【完結】白銀を捧ぐ

白井ゆき

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ミモザ

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 中学1年生秋。衣替えが終わり、夏服から中間服へ移行した頃。元気盛りの中学生にとってはまだまだ残暑が厳しく、下敷きで仰ぎながら、他愛無い話をダラダラと続けていた時のことだ。

「環ってさぁ、最近なんかあれじゃない?」

 あの先生の授業は楽しい。あの先生はうざい。そんな話の延長線。ふいに1人が放った言葉に俺は眉根を寄せた。その言葉が悪意に満ちたものであることは誰の目にも明らかだった。それでいて、自分では核心に触れない狡猾さも気に食わなかった。

「どういう意味それ」
「あいつさぁ、こっちが話してんのにすぐ自分の話にすり替えるとこあるじゃん? じこちゅーっていうか」
「は?」
「感じたことねぇの? 俺はあざみと話してんのにさぁ、気づいたら環ばっかり喋ってんじゃん。お前じゃねぇよ、みたいな? 2人のときはそうでもないけどさぁ……。みんなそう言ってるぜ。あれだよなって」

 不機嫌さを隠さない俺に気づかず、ペラペラと口が回る。嘲笑するように語尾をあげるその声は思い出せるが、それが誰なのかは思い出せない。顔も名前も覚えていない友人だった人。その時、なんと返したか記憶には残っていないが、このことがきっかけで俺は周囲から距離を取るようになったのだ。

 そうだ。これがきっかけだ。この頃、急にこういうことを言われることが増えたのだ。環うざい。自分の話ばっか。すぐ話乗っ取る。そんな悪口の応酬に嫌気がさして、環以外と距離を置くようになった。初めの頃こそ話しかけられることはあったが、俺が一線を引いて接していることを察してか、いつしか話しかけられることも無くなった。

 かつて環に問いかけようとした質問の答えが思わぬところで見つかった。と同時に、自分の恋心はあの頃には始まっていたのかもしれないと、頬が熱くなる。小っ恥ずかしくなり、膝に顔を埋めた。クラス内外から届く明るい話声。会話をするにも、いつもより声を張る必要がある。それほどまでに、音で満ちているにもかかわらず、己の心音がうるさい。バクバクと内側から叩きつける鼓動をかき消すように、「あぁー!」と声を上げた。

「ご、ごめん水野。俺が無神経だった……。小田原のこと悪く言うつもりはなかったんだよ……」
「え? あぁ、うん。気にしてない」

 俺が腹を立てたと勘違いしたらしい蒔田の頭が項垂れた。蒔田の発言を気にしていないことは本当だ。初対面の人間が怖く見えることは往々にしてある。入学直後を強調して言っていたから、そういう心理的バイアスが働いたのだろう。記憶の奥底から吊り上げられたこの記憶とは状況が違う。

「話たら案外いいヤツだよ。時々めんどくさいけど」
「本当に怒ってねぇ?」
「うん。今のは別件。急に黒歴史思い出すことってあるじゃん」

 黒歴史ではないが、羞恥心をくすぐられると言う点においては似たようなものだ。
 
「先生のことお母さんって呼んだとか?」
「種崎呼んだことあんの?」
「呼んだのは蒔田だろ」
「呼んでねぇよ! 捏造すんな!」
「あれ、そうだっけ?」

 3人で声をあげて笑っていると、頭部にずっしりとした重みのある何かが乗せられた。がくりと落ちた頭をずらし、見上げれば袋を掲げた環と目が合う。

「ただいま、あざみぃ。ちゃんと仕事してた?」
「してるよ」

 ほら、と木板を指差す。買い出しが終わるほどの時間が経過した割には進んでいない事実には目を逸らすことにした。誤魔化すように木目を埋め、「お疲れ」と伝えると「褒めてぇ」と擦り寄ってくる。照れ臭さを感じながらも、平常心を装い柔らかな髪をかき混ぜれば、垂れ目が満足そうに細まった。それだけで、俺の心はきゅっと締め付けられ頬が緩んでいく。

「あっちの作業戻ろ」

 赤らんだ顔がバレるないように、一層掻き乱した手のひらを掴んだ環が、白い部分だけぽっかりと空いたままの場所を見やる。頷き返した俺は、蒔田と種崎に断りを入れ、環が買ってきた白いペンキを持ち、元の作業場に戻ったのだった。
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