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勿忘草
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「お邪魔しまーす」
玄関をくぐり、リビングにいるであろう環の両親にも届くように声を張った。いつもなら、すぐに「いらっしゃい」と母親が顔を出すものだが、それがない。そもそも、リビングにつながる扉のすりガラスの向こうは真っ暗だった。
「あれ、おばさん達は?」
「同窓会らしいよ」
「2人とも?」
「高校同じだから」
「そうなのか?」
「うん。夜まで帰ってこないって」
洗面台と向かい合う。手を洗おうと出した流水を弾く白の陶器を見ると、脳内に自然とあの日のことが思い浮かんだ。花を吐き出したことについて、環からは何の言及もない。それどころか、全て幻だったのではないかと考えてしまうほど、あの日のことに触れてこない。
言及されたとて、うまく返すことができないのは分かりきっているから、今の対応はありがたいことではあるが、同時に寂しさもある。まるで、お前の恋愛になんて興味はないと言われているようで。
環が柳田と交際に至らなかったとして、それは所詮期間の延長でしかないのだ。いずれ、好きな人ができて付き合う。そんな普通の出来事に現実を突きつけられるまでの時間が予定より伸びただけだ。俺の想いが成就するわけではない。だというのに、こんなにも舞い上がっていて恥ずかしい。次第に目頭が熱くなり、誤魔化すように流水に手を突っ込んだ。しつこい程にハンドソープを泡立てて、流して、手を拭う。手を引っ込めたくなるような冷水にあたれば、幾分か気分も落ち着いてくる。短く息を吐いて、顔を上げるとパーカーのフードを引っ張られた。
「どうした?」
振り返るとパーカーが肩から滑り落ちる。直そうと手を伸ばす前に、環が腕から抜き取った。
「え、何?」
「ちゃんと洗わないと」
「いや、別に汚してねぇから家で……!?」
取り返そうとしたパーカーは床へと放り出され、空いた環の手がTシャツの裾にかかる。腹の半ばあたりまで引き上げられたところで、慌てて裾を下へと引っ張った。そして、環の言った”洗う”の意味や、その先に続く行為まで脳内に広がり、ぶわりと顔を赤くした。
腹の中を這いずる違和感と、排出した液体が床を叩く音。鼓膜を揺らす笑い声。熱を帯びる体が追った記憶はそこで途絶える。人としての尊厳を踏み躙られるようなあの行為を人前で、思いを寄せる相手の前で。もう一度。
喉がひくりと音を立て、次第に体温が下がる。あの日の羞恥が蘇った体で、環の腕ごとTシャツを下ろすと、諦めたように離れていく。それに胸を撫で下ろす間もなく、今度はベルトへと手が伸びた。
「ちょ、まっ……!」
「ほら、暴れない」
「ゲームするって言ってただろ!」
「俺はそんなこと一言も言ってないよ」
「はぁ!?」
片手で服を、もう片手でベルトを掴み、これ以上衣服を取られないよう必死に抵抗するが、環も諦めるそぶりはない。しばらくは拮抗していたが、とうとう両腕を纏められる。そうなれば、優勢となるのは環の方で、手間取りながらも早急な動きでベルトを緩めていった。
スラックスのホックを外される。腹部にできたゆとりの分だけずり下がり、下着のゴムが顔を出した。そこに何のためらいもなく指をひっかけるのだ。素肌に触れる指の感触に身体が震える。あの日初めて感じた快楽とそのための辱めが蘇り、頭はパンク寸前だった。
「なぁ環っ! 待てって!」
「……」
「じ、自分でやるから!」
放った苦し紛れの言葉で環の動きがピタリと止まる。羞恥で首まで赤く染めたまま身を縮こませていた俺は、硬く瞑っていた目をそろりと開き、鏡越しに環を見た。目は合わない。俯いたまま止まった環を見つめたまま、浅い呼吸を繰り返す。
「……自分でやるから、先、部屋行ってろ」
数秒おいた後、俺から離れた環が脱衣所を後にする。そこでようやく息を吐いた俺は、へろへろと力の抜けた体を洗面台で支え、乱れた衣服に手をかけた。
玄関をくぐり、リビングにいるであろう環の両親にも届くように声を張った。いつもなら、すぐに「いらっしゃい」と母親が顔を出すものだが、それがない。そもそも、リビングにつながる扉のすりガラスの向こうは真っ暗だった。
「あれ、おばさん達は?」
「同窓会らしいよ」
「2人とも?」
「高校同じだから」
「そうなのか?」
「うん。夜まで帰ってこないって」
洗面台と向かい合う。手を洗おうと出した流水を弾く白の陶器を見ると、脳内に自然とあの日のことが思い浮かんだ。花を吐き出したことについて、環からは何の言及もない。それどころか、全て幻だったのではないかと考えてしまうほど、あの日のことに触れてこない。
言及されたとて、うまく返すことができないのは分かりきっているから、今の対応はありがたいことではあるが、同時に寂しさもある。まるで、お前の恋愛になんて興味はないと言われているようで。
環が柳田と交際に至らなかったとして、それは所詮期間の延長でしかないのだ。いずれ、好きな人ができて付き合う。そんな普通の出来事に現実を突きつけられるまでの時間が予定より伸びただけだ。俺の想いが成就するわけではない。だというのに、こんなにも舞い上がっていて恥ずかしい。次第に目頭が熱くなり、誤魔化すように流水に手を突っ込んだ。しつこい程にハンドソープを泡立てて、流して、手を拭う。手を引っ込めたくなるような冷水にあたれば、幾分か気分も落ち着いてくる。短く息を吐いて、顔を上げるとパーカーのフードを引っ張られた。
「どうした?」
振り返るとパーカーが肩から滑り落ちる。直そうと手を伸ばす前に、環が腕から抜き取った。
「え、何?」
「ちゃんと洗わないと」
「いや、別に汚してねぇから家で……!?」
取り返そうとしたパーカーは床へと放り出され、空いた環の手がTシャツの裾にかかる。腹の半ばあたりまで引き上げられたところで、慌てて裾を下へと引っ張った。そして、環の言った”洗う”の意味や、その先に続く行為まで脳内に広がり、ぶわりと顔を赤くした。
腹の中を這いずる違和感と、排出した液体が床を叩く音。鼓膜を揺らす笑い声。熱を帯びる体が追った記憶はそこで途絶える。人としての尊厳を踏み躙られるようなあの行為を人前で、思いを寄せる相手の前で。もう一度。
喉がひくりと音を立て、次第に体温が下がる。あの日の羞恥が蘇った体で、環の腕ごとTシャツを下ろすと、諦めたように離れていく。それに胸を撫で下ろす間もなく、今度はベルトへと手が伸びた。
「ちょ、まっ……!」
「ほら、暴れない」
「ゲームするって言ってただろ!」
「俺はそんなこと一言も言ってないよ」
「はぁ!?」
片手で服を、もう片手でベルトを掴み、これ以上衣服を取られないよう必死に抵抗するが、環も諦めるそぶりはない。しばらくは拮抗していたが、とうとう両腕を纏められる。そうなれば、優勢となるのは環の方で、手間取りながらも早急な動きでベルトを緩めていった。
スラックスのホックを外される。腹部にできたゆとりの分だけずり下がり、下着のゴムが顔を出した。そこに何のためらいもなく指をひっかけるのだ。素肌に触れる指の感触に身体が震える。あの日初めて感じた快楽とそのための辱めが蘇り、頭はパンク寸前だった。
「なぁ環っ! 待てって!」
「……」
「じ、自分でやるから!」
放った苦し紛れの言葉で環の動きがピタリと止まる。羞恥で首まで赤く染めたまま身を縮こませていた俺は、硬く瞑っていた目をそろりと開き、鏡越しに環を見た。目は合わない。俯いたまま止まった環を見つめたまま、浅い呼吸を繰り返す。
「……自分でやるから、先、部屋行ってろ」
数秒おいた後、俺から離れた環が脱衣所を後にする。そこでようやく息を吐いた俺は、へろへろと力の抜けた体を洗面台で支え、乱れた衣服に手をかけた。
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