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其のさん・青鬼の眼、耳切りの坂
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十六、
「──っ」
ブラインドの隙間から、朝陽が差し込んで蜂村の顔にかかっている。
それが眩しくて、眼が覚めた。
蜂村は、自分の診療所の診察室で眠ってしまった。
「んー」
眼鏡を外し、眼をこする。
ぼさぼさと髪を掻く。
大きな欠伸をする。
「あれ」
そういえば、妙な男が来ていたはずだったが。
診察室のなかには、蜂村しか居ない。
「あら。藤川さん? 藤川さーん? 藤川‥‥なんだっけ、下の名前忘れた。あ、カルテ──」
名を呼びながら、机を探る。
しかし、カルテもなにも無い。
「んー。夢か? どこまでが?」
ぶつぶつ言いながら、狭い院内を見まわす。
「ありゃ。帰ったか? あー金取ってないのに」
蜂村の視線が、ふと止まった。
自分の机の上だ。
さっきは無かったものが置かれている。
丸いもの
青く丸いもの
青くてところどころが赤黒い丸いもの
青鬼の面であった。
縁にはたくさんの傷がつけられ、その傷には赤黒いものが走っている。
鬼の面の口元にも、大量に赤黒いものが付着している。
「──」
無言で手に取る。
面を持った手が、じっとりと温く、濡れた。
「!」
蜂村の両の手いっぱいに滲む、赤くて温かいもの。
血。
蜂村は思い出していた。
幼い、ある夕暮れの日のことを。
古い小さな寺の境内に迷い込み、大きな杉を見つけたことを──
十七、
冷たい風が吹いていた。
その風で、杉の枝が揺れる。
薄暗い夕方のことであった。
飛行機の音。
鳥の鳴き声。
雲が高いところで流れている。
ひとりの少年が、その杉の前に立っている。
幼い頃の蜂村である。
古い小さな寺の境内に立つ大杉である。
キャラクターもののシャツを着た蜂村は、そっと杉の木に近づき、幹に手を添わせた。
蜂村の手のひらに、どくんどくん、と脈打つのが伝わる。
ほのかに温かい。
手を添わせたまま、その大杉を見あげる。
「──」
どくんどくん、と脈打つ。
冷たい風が吹く。
枝が揺れる。
飛行機。
鳥。
蜂村は、幹からそっと手を離す。
その小さな手のひらに、赤く温かいものがべっとりと付いていた。
血であった。
蜂村は、血に濡れた手をぎゅっと握りしめた。
再び、杉の木を見あげる。
枝からも葉からも幹からも、血が付いていたり、流れ出ているようすはない。
しかし、幹に触れた小さな手は、血に濡れている。
血は、幹の表面の皮、わずかな裂け目から滲み出ているのだった。
黒い風がどっと吹く。
枝が大きく揺れる。
「──」
なにかを呟いた蜂村の声は、ざわめく枝の音にかき消された。
その日は、母の実家に帰るということで、ついてきたのだった。
蜂村の曾祖母はかえでといった。
蜂村は、さきほど体験した不思議なできごとをかえでに話した。
蜂村は真剣に話すも、両親やほかの親族たちは信じてくれない。
しかし、かえでだけは蜂村の話を楽しそうに聴いていた。
「ほんとうだよ! 血が出てたんだって! あの杉はケガをしてたの?」
「おやまぁ。それは怪我じゃないよ。──母さん、流しつくしちゃったと思ってたんだけどねぇ」
およそ一世紀を生きたその女は、優しく言った。
「じゃあ、大おばあちゃんは、ぼくの話を信じてくれるの?」
「あぁ、信じるよ」
十八、
手のひらに甦る、脈打ち。
飛行機の音。
鳥の鳴き声。
蜂村は、面をとり落とした。
其のさん・青鬼の眼、耳切りの坂
了
「──っ」
ブラインドの隙間から、朝陽が差し込んで蜂村の顔にかかっている。
それが眩しくて、眼が覚めた。
蜂村は、自分の診療所の診察室で眠ってしまった。
「んー」
眼鏡を外し、眼をこする。
ぼさぼさと髪を掻く。
大きな欠伸をする。
「あれ」
そういえば、妙な男が来ていたはずだったが。
診察室のなかには、蜂村しか居ない。
「あら。藤川さん? 藤川さーん? 藤川‥‥なんだっけ、下の名前忘れた。あ、カルテ──」
名を呼びながら、机を探る。
しかし、カルテもなにも無い。
「んー。夢か? どこまでが?」
ぶつぶつ言いながら、狭い院内を見まわす。
「ありゃ。帰ったか? あー金取ってないのに」
蜂村の視線が、ふと止まった。
自分の机の上だ。
さっきは無かったものが置かれている。
丸いもの
青く丸いもの
青くてところどころが赤黒い丸いもの
青鬼の面であった。
縁にはたくさんの傷がつけられ、その傷には赤黒いものが走っている。
鬼の面の口元にも、大量に赤黒いものが付着している。
「──」
無言で手に取る。
面を持った手が、じっとりと温く、濡れた。
「!」
蜂村の両の手いっぱいに滲む、赤くて温かいもの。
血。
蜂村は思い出していた。
幼い、ある夕暮れの日のことを。
古い小さな寺の境内に迷い込み、大きな杉を見つけたことを──
十七、
冷たい風が吹いていた。
その風で、杉の枝が揺れる。
薄暗い夕方のことであった。
飛行機の音。
鳥の鳴き声。
雲が高いところで流れている。
ひとりの少年が、その杉の前に立っている。
幼い頃の蜂村である。
古い小さな寺の境内に立つ大杉である。
キャラクターもののシャツを着た蜂村は、そっと杉の木に近づき、幹に手を添わせた。
蜂村の手のひらに、どくんどくん、と脈打つのが伝わる。
ほのかに温かい。
手を添わせたまま、その大杉を見あげる。
「──」
どくんどくん、と脈打つ。
冷たい風が吹く。
枝が揺れる。
飛行機。
鳥。
蜂村は、幹からそっと手を離す。
その小さな手のひらに、赤く温かいものがべっとりと付いていた。
血であった。
蜂村は、血に濡れた手をぎゅっと握りしめた。
再び、杉の木を見あげる。
枝からも葉からも幹からも、血が付いていたり、流れ出ているようすはない。
しかし、幹に触れた小さな手は、血に濡れている。
血は、幹の表面の皮、わずかな裂け目から滲み出ているのだった。
黒い風がどっと吹く。
枝が大きく揺れる。
「──」
なにかを呟いた蜂村の声は、ざわめく枝の音にかき消された。
その日は、母の実家に帰るということで、ついてきたのだった。
蜂村の曾祖母はかえでといった。
蜂村は、さきほど体験した不思議なできごとをかえでに話した。
蜂村は真剣に話すも、両親やほかの親族たちは信じてくれない。
しかし、かえでだけは蜂村の話を楽しそうに聴いていた。
「ほんとうだよ! 血が出てたんだって! あの杉はケガをしてたの?」
「おやまぁ。それは怪我じゃないよ。──母さん、流しつくしちゃったと思ってたんだけどねぇ」
およそ一世紀を生きたその女は、優しく言った。
「じゃあ、大おばあちゃんは、ぼくの話を信じてくれるの?」
「あぁ、信じるよ」
十八、
手のひらに甦る、脈打ち。
飛行機の音。
鳥の鳴き声。
蜂村は、面をとり落とした。
其のさん・青鬼の眼、耳切りの坂
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