紺青の鬼

砂詠 飛来

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其のさん・青鬼の眼、耳切りの坂

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     十四、

 結局、おつたの顔から青鬼の面が外れることはなかった。

 おつたが末吉に面を借りた本当の理由が公になり、村びとは大いに腹を立てた。

「奉納祭の大切な面を、悪事に使うからこういうことになるんじゃ」

 と、光衣はきつく言う。

「このような恥知らず者を、うちの墓に入れるなんてできないよ」

 と、お保は言う。

 おつたの身体は、面もそのまま、件の坂の木、道祖神の傍へ埋められることになった。

 なにか祟るといけないと思い、光衣は、自身の手でちぎってしまったおつたの耳を寺で供養した。

 おつたの亡骸を埋めるために穴を掘っていると、幾らもしないうちに土が湿り、水が湧いてきた。

 そんなところに水脈などあるはずが無いと、光衣や村の年寄衆は言うが、水は湧いてくる。

 穴もまだ浅いため、埋め立てることもかなわぬ。

 そのまま掘り続け、おつたを埋めて井戸にしてしまった。

 時が流れゆくうちに、その井戸が作られた由来から「青鬼の井戸」と呼ばれるようになった。

 そして、ある年の夏、大雨が村を襲った。

 止むことを知らぬように、毎日毎日降り続き、村のほとんどを飲み込んでしまった。

 村びとは大半が助かったが、住む家を失くしてしまった。

 唯一、件の井戸だけが残った。

 このことから村びとは、この井戸には本当に青鬼が棲んでおり、村を守ってくれたのだと信じるようになった。

 その信仰にさらに尾ひれがつき、疫病から救ってくれた、などという話も出てきた。

 おつたが埋められた場所──あの坂は、後のちに「耳切り坂」と呼ばれた。



      十五、

 夜──

 虫の鳴き声が心地良い。

 末吉の屋敷である。

 自らの母親がどうなったのかを知らずに、おしづはぐっすりと眠っている。

 末吉は、お保の屋敷で、お保と向かい合って座っている。

 眼の前の年老いた母を睨み、

「どうしても、おつたをうちの墓に入れないつもりなのか」

 低く訊いた。

「あたり前だろう? 余所者のあの女が、このわたしをあんな目に遭わせるからだよ」

「あんな目? ただおどかしただけじゃないか」

「大切な奉納祭の面を悪戯に使ったのだよ? 許されるわけがないだろう。実際に舞うお前なら判るだろうが」

「──だけど、おつたがどこの出身だろうと、どんなことをしようと、おれの妻だし、うちの嫁なんだ。母親でもある」

「男を産まないやつがうちの墓に入れるとでも? それも余所者で」

 このことばに、末吉は立ちあがる。

「どうして余所者にこだわるんだ!」

 お保は、興奮した息子を見あげ、

「まぁ、お座りよ」

 静かに言った。

 末吉は、まだなにかを言いたそうだったが、我慢して口をつぐんで座った。

「どうしてわたしがそこまで余所者にこだわるのか。そりゃあ簡単さ。わたしも余所者だからね」

「え?」

 ひどく穏やかな表情でお保は続ける。

「ここよりも、うんと西の生まれでね。あれはわたしが九つの時、江戸に売られる道中で、わたしは逃げたんだ。来た道を戻っては、きっとまた捕まると思って、ただまっすぐだけを見て逃げた」

「──」

 お保は、当時を思い出すように眼を細める。

「逃げて逃げて、気がついたらこの土地に来ていた。最初は、大人に知られないように畑の野菜なんかを盗んでは食べていたんだ。でも、九つのわたしは馬鹿だったから、たくさんの畑からちいっとずつ盗ればよかったのに、いちばん大きい畑のをずっと盗っていたんだ」

「──それで?」

「ついに見つかってね。わたしが盗ってた畑は、ここいらの大地主のものだったのさ。それが──」

「じいちゃん?」

「そうだよ。どうせ売りに出された身。江戸に行ったって普通の奉公先に行けるとも限らないし、色町に行くよか良いと思って、この家に入るようになったのさ」

「母さん、判らないよ」

 末吉は俯いて言った。

「なにが」

「おつたのことを許してくれない理由が。同じ余所者なら、どうして」

「重ねていたのさ、自分の姿と」

 末吉のことばを遮った。

「余所者の女がこの村に来て、いずれわたしのようになってしまわないかと、それを恐れていたんだよ。しかも、おつたは女を産んでしまった。その子が成長し、再び同じような巡り合わせになっちまうんじゃないかと」

「──」

「たったひとりの男のために、この村に留まるなんて‥‥とんだ余所者だよ、あの女は」

「男のため?」

「また、古い話をしよう。もう、すべて話してしまうさ、ここまで来たらね。わたしはね、この村のある男を慕うようになってしまったんだ」

「まさか、じいちゃんを?」

「あっはっはっ、まさか。そりゃ、あのひとは優しい良いひとだったが、恋慕うまではいかないさ」

 苦しげに視線を落とすお保を見た末吉は、

「そのようすだと、父さんではなさそうだね」

 と言った。

「あぁ。お前の父親のことも愛しいとは思っていたがね。さぁ、お前もよく知っているひとだよ、末吉。あの男のせいでわたしはこの村に留まり、自分と同じ余所者を厭い、女の赤子を憎むようになったんだ──」

「おれの、よく知っているひと?」

「そう。この村の誰もが頼りにしている、あのひと──光衣さんだよ」
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