【完結】白銀を捧ぐ

白井ゆき

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サイネリア

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「それにしても随分増えたね」

 両手にぶら下げた袋には、たこ焼きとポテトだけでなく、焼きそばに焼き鳥、フランクフルト、冷やしパインと様々なもので満ちている。これらは俺が買ったものでも、蒲田が買ったものでもない。そもそも、ポテト以外は買う気すらなかったのだ。しかし、蒲田と歩いているだけであちらこちらから掛けられる声が絶えない。そして、「これあげるよ」と商品を渡されるのだ。終いには、「奢ってあげる」とお姉さんが出てくる次第である。

 俺が買いたいと言ったポテトも、プレゼントの1つだ。ハンバーガー店のような細切りポテトを買いたかっただけなのだが、いつの間にかトルネードポテトまである。

「これ食べ切れるの?」
「何か俺のせいみたいに言ってますけど先輩のせいっすからね。あと俺こんなに食わないっす」
「えぇ、僕も食べないよ」

 屋台から流れる香ばしい匂いだけで、すでに腹いっぱいである。中庭を歩いているだけで、次から次へと食べ物が増えていくため、人目を忍ぶように校舎と体育館に挟まれた場所へ到着したことで、ようやく落ち着いたのだ。
 屋台から離れ建物の影で覆われているため、空気がひんやりとしており、無意識にパーカーに顔を埋めた。

「じゃあ、差し入れってことにしようかな」
「クラスにですか?」
「そう」
「いいですね、そうしましょう。好感度でもなんでも上げてきたらいいですよ」
「そうしてくるよ」

 初めこそ、蒲田の本性をクラスメイトに気づかせようと考えていたが、今となってはどうでもいい。俺の程度が知れた策略より、蒲田の方が何倍も上手なことを今日一日で嫌という程分からせられた。

 「水野くんはここで待ってて」という蒲田に気の抜けた返事をして、たこ焼きとポテトに飲み物、それからベビーカステラを退けた袋を手渡す。どこかのクラスが販売していた5個入りのベビーカステラは、1個だけデスソース入りらしい。テントの前に掲げられた看板を目敏く見つけたのだ。せっかくなら蒲田に食べさせて、一泡吹かせてやろうという魂胆である。

「あざみ」

 今がチャンスだと紙コップから溢さぬようにカステラを転がしていると、聞き慣れた声に名前を呼ばれ顔を上げた。
 
「こんなとこにいたんだ。探したよ」
「環……」
「せっかく図書室行ったのにさぁ、誰もいなかったんだもん。びっくりしちゃった」

 制服を身に纏い、今朝と変わらぬ出立でゆっくりと近づいてくる環に、心臓が嫌な音を立てた。
 委員会という大義名分を掲げて色んなことから逃げていた事実を環にだけは知られてはならないと、この場を切り抜ける策を巡らそうと必死になればなるほど頭が白一色に染まり、目を泳がせる。

「で、何してるの」
「別に、何も」
「ふぅん」

 隣に立ち、いつものように肩に腕を回される。自然な流れで引き寄せられると体が密着し、心臓は違う高鳴りを見せる。羞恥心で俯く顎を掴まれ、強引に顔を上げさせられた。
 もう少しで触れ合いそうな距離に、じわりと顔が熱くなり、環の黒い瞳をまっすぐに見つめるだけで泣き出しそうになった。

「あざみさぁ……」

 ため息混じりに名前を呼ばれ、環の息が顔にかかる。他の人間であれば不快なだけだが、相手が好きな人というだけで、心臓を握りつぶされたような心地の良い痛みが走った。

 名を呼び、真っ直ぐと見つめられるだけで、その視線に都合のいい解釈をのせてしまいたくなる。現実では起こり得ない妄想に、取り返しがつかなくなる前に視線を外した先に人影を確認した俺は、環の体を両手で押し除けた。
 よろめきながら数歩後退した環の向こう側、歩いてくる人影が見慣れた人物であったことに胸を撫で下ろしつつ、熱の引かない顔を隠すように、袖口を顔に当てる。

「水野くん、お待たせ」
「あ、はい……」
「小田原くん、久しぶりだね」

 余所行きの笑顔で話しかける蒲田には目もくれず、環は俺を見つめたまま、こて、と首を曲げた。
 
「図書委員で忙しいんじゃなかったっけ」
「あ……」

 体を支配していた熱が引き、今度は冷や汗が背中を伝った。片付けがあるから回る時間はないと、今朝も念押しするように伝えてしまったのだ。ここにいていいはずがない。何か上手い言い訳をと思考を回すが、視線が右往左往するばかりで何も思い浮かばず、隠した袖の下で意味もなく口を動かした。

「本番も終わったしせっかくなら遊んでおいでって司書の先生が配慮してくれてね」

 上手い言葉が出てこず、焦りを募らせる俺を見かねて、蒲田が助け舟を出した。それに安心したのも束の間、ようやく蒲田に視線を移した環が言った「あんたには聞いてないんだけど」という突き放すような言葉に、目を見開いた。

「環!」
「今日はもう暇ってこと?」

 咎めるような俺の声も無視し、環はそう続けた。思わず縦に振りそうになる首を必死に動かし、錆びれたロボットのようなぎこちない動きで首を横に振る。
 
「ひ、ま、じゃない」
「……は?」

 環の視線が突き刺さるのを肌に感じた。それでも、柳田に協力すると言った手前、一緒に文化祭を回るわけにはいかない。文化祭の3日間、俺は忙しくなくてはならないのだから。準備期間から張ってきた伏線を、無駄にすることなどできなかった。
 伸びてくる環の腕を避け、すっかり身軽になった蒲田の腕を掴む。
 
「じゃあ、もう俺ら行くな」
「ちょっとあざみ!」
「環も頑張れよ!」

 後ろを振り返らず、そう言い捨てた俺の背に、名前を呼ぶ声が掛かったが、振り返ることなく一心不乱に足を進める。未練が顔を出し、環に駆け寄ってしまわないように、蒲田の腕を握りしめたまま、楽しげな喧騒があふれかえる人混みに向かって歩き出した俺だけがただ一人沈んだ顔をしていた。
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