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シクラメン
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環と柳田の関係は相変わらず順調に進展していた。協力すると言った手前、無碍にはできず、今でも時折される柳田からの相談にも対応している。メッセージアプリだったり、教室でだったり。状況は様々だが、そんな相談を持ちかけられた後は決まって、2人は一緒に帰るのだ。仲介役としては、両手をあげて喜ぶべき状況であるが、手放しに喜ぶことはできず、距離の縮まった2つの背中を羨んでしまう。だから、唇を噛み締めながら見届ける必要のないと分かっている日は幾分か心が軽かった。役割を担ってから半年以上の月日が経ったところで、ようやく図書委員という仕事に感謝を覚え始めたのである。
「はぁ……」
誰もいない図書室のカウンターの内側。つるりとした表面の台に右頬を押しつけた俺は深くため息を吐いた。
「随分深いため息だね」
頬杖をつき、涼しげな笑みで俺を見おろす蒲田に、再び大きくため息をつく。4限終わりに環を待つことなく教室を飛び出した俺は、そのまま図書室へと向かった。俺が委員会の日は昼食も一緒に食べているのかもしれないと邪推する己の心を守るためだ。いつもは共に向かう購買のものではなく、昨日買ったコンビニの惣菜パンは、封が開けられることなく、そのままの姿で袋に入っている。カバンの中で揺られたカツサンドと卵ロールは、ところどころ中身が飛び散っていた。今頃よろしくやっているのだろうかと、仲睦まじげな2人の姿を想像しては、気を落とす。そんなことを幾度も繰り返していれば、蒲田から「ご飯食べないの」と問いかけられた。
「食べますよ」
むくりと体を起こし、怠慢な動きでパンを取り出す。フィルムを剥がして齧り付く。薄っぺらいパンに挟まれたカツサンドの贅沢さは断面だけで、いざ食べてみれば、申し訳ない程度に挟まれたキャベツとソースの染み込んだ生地が大半だった。それがより一層鬱々とした気持ちを引き出し、咀嚼の合間にも息をついた。
「そんなにため息ばかり吐かれたら、僕まで不幸になっちゃいそう」
「そーですか」
「元気ないなぁ」
あははと笑う蒲田をじと、と見つめお茶を流し込んだ。
図書室の利用者は少ない。というより0に近い。一般棟から離れた特別棟の4階。その立地の悪さもさることながら、取り扱う書籍の大半が教材がらみであることもあり、これまでに俺が対応した利用者は片手で数えられる程度だ。そのわずかな利用者も、授業で使用した本の返却を押し付けられただけで、本当の意味での利用者は見たことがない。自習スペースもなく、本棚が規則正しく並べられただけの空間には、当然娯楽など存在しない。エセ優等生である蒲田とのペアが増えてからは、息苦しさも多少ましになったが、何もない静かな場所というものは、否が応でも無駄な思考をもたらすのだ。
再び脳内を蝕む2人の姿に、食べかけのカツサンドを置いて蒲田に視線を送った。
「なんか、面白い話してくれません?」
「随分な無茶振りだね」
「してくれません?」
「人に何かを求める時は、それ相応の対価が必要だと思わない?」
「俺にできることならなんでもします」
「じゃあ、水野くんの面白い話が聞きたいな」
「えぇー……」
それがあったら苦悩していない。俺が提供できる面白い話といえば、恋愛相談に乗っていた人の好きな人が実は自分の好きな人でした、というものくらいだ。俺にとっては面白さのかけらもないものであるが、第三者であり、尚且つ揶揄うことが生きがいのような蒲田にとっては面白い話だろう。しかし、俺が柳田の恋愛相談に乗っていることも、その相手が環であることも把握している蒲田に、そんな話をできるわけがない。それを抜きにしても、まだ笑い話に昇華できるほど受け止めることができていないのだ。
「じゃあ、いいです」
「そう? 聞きたかったなぁ、水野くんのスベらない話」
「はぁ」
ため息まじりの相槌を打つ。
「そういえば今日はどうするの?」
スカスカのカツサンドを口に運んだ俺は、咀嚼をしながら考え、「うーん」と唸った。文化祭の準備時間のことである。サボり癖がすっかりついてしまっていたが、最近は初めからクラスの方に参加することが増えた。2人のことが気になるからと参加を決めたのだが、いざ目の前で仲の良い様子を見せつけられれば、俺の神経はすり減る一方だ。おまけに、俺が委員会であれば2人で帰る可能性も高い。ならば、いっそこちらから断った方が心も軽いのではないか。今日は一緒に帰れないと言われるくらいならば、こちらから帰れないと言ってしまおう。悶々と考え抜き、1つの結論に辿り着いた俺は、口内に残るカツサンドをごくりと飲み込んだ。
「今日は図書委員の方を優先します」
「じゃあ僕もサボろうかな」
「委員会ですって」
「あーあ、悪い後輩のせいですっかりサボリ癖がついちゃったなぁ」
確かにきっかけを与えたのは俺だが、そうでなくとも上手いこと周囲を騙し、自由な時間を生み出すくらいのことはしていただろう。そうに違いない。そう思うものの、言い返す気力もなく、胡乱な視線を送り、カツサンドを包んでいたフィルムを丸めて袋の中に投げ入れた。ぐちゃぐちゃになったフィルムの隣に放置されたままの卵ロールに手を伸ばすか否か考えていれば、スラックスに入れたスマホが数回震える。
『急にごめんね』『小田原くんと文化祭一緒に回りたいなって思ってるんだけど……』『当日、譲ってくれたりしない?』
絵文字まじりのメッセージに食欲が一気に消え失せ、再びカウンターに突っ伏した。予測していたことだ。俺もそうするつもりだった。――少し前までは。しかし、状況が変わってしまったのだ。両手をほっぽり出し、カウンターに向かってため息を吐き出す。すると、俺の手からスマホが抜き取られた。
「ゆき……? あぁ、体育祭の時の子か」
「ちょっ! 勝手に見ないでください!」
あえて通知でメッセージを読んでいたのだが、取り返したスマホには柳田とのトーク画面が開いている。既読をつけてしまった以上、返信をしなければならない。
「この前は随分積極的だったのにね。面倒になった? それとも惜しくなったのかな?」
「……先輩には関係ない」
「そうだね。ところで返信しなくていいの? 水野くんの協力待ってるんじゃない?」
コツ、と画面を叩く。だからこそ、先延ばしにしていたのに。心の中でぼやきながら、ぽちぽちと入力を始めた。『大丈夫だよ』『当日委員会の仕事で忙しいから一緒に回れないと思うし』『環に伝えたら連絡するね』一息つく間もなく既読がつき、礼の言葉とスタンプが届く。それにスタンプを送り返してアプリを落とした。
「委員会で忙しい、ねぇ」
「……何すか」
「嫌なら断っちゃえばいいのに。断り方なんてたくさんあるでしょ? 話してみるけど上手くいくかどうか分からない、とか。小田原くんはもう他の人と約束してるよ、とかさ」
「俺は先輩と違って嘘つくの下手なんで」
「水野くん、分かりやすくて素直だもんね」
精一杯の嫌味がすぐに打ち返され、思わず眉間に皺を寄せた。揶揄い半分で蒲田が言った言葉は、蒲田が思ってる以上に俺の胸に突き刺さる。蒲田が覚えてるのか定かでないが、その特徴は俺が体育祭で聞き出した環の好きなタイプと一致しているのだ。普通であれば喜ばしいことだ。そう、普通であれば。性別の壁が立ちはだかる俺にとっては、むしろ虚しさを助長するだけである。「うっ」と言葉を詰まらせた俺に、「本当、分かりやすいよね」と追い討ちをかける蒲田の笑い声に歯を食い縛りながら、予鈴をチャイムを聞いたのだった。
「はぁ……」
誰もいない図書室のカウンターの内側。つるりとした表面の台に右頬を押しつけた俺は深くため息を吐いた。
「随分深いため息だね」
頬杖をつき、涼しげな笑みで俺を見おろす蒲田に、再び大きくため息をつく。4限終わりに環を待つことなく教室を飛び出した俺は、そのまま図書室へと向かった。俺が委員会の日は昼食も一緒に食べているのかもしれないと邪推する己の心を守るためだ。いつもは共に向かう購買のものではなく、昨日買ったコンビニの惣菜パンは、封が開けられることなく、そのままの姿で袋に入っている。カバンの中で揺られたカツサンドと卵ロールは、ところどころ中身が飛び散っていた。今頃よろしくやっているのだろうかと、仲睦まじげな2人の姿を想像しては、気を落とす。そんなことを幾度も繰り返していれば、蒲田から「ご飯食べないの」と問いかけられた。
「食べますよ」
むくりと体を起こし、怠慢な動きでパンを取り出す。フィルムを剥がして齧り付く。薄っぺらいパンに挟まれたカツサンドの贅沢さは断面だけで、いざ食べてみれば、申し訳ない程度に挟まれたキャベツとソースの染み込んだ生地が大半だった。それがより一層鬱々とした気持ちを引き出し、咀嚼の合間にも息をついた。
「そんなにため息ばかり吐かれたら、僕まで不幸になっちゃいそう」
「そーですか」
「元気ないなぁ」
あははと笑う蒲田をじと、と見つめお茶を流し込んだ。
図書室の利用者は少ない。というより0に近い。一般棟から離れた特別棟の4階。その立地の悪さもさることながら、取り扱う書籍の大半が教材がらみであることもあり、これまでに俺が対応した利用者は片手で数えられる程度だ。そのわずかな利用者も、授業で使用した本の返却を押し付けられただけで、本当の意味での利用者は見たことがない。自習スペースもなく、本棚が規則正しく並べられただけの空間には、当然娯楽など存在しない。エセ優等生である蒲田とのペアが増えてからは、息苦しさも多少ましになったが、何もない静かな場所というものは、否が応でも無駄な思考をもたらすのだ。
再び脳内を蝕む2人の姿に、食べかけのカツサンドを置いて蒲田に視線を送った。
「なんか、面白い話してくれません?」
「随分な無茶振りだね」
「してくれません?」
「人に何かを求める時は、それ相応の対価が必要だと思わない?」
「俺にできることならなんでもします」
「じゃあ、水野くんの面白い話が聞きたいな」
「えぇー……」
それがあったら苦悩していない。俺が提供できる面白い話といえば、恋愛相談に乗っていた人の好きな人が実は自分の好きな人でした、というものくらいだ。俺にとっては面白さのかけらもないものであるが、第三者であり、尚且つ揶揄うことが生きがいのような蒲田にとっては面白い話だろう。しかし、俺が柳田の恋愛相談に乗っていることも、その相手が環であることも把握している蒲田に、そんな話をできるわけがない。それを抜きにしても、まだ笑い話に昇華できるほど受け止めることができていないのだ。
「じゃあ、いいです」
「そう? 聞きたかったなぁ、水野くんのスベらない話」
「はぁ」
ため息まじりの相槌を打つ。
「そういえば今日はどうするの?」
スカスカのカツサンドを口に運んだ俺は、咀嚼をしながら考え、「うーん」と唸った。文化祭の準備時間のことである。サボり癖がすっかりついてしまっていたが、最近は初めからクラスの方に参加することが増えた。2人のことが気になるからと参加を決めたのだが、いざ目の前で仲の良い様子を見せつけられれば、俺の神経はすり減る一方だ。おまけに、俺が委員会であれば2人で帰る可能性も高い。ならば、いっそこちらから断った方が心も軽いのではないか。今日は一緒に帰れないと言われるくらいならば、こちらから帰れないと言ってしまおう。悶々と考え抜き、1つの結論に辿り着いた俺は、口内に残るカツサンドをごくりと飲み込んだ。
「今日は図書委員の方を優先します」
「じゃあ僕もサボろうかな」
「委員会ですって」
「あーあ、悪い後輩のせいですっかりサボリ癖がついちゃったなぁ」
確かにきっかけを与えたのは俺だが、そうでなくとも上手いこと周囲を騙し、自由な時間を生み出すくらいのことはしていただろう。そうに違いない。そう思うものの、言い返す気力もなく、胡乱な視線を送り、カツサンドを包んでいたフィルムを丸めて袋の中に投げ入れた。ぐちゃぐちゃになったフィルムの隣に放置されたままの卵ロールに手を伸ばすか否か考えていれば、スラックスに入れたスマホが数回震える。
『急にごめんね』『小田原くんと文化祭一緒に回りたいなって思ってるんだけど……』『当日、譲ってくれたりしない?』
絵文字まじりのメッセージに食欲が一気に消え失せ、再びカウンターに突っ伏した。予測していたことだ。俺もそうするつもりだった。――少し前までは。しかし、状況が変わってしまったのだ。両手をほっぽり出し、カウンターに向かってため息を吐き出す。すると、俺の手からスマホが抜き取られた。
「ゆき……? あぁ、体育祭の時の子か」
「ちょっ! 勝手に見ないでください!」
あえて通知でメッセージを読んでいたのだが、取り返したスマホには柳田とのトーク画面が開いている。既読をつけてしまった以上、返信をしなければならない。
「この前は随分積極的だったのにね。面倒になった? それとも惜しくなったのかな?」
「……先輩には関係ない」
「そうだね。ところで返信しなくていいの? 水野くんの協力待ってるんじゃない?」
コツ、と画面を叩く。だからこそ、先延ばしにしていたのに。心の中でぼやきながら、ぽちぽちと入力を始めた。『大丈夫だよ』『当日委員会の仕事で忙しいから一緒に回れないと思うし』『環に伝えたら連絡するね』一息つく間もなく既読がつき、礼の言葉とスタンプが届く。それにスタンプを送り返してアプリを落とした。
「委員会で忙しい、ねぇ」
「……何すか」
「嫌なら断っちゃえばいいのに。断り方なんてたくさんあるでしょ? 話してみるけど上手くいくかどうか分からない、とか。小田原くんはもう他の人と約束してるよ、とかさ」
「俺は先輩と違って嘘つくの下手なんで」
「水野くん、分かりやすくて素直だもんね」
精一杯の嫌味がすぐに打ち返され、思わず眉間に皺を寄せた。揶揄い半分で蒲田が言った言葉は、蒲田が思ってる以上に俺の胸に突き刺さる。蒲田が覚えてるのか定かでないが、その特徴は俺が体育祭で聞き出した環の好きなタイプと一致しているのだ。普通であれば喜ばしいことだ。そう、普通であれば。性別の壁が立ちはだかる俺にとっては、むしろ虚しさを助長するだけである。「うっ」と言葉を詰まらせた俺に、「本当、分かりやすいよね」と追い討ちをかける蒲田の笑い声に歯を食い縛りながら、予鈴をチャイムを聞いたのだった。
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