【完結】白銀を捧ぐ

白井ゆき

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シクラメン

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 昼休みの宣言通り、俺はHRが終わるとともに教室を出た。声をかけた環に、「今日は委員会が長引くから先に帰ってて。あと、文化祭3日間ともやることがあるから他の人と回って」と早口に言い捨てて図書室に向かった。協力したての頃に比べると、随分雑になってしまったが許してほしい。これが今の俺にとっての精一杯なのだ。元々恋愛経験がないことに加えて、恋敵に塩を送り続けなければならないことは、想像以上に堪える。昼休み終了からわずか30分の間に、元気をなくした俺は、またもカウンターの上に伏せていた。あえて違いを挙げるとすれば、俺が頬を押し付けているのがカウンターではなく、学校指定のカバンであることだ。ペンケースに体育服、スカスカのファイルと今日の授業で出された課題。中身が入っていないも同然のカバンのおそらくペンケースの上。ゴツゴツとした感触に居心地の悪さを覚えながらも、動く気力もなく、そのままにしている。

「おぉ、溶けてるね」

 俺の到着から遅れること15分あまり。開口一番にそう言った蒲田は、覇気のない俺とは対照的に華々しい空気を纏っている。この男の場合、憂いを帯びた表情ですら華やかではありそうだが。

「遅かったっすね」
「寂しかった?」
「ぜーんぜん」
「えぇ、釣れないなぁ。僕は寂しかったよ」

 カウンター前にしゃがみ込み、顔を寄せてくる蒲田に俺は勢いよく体を起こした。久々の口説き文句に体を仰け反る。その反応に満足したようで、声をあげて笑いながら、俺の隣に腰を下ろした。後輩の腕を鳥肌まみれにしておいて呑気なものだ。

「あの、その揶揄い癖どうにかならないんですか」
「何のこと?」
「いや、分かってますよね」
「えぇ」

 「心外だなぁ」と笑う蒲田は心臓に悪い。これ以上言い返したところで、暖簾に腕押しなことは明らかだ。今にも溢れ出しそうな不平不満を言葉ではなくため息として排出し、スマホを取り出した。柳田に連絡をするためだ。環にも話はつけているため柳田の願いは叶うだろう。準備は整っている。とはいえ、気乗りしないのも事実だ。『環に伝えたから大丈夫だよ』そんな内容の文章を打っては消し、打っては消し。

「スマホばかり触ってたら寂しいなぁ」
「面倒くさい彼女みたいなこと言わないでください」
「で、さっきから熱心に何見てるの?」

 蒲田が躊躇もなく俺のスマホを覗き込んだ。昼休みに既に見られているため抵抗こそしなかったが、この人はにはデリカシーだとかプライバシーだとか、人間関係を構築する上で必要不可欠なものを持ち合わせていないのかと顔を顰める。分かった上でやっていそうだから質が悪い。

「あぁ、さっきの」
「躊躇いとかないんですか」
「今更じゃない? 僕が代わりに送ってあげようか」
「間に合ってます」

 何を送られるか分からない。それよりは、自分で送った方がましだ、と意を決して送信ボタンを押した。もだもだしているうちにスマホを取られる可能性を危惧したからでもある。その点では、蒲田の無遠慮さに感謝した。しかし、そんな感情が湧いて出たのは一瞬で、俺が送信ボタンを押すと同時に溢れた落胆の声にため息をついた。
 
「俺が言うのもあれですけど、クラスの準備しなくていいんですか?」

 柳田の返信を見たくないこともあって、スマホの電源を落とした俺は、再びカバンに顔を埋めて蒲田に尋ねた。
 恒例となりつつあるサボりの記念すべき第1回目は俺に非がある。先人たちの努力の結晶たるノートを借りようと思ったのはいいものの、上級生の教室へ向かうことに対する忌避感や、取りに行くことへの煩わしさを感じ、日頃の仕返しも兼ねて図書室に呼び出したのだ。そのまま蒲田が居座ったことは想定外ではあったが。しかし、それ以降のサボりは蒲田の自主的なものである。『今日もサボるの?』なんて連絡を蒲田からしてきたくらいだ。1年生と2年生では文化祭に入れる気合の大きさも違うだろう。手探りな部分も大きい初学年とは違い、勝手が分かっている分こだわりもあるはずだ。文化祭まで1週間をきった今、1年生でさえ今年一番の熱量を見せている。ともなれば、蒲田のクラスはより準備も大変なはずだが、この男は俺と同じ……いや、それ以上に怠けている。
 
「いいんじゃない? まぁ、居ても仕事ないしね」
「教室でもサボってるんすか」
「違うよ。蒲田くんは座っててって周りがしてくれるだけ」
「はぁ?」

 蒲田の不可解な言葉に眉根を顰めたが、頬杖をつき俺を見下ろす蒲田の顔を見て納得した。粗方、蒲田の顔に騙された女子生徒たちが仕事をさせないのだろう。「蒲田くんは座ってて」「何もしなくていいよ」「私たちが代わりにするからね」脳内に浮かんだイマジナリークラスメイトが代わる代わる現れる。顔がいいことは何ともお得である。思わず、といった様子で顔を歪めると、蒲田はあははと笑い出した。

「僕にそんな反応するの水野くんくらいだよ」
「よかったですねー」

 心底楽しそうに笑う蒲田はつくづく性格をしている。天は二物を与えないというのは本当らしい。いや、顔で補うことができるのなら意味はないのか。下アングルでも不快感のない整った顔を見上げているうちに、蒲田が在校生代表を務めるほど成績が優秀であることを思い出した俺は殊更顔を歪め、それをまた蒲田が笑うのだった。

「そう言えば、先輩のクラスって何するんすか?」

 一頻り笑った蒲田が落ち着いた頃、そう尋ねれば、すぐさま「出店だよ」と返ってきた。
 
「たこ焼き作るんだって」
「へぇ、楽しそうっすね」

 俺と環が通っていた中学の文化祭は、展示と舞台発表だけの簡易的なものだ。そのため、高校ならではの出店という響きには心躍るものがある。漫画やドラマの中の世界だ。中庭に並んだ香ばしい匂いのテントに廊下を埋め尽くす客寄せの生徒。もしかしてお化け屋敷もあったりするのだろうか。まだ見ぬ文化祭に思いを馳せ、声を弾ませる俺だったが、蒲田にとっては違うようで「えぇ」と不満をあげた。

「面倒じゃない? 鉄板の前で小麦粉こねくり回して何が楽しいんだろうね」

 数分前とは打って変わって心底嫌そうな顔をしている。明け透けな物言いに、思わず笑みを溢した。小麦粉をこねくり回すことではなく、その過程で生じるコミュニケーションを目的としているはずだ。そもそも、こねくり回すのは小麦粉ではなく、具材を包む生地である。
 
「先輩のそういうところ嫌いじゃないですけど、改めた方がいいと思いますよ。今後のために」
「あれ、今僕告白された?」
「気のせいっすね」
「そう? まぁ、僕としてはさ、水野くんのクラスみたいに当日は何もしなくていいものが良かったんだよね」
「文化祭の売り上げって貰えるんですか?」
「一応ね」
「へぇ」

 夢がある。そのお金で打ち上げをしたりするんだろうかと考えていれば、「バイト代としては微々たるものだよ」と捕捉された。夢を壊すのがうまい先輩だ。

「当日って何するんですか?」
「呼び込みだよ」
「……だけっすか? 焼かないんすか?」
「僕に火傷されると困る人が多いみたいでね」

 にっこりと笑う顔に忌々しすら覚えた。顔が整ってて良かったですね。そんな嫌味を心の中でぶつけた。しかし、呼び込みという役割は蒲田に打ってつけだ。この顔があれば、声をあげ、必死にチラシを配らずとも、立っているだけで「はい買います!」と進んで買う人が後を経たないだろう。実際の蒲田は、どちらかと言うと新興宗教の教祖のような振る舞いだが。「この壺があれば幸せになれます」「この水を飲めばあなたの病気も治るでしょう」胡散臭い言葉が随分と似合う。それでも、訴えられることなく売り捌いていそうなのが恐ろしい。脳内で札束に身を沈める蒲田を、元の文化祭ルックに戻し、はは、と笑う。

「先輩に向いてそうですね」
「僕向きのサボりやすい仕事だよ」
「……もしかして、それが狙いですか」
「バレた?」

 茶目っ気たっぷりに笑う蒲田に、先輩らしいと俺もつられて笑ったのだった。
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