19 / 65
サクラソウ
1
しおりを挟む
「はい。この前言った環が好きな漫画」
体育祭の振り替え休日を挟んで迎えた火曜日の放課後。環にバレないように抜け出した空き教室で柳田と向き合っていた。差し出した紙袋の中身はもちろん、体育祭での約束通り、環の趣味かもしれない漫画だ。何冊ずつ貸すべきか考え、キリがいいからと4巻まで持ってきた。空き教室を選んだのは、環から逃れるためだけではない。漫画は不要物だと生徒手帳にしっかりと示されている手前、堂々と渡すことは憚られたからだ。数学教師兼生徒指導の戸田に見つかろうものなら即反省文だ。いや、その前に怒りの鉄拳か。女子生徒である柳田はともかくして、俺には容赦のない拳が降り注ぐだろう。現代社会に広がる体罰防止の声は彼のところまでは届くことはないのだ。
教室の外から漏れ出る喧騒に耳を傾けつつ、期待に満ちた瞳で俺を見上げる柳田に紙袋を手渡した。
「ありがと~! 読む。読みます。頭に叩き込みます」
「そんなにグロいシーンとかはないけど、しんどかったら言って。内容伝えるくらいはできるから」
「何から何まで……本当にありがとう」
「全然。このくらいしかできないし」
ふいに、手癖でスラックスのポケットに突っ込んでいたスマホが震えた。続け様に2回、3回。取り出せば、ロック画面に表示された環のメッセージが目に入った。「あざみ」「今どこ?」「今日図書委員じゃないよね?」連投されたメッセージを開くことなく、柳田に詫びを入れる。
「ごめん、環が探してるっぽい」
「あぁ、いいよ行って! ごめんね、わざわざ」
快諾した柳田にもう一度ごめんと伝えようとして、はたと動きを止めた。俺の脳内には、先日言われた言葉が浮かんでいる。
「だって小田原くん、いっつも水野くんと一緒にいるから」
正面に立つ柳田は、己の恋心を吐露した時、確かにそう言っていた。環以外に仲の良い同級生は、この高校に進学していない。そのため、特に意識をしていたわけではなかったが、高校に入学してからというものの、環とばかり過ごしてしまっている。仮にいたとしても、環以上の関係ではないため、余程のことがない限り行動を共にするわけではないのだが。そんな流されるように環の隣をキープしていた自分の行動は、親友の恋路を邪魔しているのは明確だ。一瞬の逡巡の後、紙袋を片手に首を傾げる柳田に俺は口を開いた。
「一緒帰る?」
「……へっ」
「環と。2人でもいいし、3人でもいいし」
「きょ、今日!?」
「うん。今日っていうか今からだけど」
再びスマホに通知が届く。「何してるの?」の連絡に「ちょっと待ってて」と素早く返す。これ以上長引くと環がへそを曲げるかもしれないと、目を白黒させる柳田の返事を急かす様に視線を投げれば、勢いよく首を振られた。
「や、や! 無理だよ、ハードル高い!」
てっきり、「いいの!?」と飛びつかれるとばかり思っていた俺は、正反対の返答に目を瞬かせた。譲る気満々だったからより一層、拍子抜けした気分だった。初めは遠慮しているのかと考えたが、目尻を赤く染め、ぶんぶんと首と両手を振っている様子を見るに、そういうわけでは無さそうだ。腑に落ちない部分はあるものの、当事者ではない俺が強引に推し進めるのは違う。「そっか」と短く返し、教室を後にしようと回れ右をすれば、むんずと腕を掴まれた。何事かと振り返れると、顔を赤くした柳田が視線をあちこちへ逃がしながら恐る恐る口を開く。
「今日は無理だけど、いつかお願いすることは、ある、かも」
カタコトの小さな声で伝えられた要望に思わず笑みをこぼした。
この2人はいずれ付き合うのだろう。まっすぐな柳田の想いに環が応えて、俺はそれを一歩下がった場所から見守る。2人が喧嘩した時は仲裁役を買って出よう。「環も悪気があったわけじゃないよ」「柳田さんは環のことを想って言ってくれたんだろ」仲裁なんてしたことがないが、きっとこんな感じだ。それで、仲直りした2人を見て、胸を撫で下ろす。「よかったな」と隣の環と笑い合って……。
脳内の映像がぷつりと途絶える。環がいるのは柳田の隣だ。近い将来実現するであろう未来の自分の隣には誰もおらず、ぽっかりと空いている。その未来図に、不意に寂しさを覚えた。長らく埋まっていた隣席。同じ人をずっと座らせていたそこに、座り続けてもらえる保証はない。その逆も然りで、自分が座らせてもらえる時間にも限りがある。この恋が成就すれば、その席の所有権は俺ではなくて柳田に移ってしまう。
……あぁ、それは、ちょっと嫌だな。
「水野くん……?」
「え? ……あぁ、もちろんいいよ。協力する」
慌てて首を縦に振った俺のスマホが再び震えた。メッセージの受信を知らせる断続的なものではなく、継続的なもの。2人で学校をサボって行った海の丸く切り取られた画像。その下に表示された環の一文字。
「あ、ごめん。電話来た」
「いいよいいよ、出てあげて。ありがとうね、わざわざ」
「読み終わったら教えて。続き持ってくる。じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
嬉しそうに紙袋を握るクラスメイトに背を向け、幼馴染のもとへと歩き出す。その頃には、胸の内に芽吹いたかすかな違和感も、すっかり消え去っていた。
体育祭の振り替え休日を挟んで迎えた火曜日の放課後。環にバレないように抜け出した空き教室で柳田と向き合っていた。差し出した紙袋の中身はもちろん、体育祭での約束通り、環の趣味かもしれない漫画だ。何冊ずつ貸すべきか考え、キリがいいからと4巻まで持ってきた。空き教室を選んだのは、環から逃れるためだけではない。漫画は不要物だと生徒手帳にしっかりと示されている手前、堂々と渡すことは憚られたからだ。数学教師兼生徒指導の戸田に見つかろうものなら即反省文だ。いや、その前に怒りの鉄拳か。女子生徒である柳田はともかくして、俺には容赦のない拳が降り注ぐだろう。現代社会に広がる体罰防止の声は彼のところまでは届くことはないのだ。
教室の外から漏れ出る喧騒に耳を傾けつつ、期待に満ちた瞳で俺を見上げる柳田に紙袋を手渡した。
「ありがと~! 読む。読みます。頭に叩き込みます」
「そんなにグロいシーンとかはないけど、しんどかったら言って。内容伝えるくらいはできるから」
「何から何まで……本当にありがとう」
「全然。このくらいしかできないし」
ふいに、手癖でスラックスのポケットに突っ込んでいたスマホが震えた。続け様に2回、3回。取り出せば、ロック画面に表示された環のメッセージが目に入った。「あざみ」「今どこ?」「今日図書委員じゃないよね?」連投されたメッセージを開くことなく、柳田に詫びを入れる。
「ごめん、環が探してるっぽい」
「あぁ、いいよ行って! ごめんね、わざわざ」
快諾した柳田にもう一度ごめんと伝えようとして、はたと動きを止めた。俺の脳内には、先日言われた言葉が浮かんでいる。
「だって小田原くん、いっつも水野くんと一緒にいるから」
正面に立つ柳田は、己の恋心を吐露した時、確かにそう言っていた。環以外に仲の良い同級生は、この高校に進学していない。そのため、特に意識をしていたわけではなかったが、高校に入学してからというものの、環とばかり過ごしてしまっている。仮にいたとしても、環以上の関係ではないため、余程のことがない限り行動を共にするわけではないのだが。そんな流されるように環の隣をキープしていた自分の行動は、親友の恋路を邪魔しているのは明確だ。一瞬の逡巡の後、紙袋を片手に首を傾げる柳田に俺は口を開いた。
「一緒帰る?」
「……へっ」
「環と。2人でもいいし、3人でもいいし」
「きょ、今日!?」
「うん。今日っていうか今からだけど」
再びスマホに通知が届く。「何してるの?」の連絡に「ちょっと待ってて」と素早く返す。これ以上長引くと環がへそを曲げるかもしれないと、目を白黒させる柳田の返事を急かす様に視線を投げれば、勢いよく首を振られた。
「や、や! 無理だよ、ハードル高い!」
てっきり、「いいの!?」と飛びつかれるとばかり思っていた俺は、正反対の返答に目を瞬かせた。譲る気満々だったからより一層、拍子抜けした気分だった。初めは遠慮しているのかと考えたが、目尻を赤く染め、ぶんぶんと首と両手を振っている様子を見るに、そういうわけでは無さそうだ。腑に落ちない部分はあるものの、当事者ではない俺が強引に推し進めるのは違う。「そっか」と短く返し、教室を後にしようと回れ右をすれば、むんずと腕を掴まれた。何事かと振り返れると、顔を赤くした柳田が視線をあちこちへ逃がしながら恐る恐る口を開く。
「今日は無理だけど、いつかお願いすることは、ある、かも」
カタコトの小さな声で伝えられた要望に思わず笑みをこぼした。
この2人はいずれ付き合うのだろう。まっすぐな柳田の想いに環が応えて、俺はそれを一歩下がった場所から見守る。2人が喧嘩した時は仲裁役を買って出よう。「環も悪気があったわけじゃないよ」「柳田さんは環のことを想って言ってくれたんだろ」仲裁なんてしたことがないが、きっとこんな感じだ。それで、仲直りした2人を見て、胸を撫で下ろす。「よかったな」と隣の環と笑い合って……。
脳内の映像がぷつりと途絶える。環がいるのは柳田の隣だ。近い将来実現するであろう未来の自分の隣には誰もおらず、ぽっかりと空いている。その未来図に、不意に寂しさを覚えた。長らく埋まっていた隣席。同じ人をずっと座らせていたそこに、座り続けてもらえる保証はない。その逆も然りで、自分が座らせてもらえる時間にも限りがある。この恋が成就すれば、その席の所有権は俺ではなくて柳田に移ってしまう。
……あぁ、それは、ちょっと嫌だな。
「水野くん……?」
「え? ……あぁ、もちろんいいよ。協力する」
慌てて首を縦に振った俺のスマホが再び震えた。メッセージの受信を知らせる断続的なものではなく、継続的なもの。2人で学校をサボって行った海の丸く切り取られた画像。その下に表示された環の一文字。
「あ、ごめん。電話来た」
「いいよいいよ、出てあげて。ありがとうね、わざわざ」
「読み終わったら教えて。続き持ってくる。じゃあ、また明日」
「うん、また明日」
嬉しそうに紙袋を握るクラスメイトに背を向け、幼馴染のもとへと歩き出す。その頃には、胸の内に芽吹いたかすかな違和感も、すっかり消え去っていた。
0
あなたにおすすめの小説
嘘をついたのは……
hamapito
BL
――これから俺は、人生最大の嘘をつく。
幼馴染の浩輔に彼女ができたと知り、ショックを受ける悠太。
それでも想いを隠したまま、幼馴染として接する。
そんな悠太に浩輔はある「お願い」を言ってきて……。
誰がどんな嘘をついているのか。
嘘の先にあるものとはーー?
天使から美形へと成長した幼馴染から、放課後の美術室に呼ばれたら
たけむら
BL
美形で天才肌の幼馴染✕ちょっと鈍感な高校生
海野想は、保育園の頃からの幼馴染である、朝川唯斗と同じ高校に進学した。かつて天使のような可愛さを持っていた唯斗は、立派な美形へと変貌し、今は絵の勉強を進めている。
そんなある日、数学の補習を終えた想が唯斗を美術室へと迎えに行くと、唯斗はひどく驚いた顔をしていて…?
※1話から4話までは別タイトルでpixivに掲載しております。続きも書きたくなったので、ゆっくりではありますが更新していきますね。
※第4話の冒頭が消えておりましたので直しました。
僕の番
結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが――
※他サイトにも掲載
僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ
MITARASI_
BL
I
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。
揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。
不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。
すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。
切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。
Ⅱ
高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。
別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。
未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。
恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。
そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。
過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。
不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。
それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。
高校編のその先を描く大学生活編。
選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。
続編執筆中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる