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サクラソウ
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「あの先生が助けに来てくれたシーンすっごい感動した!」
「あぁ、あのシーンね。俺も好き」
「もう皆ダメだと思ったからさぁ、先生が来てくれて本当に良かった」
俺の机に肘を乗せている環と、そんな環と目尻を赤く染めながら話す柳田を見て、何がきっかけになるのか分からないものだなと他人事のような感想を思い浮かべていた。実際、他人事ではあるのだが。協力関係により当事者に近い立ち位置にいるだけだ。
思いもよらぬ展開のおかげで、計画通り環と柳田の仲は深まっていった。空き教室でのやりとりが見つかった時はどうなることかと思ったが、それは杞憂に終わり、むしろ好転したとも言える。こうして休み時間の度に花咲かせていた会話が、今は俺抜きでも行われるようになっているのだ。その内容の大半が例の漫画であることもあって、俺のおかげだぞ、とどこか誇らしくもある。
「そういえば、今年の冬に映画上映決まったんだよね?」
そう尋ねたのは柳田だ。視線の先には、もちろん環がいる。当の本人は、机の木目に沿って指を滑らせていた。
漫画の貸し借りが俺から環に移って以来、柳田がどこまで読み進めているのか把握していない。これまで柳田からくる連絡といえば、漫画を読み終わった報告か、その内容に言及するものであったが、最近はめっきり環の話題ばかりだ。何について話しただとか、こんなことを言ってくれただとか。時には、「これって脈アリだと思う?」なんて直球が投げられることもある。恋愛のれの字も知らない俺にとって、いくら親友とはいえ、好意を寄せる相手に環がどんな態度をとるかなど知る由もなく、頭を悩ませるばかりだ。しかし、馬鹿正直に分からないというわけにもいかず、悪くないと思うなんて曖昧な意見を言葉巧みに使い回している次第である。そんな訳で、布教に成功した柳田がどこまで物語を把握しているのか気になっていたのだが、会話を聞くに最新巻はすで読み終えているようだった。もしかすると、以前勧めたアプリで連載を追っている最中かもしれない。
「そうそう、続編ね」
「小田原くん観に行く予定あるの?」
「えぇ、どうしよっかなぁ」
木目を追い続けて、机の中腹まで手を伸ばしている環を信じられないものを見る目で見つめた。そこは即答だろ、という罵倒つきだ。もちろん心の中で。
「あざみはどうする?」
「……え、俺?」
唐突に降り注がれた視線に、俺はパチリと目を瞬かせた。俺の意見を聞いてる場合じゃねーだろ、とこれまた心の中で呟く。俺の意見なんてどうでもいい。どう考えたってデートの誘いに決まっている。
「俺は別に……せっかくだし2人で行ってきたら?」
どこかぼんやりとしていた垂れ目が見開かれた。それはほんの一瞬で、俺が1回瞼を上下させる間に元に戻っており、気のせいかと柳田を見た。「うーん」と小さく唸りながら机と睨み合う環を期待に満ちた目で見つめている。一緒に行きたいのだろう。そりゃあそうだ。映画だなんて初デートにお誂え向きだ。タイミングを見計らったかのように、きっかけの漫画が上映される。馴れ初めとしてはこの上ない出来だ。
「まだ予定がはっきりしてないからなぁ」
「あ、そっか」
「決まったら言うかもぉ」
「うん、待ってるね」
「ゆきー」と柳田を呼ぶ声が届いた。見れば、教室の入り口で女子生徒が手招いている。それに返事をして駆け寄った柳田の背中を見送り、俺は机に伏した。目線が同じになった環を見つめ、「行けば良かったのに」と小さく声をかける。木目への興味を失ったのか、手遊びをやめた環は俺をまっすぐに見つめ、首を傾げた。
「何で?」
「何でって……何となく?」
「俺、漫画派だし。映画はどっちでもいいんだよねぇ」
「俺も漫画派」
「だよねぇ」
いつもの如く笑いあったところで、そうじゃないだろうと気を引き締めた。2人であれば、じゃあいいかと諦めるところであるが、そうはいかない。しかし、ここで不自然に進めるのも違う気がする。友達に紹介されたから付き合うとかは虚しいという柳田の意志に背くこととなってしまう。
柳田の最初の目標は、文化祭までに仲良くなることだ。柳田のいう仲良くがどの程度を指しているのか不明ではあるが、その裏には文化祭を一緒に回りたいという気持ちがあるのだろう。それは尊重すべきだ。幸い、先日決まった俺たちのクラスの出し物はフォトスポットであるため当日の仕事は少ない。教室を飾り立て、いわゆる映えスポットを提供する。金曜から日曜の3日間にわたって開催される文化祭では、破壊行為などがないように見守るだけとのことだった。2人1組で1時間程度教室にいるだけでいいらしい。その楽さに目をつけ、満場一致で決まった。詰まるところ、俺がすべきはこの3日間の中で柳田が環と一緒にいる時間を作ることである。
「文化祭のことなんだけど」
「んー? 一緒に回ろうね」
「あー、それが」
「他の人と回るの?」
急に起き上がった環を見上げながら首を振る。
「そうじゃなくて。図書委員の方でも色々あるから無理かも」
「色々って?」
「ビブリオバトル」
「ビブリオバトルぅ? 何それ」
「知らね」
図書委員は毎年文化祭でビブリオバトルを行うと聞かされたのは、体育祭直後の委員会だった。持ち寄った本を紹介しあい、1番読みたくなった本を投票するらしい。何とも面倒な恒例である。久々に3学年が揃った図書室で眉を顰めたのは俺だけではない。ちゃっかり隣に座った蒲田もまた、周囲に聞こえないくらいの声で面倒だねと共感を求めた。しかし、抜け道もあるそうだ。いくら図書委員とはいえ、全員が本に興味がある訳ではない。俺や蒲田のようにハズレくじを引いた者もいる。そういう人に代々受け継がれてきたノートがあるらしい。「先輩に譲ってもらったんだ」とそれを掲げる蒲田をキラキラとした瞳で見上げ、「貸してください」と懇願したのは記憶に新しい。そんなわけで、当日はともかく、準備期間は特別することなどないのだが。
「そっちが忙しいから、当日とか準備の時とか抜けるかも」
「もしかしてずっと?」
「まだ決まってないから分かんない」
「えぇー」
「サボんなよ」
「えぇー!」
ということにして、俺は環の単独の時間を捻出したのだった。
「あぁ、あのシーンね。俺も好き」
「もう皆ダメだと思ったからさぁ、先生が来てくれて本当に良かった」
俺の机に肘を乗せている環と、そんな環と目尻を赤く染めながら話す柳田を見て、何がきっかけになるのか分からないものだなと他人事のような感想を思い浮かべていた。実際、他人事ではあるのだが。協力関係により当事者に近い立ち位置にいるだけだ。
思いもよらぬ展開のおかげで、計画通り環と柳田の仲は深まっていった。空き教室でのやりとりが見つかった時はどうなることかと思ったが、それは杞憂に終わり、むしろ好転したとも言える。こうして休み時間の度に花咲かせていた会話が、今は俺抜きでも行われるようになっているのだ。その内容の大半が例の漫画であることもあって、俺のおかげだぞ、とどこか誇らしくもある。
「そういえば、今年の冬に映画上映決まったんだよね?」
そう尋ねたのは柳田だ。視線の先には、もちろん環がいる。当の本人は、机の木目に沿って指を滑らせていた。
漫画の貸し借りが俺から環に移って以来、柳田がどこまで読み進めているのか把握していない。これまで柳田からくる連絡といえば、漫画を読み終わった報告か、その内容に言及するものであったが、最近はめっきり環の話題ばかりだ。何について話しただとか、こんなことを言ってくれただとか。時には、「これって脈アリだと思う?」なんて直球が投げられることもある。恋愛のれの字も知らない俺にとって、いくら親友とはいえ、好意を寄せる相手に環がどんな態度をとるかなど知る由もなく、頭を悩ませるばかりだ。しかし、馬鹿正直に分からないというわけにもいかず、悪くないと思うなんて曖昧な意見を言葉巧みに使い回している次第である。そんな訳で、布教に成功した柳田がどこまで物語を把握しているのか気になっていたのだが、会話を聞くに最新巻はすで読み終えているようだった。もしかすると、以前勧めたアプリで連載を追っている最中かもしれない。
「そうそう、続編ね」
「小田原くん観に行く予定あるの?」
「えぇ、どうしよっかなぁ」
木目を追い続けて、机の中腹まで手を伸ばしている環を信じられないものを見る目で見つめた。そこは即答だろ、という罵倒つきだ。もちろん心の中で。
「あざみはどうする?」
「……え、俺?」
唐突に降り注がれた視線に、俺はパチリと目を瞬かせた。俺の意見を聞いてる場合じゃねーだろ、とこれまた心の中で呟く。俺の意見なんてどうでもいい。どう考えたってデートの誘いに決まっている。
「俺は別に……せっかくだし2人で行ってきたら?」
どこかぼんやりとしていた垂れ目が見開かれた。それはほんの一瞬で、俺が1回瞼を上下させる間に元に戻っており、気のせいかと柳田を見た。「うーん」と小さく唸りながら机と睨み合う環を期待に満ちた目で見つめている。一緒に行きたいのだろう。そりゃあそうだ。映画だなんて初デートにお誂え向きだ。タイミングを見計らったかのように、きっかけの漫画が上映される。馴れ初めとしてはこの上ない出来だ。
「まだ予定がはっきりしてないからなぁ」
「あ、そっか」
「決まったら言うかもぉ」
「うん、待ってるね」
「ゆきー」と柳田を呼ぶ声が届いた。見れば、教室の入り口で女子生徒が手招いている。それに返事をして駆け寄った柳田の背中を見送り、俺は机に伏した。目線が同じになった環を見つめ、「行けば良かったのに」と小さく声をかける。木目への興味を失ったのか、手遊びをやめた環は俺をまっすぐに見つめ、首を傾げた。
「何で?」
「何でって……何となく?」
「俺、漫画派だし。映画はどっちでもいいんだよねぇ」
「俺も漫画派」
「だよねぇ」
いつもの如く笑いあったところで、そうじゃないだろうと気を引き締めた。2人であれば、じゃあいいかと諦めるところであるが、そうはいかない。しかし、ここで不自然に進めるのも違う気がする。友達に紹介されたから付き合うとかは虚しいという柳田の意志に背くこととなってしまう。
柳田の最初の目標は、文化祭までに仲良くなることだ。柳田のいう仲良くがどの程度を指しているのか不明ではあるが、その裏には文化祭を一緒に回りたいという気持ちがあるのだろう。それは尊重すべきだ。幸い、先日決まった俺たちのクラスの出し物はフォトスポットであるため当日の仕事は少ない。教室を飾り立て、いわゆる映えスポットを提供する。金曜から日曜の3日間にわたって開催される文化祭では、破壊行為などがないように見守るだけとのことだった。2人1組で1時間程度教室にいるだけでいいらしい。その楽さに目をつけ、満場一致で決まった。詰まるところ、俺がすべきはこの3日間の中で柳田が環と一緒にいる時間を作ることである。
「文化祭のことなんだけど」
「んー? 一緒に回ろうね」
「あー、それが」
「他の人と回るの?」
急に起き上がった環を見上げながら首を振る。
「そうじゃなくて。図書委員の方でも色々あるから無理かも」
「色々って?」
「ビブリオバトル」
「ビブリオバトルぅ? 何それ」
「知らね」
図書委員は毎年文化祭でビブリオバトルを行うと聞かされたのは、体育祭直後の委員会だった。持ち寄った本を紹介しあい、1番読みたくなった本を投票するらしい。何とも面倒な恒例である。久々に3学年が揃った図書室で眉を顰めたのは俺だけではない。ちゃっかり隣に座った蒲田もまた、周囲に聞こえないくらいの声で面倒だねと共感を求めた。しかし、抜け道もあるそうだ。いくら図書委員とはいえ、全員が本に興味がある訳ではない。俺や蒲田のようにハズレくじを引いた者もいる。そういう人に代々受け継がれてきたノートがあるらしい。「先輩に譲ってもらったんだ」とそれを掲げる蒲田をキラキラとした瞳で見上げ、「貸してください」と懇願したのは記憶に新しい。そんなわけで、当日はともかく、準備期間は特別することなどないのだが。
「そっちが忙しいから、当日とか準備の時とか抜けるかも」
「もしかしてずっと?」
「まだ決まってないから分かんない」
「えぇー」
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「えぇー!」
ということにして、俺は環の単独の時間を捻出したのだった。
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