【完結】白銀を捧ぐ

白井ゆき

文字の大きさ
28 / 65
ミモザ

4

しおりを挟む
 気を紛らわすように作業に戻った。デザインや下書きに時間を要したのか、看板制作は案外進んでいない。木目が剥き出しのまま放置されているところが大半だ。ハケの刺さった紫のペンキを手に取り、近くの板の前に腰を下ろす。

「あ、水野だ。図書委員で忙しいって聞いてたけど、こっちいていいの?」
「うん。そっちは落ち着いたから」
「助かるー。最初ふざけすぎてさ、終わんなそうなんだよ実は。これ委員長には内緒な」

 ハケをちゃぷちゃぷとペンキの中で泳がせながらカラカラと笑ったのはクラスメイト蒔田だ。出席番号が前後のため、入学直後はよく話していた。話すのが好きなのだろう。授業中でも振り返り「なぁなぁ」と声をかけては先生に注意されていた。時々巻き込まれるから困っていた頃が懐かしい。

「案外時間ないよな」
「それな? 2ヶ月もあんの余裕じゃんと思ってたらこの様よ。委員長がいなかったらもっとやばかったね」
「お前がサボってるからだろ」

 いつまで経ってもハケを取り出さず、上下に動かしながら話を続けようとする蒔田の頭を種崎が小突いた。俺とは接点はないが、蒔田と一緒にいるところをよく見かける種崎の言葉に、本当のサボりは自分だと1人反省した。あれこれ理由をつけて図書室で自由に過ごしてきたことに対する罪悪感が成長する。きっとあの軽薄な先輩はそんなことを微塵も考えずに、やり過ごすのだろう。蒲田の長所は優れた容姿のように見えるが、その実メンタルの強さの方が目を見張るものがある。

「水野もコイツがサボってたら殴ってやって。良心が痛むなら顔にペンキ塗りたくるでもいいよ」
「代替案の方がひどいんだけど。水野もやめろよ? するなよ? 絶対だからな」
「それってフリ?」
「違う!」

 声をあげて笑えば、「ほら! ちゃんとやるから変なことするなよ!」と慌てたように蒔田が色を塗り始めた。時間をかけてペンキをたっぷり含んだハケからインクが落ちる。水溜りのようになったそれを引き延ばしていた。

「雑だなぁ。お前が塗ったとこ、いつもボコボコしてんだけど」
「立体感あっていいじゃねぇか」
「口が達者なことで」
「ひっど! なぁ水野どう思う? ひどいと思わねぇ? コイツさぁいっつも俺にケチつけてくんの」
「蒔田が全面的に悪いだろ」
「水野までそんなこと言う? 俺ら友達だろ?」
「そうだっけ」
「ひっど! 俺水野が初めての友達だったんだけど!」

 そうだったのかと蒔田を見遣った。その割には席が離れてからほとんど話していなかったが。その理由に心当たりのあった俺は「ごめんごめん」と流すように言い、ペンキを塗り広げた。
 高校に入学以降は特に、環とばかり過ごしていたから、蒔田にも思うところがあったのだろう。自分より仲いいやつがいたら話しかけづらいに決まっている。

「そういえば、何繋がり? 水野帰宅部だよね?」
「席が前後だったんだよ。めっちゃ話しかけてくるヤツいるなって思ってた」
「そうそう、毎日お話しするくらい仲良しこよしだったってわけ。だからさぁ、俺的には水野を応援してたんだよ」

 話の意図が読めず、蒔田を見て目を瞬かせた。当の本人はその視線に気づかず、ハケを細かく左右に動かしている。ハケが往復を繰り返す数センチの範囲だけ、表面がこんもりと膨らんでいた。

「応援? 何の話?」
「ほらぁ、さっきも見てたじゃん。2人のこと」
「……はっ?」

 心臓がどくりとなった。嫌な音を立て、動きを早めた鼓動を落ち着かせるように、ハケを握りしめる。バレていないはずだ。昨日、ようやく自分自身の気持ちに気がついたと言うのに、バレるはずがない。しかし、応援という単語。そして2人のことを見ていたという指摘に、僅かに手が震え始めた。

「お前、本人に言うか? 普通」

 どこか気まずそうな種崎に、更なる焦りが体を支配する。ちらりと横目で俺を見た種崎は、口元を引きつらせながら視線を外すのだ。

「だってさぁ、めーちゃいい感じだったじゃん」

 俺の焦りに気づくこともなく、ペチャペチャと看板にハケを叩きつけながら言葉を続ける蒔田を止めようと口を開く。しかし、先に続ける言葉が出てくることはなく、浅くなる呼吸を誤魔化すように、意味もなく短い笑いを吐き出すことしかできない。



「柳田さんと」

「……柳田さん?」



 蒔田の口から飛び出た予想外の人物に肩から力が抜けた。と同時に、普通はそうかと納得する。そうか、そうだよな。普通は男女の組み合わせで考えるか。
 
「そ! 水野さ、基本小田原としか喋んないけど、最近は柳田さんとも仲良かったじゃん? 文化祭前だしこれはくっつくなって思ってたのに。タイミングとしてはベストじゃん? でもまぁ、運が悪かったよなぁ」
「柳田さんとはそういうんじゃないよ」
「いいって、強がんなって! 俺らが慰めてやるからさ!」
「いや、ガチでなんでもないって。むしろ――」

 相談乗ってたし。続きの言葉を飲み込んだ。いくら周囲からいい雰囲気に見えているとはいえ、知らないところで己の気持ちを言いふらされていい気分になる人はいない。代わりに「環に彼女できるのが感慨深いし」と続ける。言った後で、ずきりと痛んだ胸には気づかないふりをした。
 
「小田原彼女いたことないの?」
「そりゃそうだろ」

 蒔田の疑問に肯定したのは、俺ではなく種崎だった。

「小田原、水野にべったりじゃん」
「……俺?」
「そうだよ。さっきもかまちょされてなかった?」

 かまちょ。種崎の言葉を繰り返した。俺が何かを言う前に「あー確かに」と蒔田が賛同する。

「てかさぁ、ずっと思ってたんだけど。水野と小田原ってなんで仲良いの?」
「仲良いのに理由なんている?」
「そうは入ってもさぁ、水野はいいやつだけど小田原は何て言うか、こう……ちょっと怖くね……?」
「――環が?」

 すっかり手を止め、話に夢中になっている蒔田の背中を種崎が叩いた。なかなかの力で叩いたようで、大きな破裂音の後、蒔田の悲鳴が上がる。しかし、俺の意識は痛がる蒔田本人ではなく、蒔田の発言に向いていた。環が怖い。俺が抱いたことのない感情だ。乱雑でいて、めんどくさがりではあるが、基本は愛嬌のある性格をしている。決して、怖がられるような人間ではない。怒ったときは背筋に冷たい風が通るような錯覚を感じる程度の恐ろしさはあるが、環が怒りを顕にすることは滅多にない。大抵は環を蔑ろにしたときだ。この場合の非は俺にある。

「コイツ、アホだから無神経なこと口走るけど、気にしないで。アホなだけだから」
「アホってひどくねぇ? 種崎も感じたことないわけ? 小田原時々めっちゃ怖いよ。最近はそうでもないけど、入学したての頃とかやばかったって。だから俺、水野と話すのやめたんだし」
「何それ」
「何って、そのままの――いってぇ! ちょ、本気で叩きすぎ!」
「お前さぁ、本当に……。水野、気にしないでいいから、本当」
「あぁ、うん」

 何度も叩かれ懲りたのか、大人しくなった蒔田が、木板に色をつけていく。しかし、不満はあるようで、口を小さく動かしながら何かを呟いている。俺も作業を再開しながら、既視感のある状況に、記憶の糸を辿っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嘘をついたのは……

hamapito
BL
――これから俺は、人生最大の嘘をつく。 幼馴染の浩輔に彼女ができたと知り、ショックを受ける悠太。 それでも想いを隠したまま、幼馴染として接する。 そんな悠太に浩輔はある「お願い」を言ってきて……。 誰がどんな嘘をついているのか。 嘘の先にあるものとはーー?

幼馴染み

BL
高校生の真琴は、隣に住む幼馴染の龍之介が好き。かっこよくて品行方正な人気者の龍之介が、かわいいと噂の井野さんから告白されたと聞いて……。 高校生同士の瑞々しくて甘酸っぱい恋模様。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

天使から美形へと成長した幼馴染から、放課後の美術室に呼ばれたら

たけむら
BL
美形で天才肌の幼馴染✕ちょっと鈍感な高校生 海野想は、保育園の頃からの幼馴染である、朝川唯斗と同じ高校に進学した。かつて天使のような可愛さを持っていた唯斗は、立派な美形へと変貌し、今は絵の勉強を進めている。 そんなある日、数学の補習を終えた想が唯斗を美術室へと迎えに行くと、唯斗はひどく驚いた顔をしていて…? ※1話から4話までは別タイトルでpixivに掲載しております。続きも書きたくなったので、ゆっくりではありますが更新していきますね。 ※第4話の冒頭が消えておりましたので直しました。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ

MITARASI_
BL
I 彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 Ⅱ 高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。  別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。  未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。  恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。  そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。  過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。  不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。  それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。  高校編のその先を描く大学生活編。  選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。 続編執筆中

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

好きなタイプを話したら、幼なじみが寄せにきた。

さんから
BL
無愛想美形×世話焼き平凡 幼なじみに好きバレしたくない一心で、真逆の好きなタイプを言ったら……!?

処理中です...