【完結】白銀を捧ぐ

白井ゆき

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サイネリア

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 いくら自分で招いた状況とはいえ、高校生活におけるビッグイベントに殿堂入りを果たしている3日間を、静かな図書室で過ごすことに思うところはあった。しかし、これ以上親友の恋路に横槍を入れることは本意ではない。かといって、他に誘うような友人もいなかった。だから、仕方なく夏が終わっても湿度の高いあの部屋で過ごすことにしたのだ。そこに舞い込んできた誘い。乗る以外の選択はなかった。見た目にそぐわない毒を吐く蒲田は気兼ねなく話せる数少ない相手だ。蒲田の誘いに首を縦に振ったあの選択は、流されたわけでもなく、間違いなく本音だった。本音だったのだが。

「英くん、何してるの? たこ焼きの宣伝? 何それ似合わな~い! あとで行くね~!」
「あ、あの! 蒲田先輩! しゃ、写真一緒に撮ってもらえませんか……」
「蒲田~! あとでうちのクラスにも遊びこいよ! 女子たち寂しがってたぞ!」

「帰りたい……」

 文化祭に対する意欲はすっかりなくなっていた。蒲田ほど呼び込みに適した人いない。その顔があれば集客効果は抜群だと思っていたが、その効果は想像以上だった。特別棟から一般棟に入った途端、俺を迎えたのは無数の視線だった。正確には蒲田に対するものだが、それらは隣の俺にもしっかり感じ取れるほどだ。初めは、蒲田を遠巻きに見て小さな悲鳴をあげる程度だったのだが、1人が声をかけたのを契機に次から次へと人が押し寄せてきた。写真を撮りたい、握手をしたいという女子が長蛇の列を成したとき、スタッフ役を徹底するほかなかった。まさか、こんなところでアイドルの握手会スタッフの疑似体験をできるなど夢にも思わなかったが、いっそ夢であってくれと願うばかりだ。
 ひっきりなしに話しかけてくる一人一人にしっかり対応しながらも、俺の小さな嘆きは届いたらしい。げっそりとした様子で隣を歩く俺を蒲田はくすくすと笑った。それさえ周囲の悲鳴を冗長させるものだから、じっとしていてくれと顔を歪めた。

「愛想は大事だよ、水野くん。ほら笑って」

 俺の耳元に顔を寄せ、内緒話をするように蒲田が囁く。その瞬間、近くに立っていた女子生徒の甲高い悲鳴が廊下に響き渡り、大きく肩を揺らした。その様子に密かに肩を揺らす蒲田を見て確信する。

「先輩、楽しんでますよね? 後輩揶揄って楽しいですか?」
「うん、とっても」
 
 今日一番の良い笑顔だと目を細めた。笑みを浮かべたわけではない。本当に良い性格をしているという呆れからくるものだ。そのとびきりの笑顔に、また悲鳴が沸き起こり、俺の肩が揺れ、蒲田を楽しませる。目の前で事件が起きたのかと言わんばかりの声が響く廊下で、優雅な笑みを浮かべる蒲田だが、ここが図書室であれば声をあげて笑っていたに違いない。取り囲む生徒に、騙されてますよと言いふらしたい気持ちをぐっとこらえ、蒲田の腕を引っ張った。ここで俺が何を言おうとも、なんだあの1年はと白い目で見られることは確定している。ともあれば、鼓膜が破けそうなこの空間から脱出することを優先した方がいい。そうに決まっている。抵抗しない蒲田を引っ張れば、人波に飲まれるのではないかと戦々恐々していたが、そんなことはなく、人垣は2人分のスペースを確保してぱっくりと割れた。気分はモーゼである。自分を中心に物事が動く様は見ていて気持ちがいいものだ。

「水野くん、モーゼなんて知ってるんだね。意外だなぁ」

 上機嫌の俺に蒲田が囁く。心に留めていたと思っていた言葉を口に出してしまっていたことに驚いたのは一瞬で、蒲田から飛んだ揶揄に顔を顰めた。

「知ってますよ、そのくらい」
「そうなんだ。てっきり海を割った人くらいの認識かと思った」
「え、違うんですか」
「そうだけど、そうじゃないよ」

 どっちだよ、と突っ込みながらも、足を進める。今はモーゼの正体よりも、この落ち着かない賑やかな空間から脱出したいというのが本音だ。文化祭故か、華やかな先輩目的か、廊下は人でごった返している。2人を中心に割れているとはいえ、人波に飲まれないように必死な俺と対照的に、歩きながら器用にチラシを配っている蒲田の手元は、初めは大量にあったチラシも残るところ数枚だ。そのわずかな残りも、開けた空間に出る頃にはすっかりなくなり、1時間の予定だった宣伝活動はわずか30分足らずで終了した。

「つっかれたぁ……」

 人がまばらな廊下の端っこ。膝に手をつき、一息つく俺に蒲田はくすくすと笑い声を上げた。

「体力ないんだね。運動不足は健康の敵だよ」
「いや、これは体力っつーか精神力の問題です」

 体力もないけど。心の中で付け足し、涼しげな先輩を見上げた。

「いつもこんな感じなんですか?」
「まさか。文化祭だから、みんな舞い上がってるんじゃないかな」
「舞い上がるっつったって限度があるでしょ、限度が」
「誘蛾灯の気分味わえたでしょ?」
「誘蛾灯って……」

 仮にも自分を好いてくれている人に対して随分な物言いだが、心からの否定もできなかった。ただ一つ言えることは、やはり蒲田という男は顔で100%得をしているということだ。

「あぁ、水野くんはモーゼ派だったね」
「誘蛾灯もモーゼもアイドルの握手会スタッフも全部味わえましたよ。当分は遠慮したいですけど」
「あぁ、あれね。水野くん手際良かったし向いてるんじゃない?」
「やですよ」

 心が落ち着けば、次に気になるのは空腹である。13時過ぎという何とも絶妙な時間も相まって、ぐるると低い音が鳴った。それに声をあげて笑う蒲田を睨みつつ、初日に配られたままスラックスに押し込んでいたパンフレットを取り出す。

「お腹空いたんで屋台で何か食べたいです」
「そうだね、ぺこぺこだもんね」

 息も絶え絶えといった様子の蒲田に、ぎゅっと顔を窄めながら手元の冊子に視線を滑らす。フランクフルト、冷やしパイン、焼きそば、たこ焼きエトセトラ。祭りで見るようなラインナップだ。どれも中庭に屋台を構えているようで、窓から見える白く曇った空気に、通りでと頷いた。

「俺、たこ焼きが食べたいです。せっかくなんで先輩のクラスのところ行きましょう。売上に貢献してもいいですよ」
「えぇ? たこ焼き?」
「先輩にとっては熱々の鉄板でこねくり回された小麦粉かもしれませんけど、俺にとっては好物なんで」
「本音は?」
「サボってるのがバレて責められればいいと思ってます」
「ひどいなぁ、せっかく割引券あげようと思ったのに」
「嘘ですごめんなさい」
「まぁ、そんなもの持ってないんだけどね」
「はぁ?」

 テンポのいい会話の応酬を重ねながら、中庭へと向かっていく。相変わらず突き刺さる視線の数は普段の比ではないが、先ほどのように押し寄せられることはない。チラチラと視線を送られる程度であれば、次第に慣れていき気にならなくなった。なんせ文化祭だ。楽しまなくては損というものである。一般の人と学生とで賑わった中庭を、パンフレットと睨み合いながら進んでいく。祭りと違い、学校名と校章が印刷されただけのシンプルなテントは、それぞれの屋台に個性がない分見分けにくい。あっちでもない、こっちでもないと彷徨っていると、遠くから「おーい」と蒲田を呼ぶ声が届いた。

「何してんのー?」

 テントから半身を飛び出させ、大きく手を振る男子生徒に、俺は隣を見上げた。

「友達ですか?」
「クラスメイトだね」

 友達という言葉を肯定しない蒲田らしさに呆れながら、目的の場所がようやく見つかり、俺は「行きましょう」と足を進めた。

「蒲田! お前のおかげで大繁盛だよ! 何したの!?」
「本当? みんなの役に立てたみたいで良かったよ」
「今回の立役者だよ! おかげでお客さんひっきりなしだから!」

 蒲田がテントに顔を出すやいなや、次々と声が飛んでくる。その言葉通り、蒲田のクラスのテントだけ妙な賑わいを見せており、客からは蒲田に対する小さな歓声があがっていた。その手には蒲田が配ったであろうチラシが握られている。

「買おうと思ったんだけど、難しそうかな?」
「蒲田くんたこ焼き食べるの? いいよいいよ! 蒲田くん最優先だから! 2つでいい?」
「いいの? ありがとう」
「ありがとうございます」

 慣れた手つきでたこ焼きがプラスチックのパックに乗せられている。そのスピードはたこ焼きチェーン店の店員さながらである。その間も蒲田から視線を外していない。実際に、たこ焼き屋でアルバイトでもしているのか、それとも屋台の賑わいの中で身についた技なのか。華麗な手さばきで乗せられた8個のたこ焼きにソースやら青のりやらを載せる別の生徒の手際の良さを見るに、後者かもしれない。
 あっという間に出来上がったたこ焼きの代金を払おうと財布を取り出せば「大丈夫」と制される。
 
「お代はいいよ。蒲田くんの後輩だから特別。蒲田君も。皆には秘密ね」
「えっ」

 唇の前で人差し指を立てるその女子生徒は、俺の財布を押し除け、代わりにたこ焼きの入った袋を握らせた。目を瞬かせていると「おい、聞こえてんぞー」と野次が飛んでくる。

「でもまぁ、蒲田だけ試食できてなかったしな。俺ら全員準備の時に試食会兼ねて死ぬほど食べてるんだよ」
「そうだったの? じゃあ、いただこうかな」
「いいんですか?」
「いいのいいの! 1年生でしょ? 遠慮しないで」

 自分までいいのだろうかと蒲田を盗み見ると、俺にだけ分かるよう、僅かに目を細めた。初めは遠慮をしていたが、蒲田のそんな態度を見てしまえば、まぁいいかと素直に厚意を受け入れることにした。好感度を下げるどころか、むしろ見せつけられたような気もするが、たこ焼きが無料で手に入ったのは嬉しい。浮いたお金で後でポテトも買おう。やはり、持つべきは顔のいい先輩である。

「そうだ、僕のパーカーどこにある? 朝、テントに忘れちゃって」
「あぁ、どっか女子が保管してたけど……。おーい! 蒲田のパーカーどこやったー?」
「こっちあるよー」
「ありがとう。あと、チラシってまだ余ってる? くばり終わったから、余っているなら貰ってもいいかな?」
「全然余ってるけど……逆にいいのか?」
「あまり準備を手伝えなかったからね。そのお詫びだよ」
「もー。蒲田くんはそんなこと考えなくてもいいのに」

 クラスメイトからパーカーやチラシを受け取ると、「じゃあ、もう少し呼び込みしてくるね」とテントを離れる蒲田についていきながら、訝しげに隣を見上げた。

「先輩、案外やる気あったんですね」
「やる気?」
「はい。てっきり、もう遊び惚けるのかと」

 一応、周囲を気にして小声で話す。口を開けばサボりだと言っていただけに、追加でチラシを受け取ったのが意外だったのだ。この男ならば、「少ない枚数しか渡さなかった人が悪いよね」とでも言いながら、さっさと休憩に戻りそうなものであるが、どうやら違ったようだ。渡されたチラシを見て「もう少し貰うよ」と自ら量を増やしていた。
 
「あっはは、やる気って。いい? 水野くん。こういう小さな積み重ねが信用に繋がるんだよ」

 蒲田に対する偏見が過ぎたと、僅かに反省していた俺に帰ってきたのは、そんな言葉だった。
 
「仕事をするかどうかは別問題だけどね」
「うーわ……」

 心底おかしいと言った風に肩を振るわせている蒲田に、一瞬でも実は誠実な人間なのではないかと考えた数秒前の自分を恨んだ。そうだ。こういう男だ。俺の抱いていた印象は何も間違ってはいない。委員会の仕事で忙しいにも関わらず、クラスの仕事までしっかりしてくれるできた人間であると信じて疑わない、彼のクラスメイトに対する同情が湧いて止まない。とはいえ、名前も知らない1年生がいくら訴えかけようとも信じる人がいないことは百も承知である。呆れた視線を送っていれば、笑いの余韻が残った顔のまま、パーカーを差し出された。

「はい、これ着ていいよ」

 「朝からずっと寒がってたでしょ。屋台の熱気であったまってるとは言え、11月だからね。薄着だと風邪ひいちゃうよ」そう続け、肩に掛けられる。おそらくクラス全員分の名前が印字されている黒のパーカーのおかげで、冷たい空気が遮断され、幾分か過ごしやすくなる。
 
「あ、あざっす……」
「どういたしまして」

 一体、いつから気づいていたのか、これも信用を稼ぐためなのか。どちらにせよ、先輩からの厚意は受け取っておこうと、どこかそわそわした気持ちでそっと腕を通した。
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