事も全力で取り組みたい性なのか、1年生が出場するすべての競技を全力で応援しようと競技の度にテントでくつろぐ生徒を外へ駆り出す委員長の目から逃れるために、生徒専用の応援テントからは離れた校庭の端――申し訳ない程度に植えられた木が落とす影に俺は体を滑り込ませていた。保護者立ち入り禁止の規制線の先に位置する場所であるため、保護者はもちろん、周囲には生徒の影もない。部活動リレーは今日一番の盛り上がりを見せている。形式ばった競技よりも各々が自由にしているのびのびとした競技が人気なのは高校でも変わらないようだ。そのこともあり、生徒のほとんどは応援テントから身を乗り出し興奮の滲んだ声をあげている。俺のように離れた場所にいるのは少数派だ。
話したことはないが、隣に座る女子生徒もこういったイベントに積極的とまではいかずとも、人並みに楽しむタイプであったはずなのだが。そんな考えとともに、若干の不信感を含んだ俺の視線を流した彼女は、周囲を気にする素振りを見せた。
「ちょっと聞きたいことがあって」
近くに人影がないことを確認してから一歩近づき、ワントーン声を落とす。
「小田原くんって彼女いたりする?」
俺の顔と地面と周囲へ忙しなく視線を移す柳田の小さな問いかけに俺は目を瞬かせた。その質問の先にある話題と言えば1つしかない。そわ、と浮足立つ心を抑えて、柳田に合わせるように声のトーンを落とす。
「いないけど……」
驚きを隠せないまま、そう返した俺の言葉に柳田の顔がパッと輝く。
「ほんと!?」
「うん。えっ、もしかして」
語尾を濁した俺に柳田は目じりを赤らめる。暑さのせいではないことは明らかだ。その様子をぽっかりと口を開けた間抜けな顔で見つめる。こういったことに疎い俺でも分かる。柳田は環に好意をよせている。顔を赤らめたまま、控えめに頷いたクラスメイトの姿を見て、初めて訪れた親友の恋の予感に心が躍るのを感じた。
1年生の下剋上が惜しくも果たされなかった午前の部が終わり、各自昼食をとった。義務教育を抜けた高校では保護者の賑わいは控えめなもので、中学までは早朝からブルーシートで場所取りをしていた両親も、午前に出番がないことを伝えると「午後から行くかも」となんとも曖昧な返答があるだけだった。環も同様に両親から「気が向いたら行くね」という俺以上にあやふやな予定を告げられたらしい。
そのため、ああでもないこうでもないと午前の競技を振り返りながら弁当をつつく家族団欒の時間はなく、冷房の効いた教室で1つの机を囲む、体育祭らしさのない昼食を取った。唯一らしさを上げるとすれば、折角の体育祭だからと渡された弁当だ。冷凍食品のない普段より手の込んだものであった。
そんな豪華な弁当を腹に入れ、冷房で正常に戻りつつあった体を再び陽の下に晒し、今度は忘れなかった自前のハンディファンで額の汗を飛ばしているところで「水野くん」と背後から声をかけられたのだ。
振り返れば、鎖骨を少し超えたあたりまで伸びた髪を揺らす女子生徒がいた。その毛先は綺麗に弧を描いている。その女子生徒――柳田ゆきだけではなく、女子生徒のほとんどの装いは少し派手になっている。学年があがる程それは顕著で、頬にそろいのペイントを施している集団もいた。個人の範疇を超え、クラス単位で揃えたものは即興のものなのか、複数の女子に囲まれ髪をこねくり回される男子生徒も見かけた。
「うん、1人」
くるりと回転する毛先を辿りながら簡潔に答えた俺の隣に柳田はしゃがみ込み「珍しいね」と続けた。
「いつも小田原くんと一緒じゃん」
「あいつ今、綱引き出てるから」
いつも一緒の言葉を気恥ずかしく感じながら前方を顎で指した。その先では、午後最初のプログラムである部活動リレーの決着がついておらず、環が出場する綱引きの選手たちはどこかの入場入り口で待機を強いられているところではあるが。
「応援しなくていいの?」
「あー……どこいるか分かんねぇしなぁ」
1学年につき2つの団体でトーナメント方式で行われる綱引きは、1団体で24人いるらしい。その大勢の中から、特別目立つ体格ではない環を探すのは一苦労だ。そもそも、環がいるのはどちらの団体なのかも把握していない。
「柳田さんは応援参加しないの?」
何事も全力で取り組みたい性なのか、1年生が出場するすべての競技を全力で応援しようと競技の度にテントでくつろぐ生徒を外へ駆り出す委員長の目から逃れるために、生徒専用の応援テントからは離れた校庭の端――申し訳ない程度に植えられた木が落とす影に俺は体を滑り込ませていた。保護者立ち入り禁止の規制線の先に位置する場所であるため、保護者はもちろん、周囲には生徒の影もない。部活動リレーは今日一番の盛り上がりを見せている。形式ばった競技よりも各々が自由にしているのびのびとした競技が人気なのは高校でも変わらないようだ。そのこともあり、生徒のほとんどは応援テントから身を乗り出し興奮の滲んだ声をあげている。俺のように離れた場所にいるのは少数派だ。
話したことはないが、隣に座る女子生徒もこういったイベントに積極的とまではいかずとも、人並みに楽しむタイプであったはずなのだが。そんな考えとともに、若干の不信感を含んだ俺の視線を流した彼女は、周囲を気にする素振りを見せた。
「ちょっと聞きたいことがあって」
近くに人影がないことを確認してから一歩近づき、ワントーン声を落とす。
「小田原くんって彼女いたりする?」
俺の顔と地面と周囲へ忙しなく視線を移す柳田の小さな問いかけに俺は目を瞬かせた。その質問の先にある話題と言えば1つしかない。そわ、と浮足立つ心を抑えて、柳田に合わせるように声のトーンを落とす。
「いないけど……」
驚きを隠せないまま、そう返した俺の言葉に柳田の顔がパッと輝く。
「ほんと!?」
「うん。えっ、もしかして」
語尾を濁した俺に柳田は目じりを赤らめる。暑さのせいではないことは明らかだ。その様子をぽっかりと口を開けた間抜けな顔で見つめる。こういったことに疎い俺でも分かる。柳田は環に好意をよせている。顔を赤らめたまま、控えめに頷いたクラスメイトの姿を見て、初めて訪れた親友の恋の予感に心が躍るのを感じた。
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