徒花の彼

砂詠 飛来

文字の大きさ
8 / 60
裏庭の彼

六、

しおりを挟む
 自分で言うのもなんだが、僕はモテる。もちろん、女子からだ。

 かわいい

 女の子みたい

 守ってあげたい

 こんなことをよく言われる。恋愛的なものじゃなくて、僕をハムスターかなにか、愛玩動物を愛でるように持て囃す。だから、好きだとか言われるのは慣れていたはずなのに。

 三日前の原瀬くんからの告白は、意外にも堪えているらしい。どういうつもりでの好意なのかを訊いておけばよかった。

 僕は、ほかの男子よりも背が低めだし、染めているわけじゃないのに髪は明るめの茶色だし、それこそ不良なんかに目をつけられそうなのにそういうことも無い。

 高校に入学したときに買ったカーディガンはいまでも着られるくらいに体型はあまり変わっていない。こんな見た目を、女子たちはきゃいきゃいと可愛いと言う。阿呆らしい。

 放課後、いつものように生活係の教室へ向かう。正直、あまり行きたくない。原瀬くんが居るからだ。なるべく彼を傷つけないようにお断りしたけれど、懲りずに僕に構ってくる。どうにか好きになってもらえるように頑張っているらしい。

 健気だ。僕も、原瀬くんみたいに行動できたらどんなに良いだろうか。そんな恨めしさもあって、彼と顔を合わせたくない。本当なら僕は、同じような気持ちで悩む同志ができたと喜びたいくらいなのに。

「潤一さん。俺あれから考えたんですけどね」

「なにを」

 西陽が差し込む教室。原瀬くんとふたり机に向かって、生徒会の資料をホチキスで留める作業。

「潤一さんが俺のことを絶対に好きにならない理由なんですけど、俺に問題があるんじゃなくて、潤一さんには、ほかに好きな人がいるのかなって」

「―――」

「だから、俺なんかどうでもいいのかなって」

「そう、だね。君は賢い」

 めくられる紙と、パチパチと留められる音。窓の向こうからは部活動のかけ声。

「誰なんですか、潤一さんの好きな人。会ってみたい。付き合ってるんですか?」

 そんなわけない。まともに顔も見ていない。たまに校内で見かけるけど、あいつは僕の姿を見るとどこかへ居なくなってしまう。追いかける隙も無い。

「君には関係ないよ。僕のことなんか諦めな」

「厭です。こんなに可愛いのに、放っておけない」

 ああやはり。原瀬くんも女子たちと変わらないじゃないか。

 僕は眼鏡を外し、椅子の背もたれに寄りかかる。ぼやけた世界のまま天井を仰ぐ。

「君が羨ましいよ」

「どうしてですか」

「そういうところが、だよ」

 原瀬くんも手を止めたようで、パチパチという音が止んだ。

「あの、須堂先生に聞いたんですが、もうひとりの幽霊委員なんですけど」

 僕は慌てて背を起こし、眼鏡をかけなおした。

「なにを、聞いたの」

「俺、どんな人かは知らないんですけど、たぶんこの人じゃないかなって」

「知ってるの? 結城を?」

「あ、やっぱり橋本結城だ」

 フルネームを、原瀬くんが知っている、なんて。

「入学式の日に、変なところで煙草を吸ってる人を見かけたんです。それから、毎日です。同じところでぼんやり座ってるだけなんですけどね」

「毎日? え、ていうか煙草?」

 煙草を吸ってるなんて、僕は知らない。僕の知らない結城のことを、原瀬くんが知っている。

「ええ。須堂先生に確認したので、たぶんその人だと思います。ちょうどいいから委員会に顔を出すように声をかけてこいって先生に言われたんですけど、なんか怖い雰囲気の人だったんでなかなか言い出せなくて」

「ちょっと、待って。結城が毎日どこに居るって? 学校?」

 始業式を迎えてから、僕は結城の姿を見ていない。なのに、原瀬くんは毎日見ている――

「知りたいですか」

 僕が身を乗り出すと、原瀬くんはいやらしく笑んだ。

「なに」

「あの人が、潤一さんの好きな人?」

「――それを訊いてどうするの」

「詳しく教えてくれたら、俺もあの人が毎日どこに居るのか教えてあげますよ」

 取引するつもりか。

「いや、いい。この学校のことなら、君よりも僕のほうが遥かに詳しいからね」

 自分で探してやる。毎日、どこかで煙草を吸っているなんて、隠れそうな場所を探してみるしかない。

「‥‥ちぇ、乗ってこないんですね。そういうずる賢いところも可愛くて好きですけどね」

 やっぱり、気に入らない、こいつは。

「あのさ、原瀬くん。あんまり簡単に好きだとか口にしないほうがいいよ。そういうの、良くない」

 僕は再びホチキスを手に取る。

「じゃあ、どうしたら好きになってくれるんですか」

「言ったよね、好きにならないって」

「じゃあ、橋本結城って人はなんなんですか。どうして委員会に来ないんですか。学校には来てるのに。煙草なんか吸って不良なくせしてそれを須堂先生も知りながら咎めないなんて。どうかしてますよ」

「‥‥!」

 原瀬くんの言葉にたまらなくなって、持っていたホチキスを机に叩きつける。なにを知ったようなことを言うんだ。

「潤一、さん‥‥」

 破片を飛び散らせて床に落ちたホチキスを、原瀬くんが拾う。

「‥‥っ、ごめん」

「いえ‥‥」

 原瀬くんは僕の足元に飛んできた破片を拾い集める。告白されたときみたいな、このアングル。どうして僕はいつもこうなんだろう。

「割れちゃいましたね」

「ごめん‥‥生徒会から新しいやつもらってくる‥‥」

 早くこの状況から抜け出したくて、僕は乱暴に立ちあがった。そして一歩を踏み出したとき、原瀬くんに手首をつかまれた。

「なに」

「大丈夫ですから、ここに居てください」

「どうして。まだ終わってないよ。ふたりでやらなきゃ」

「‥‥ここに居てください。戻らないつもりなんでしょう」

 正直、どきりとした。そんなつもりはなかったけれど、この部屋を飛び出したら僕は、きっと戻ってこなかったかもしれない。ふたりきりになるのが苦しくて、戻ることを拒んだかもしれない。それを、彼に見透かされている。

「頼むから、僕をそんな目で見ないで」

 原瀬くんの目は、わずかに潤んでいる気がした。僕になにを求めるの。僕も好きだよ、ってうわべの言葉で君は僕を解放してくれるの。君の望むものを、僕は与えられないのに。君は、あいつの代わりにはならない。

「いっそ、嫌ってください。俺のこと」

「好きになってほしいんじゃないの」

「本当はそうです。でも、俺と喋ってる潤一さんは苦しそうです。原因が俺なのは判ってます。だけど、俺だって苦しいんです」

「手を、離して」

 振り払おうとするが、彼の手は温かく、力強い。こんな手から逃れられるのだろうか。

「―――」

 原瀬くんは逡巡し、ゆっくりと僕の手を離してくれた。名残惜しそうに拳を握りしめる彼に、僕は声をかけてあげられない。原瀬くんの言うとおり、嫌いだ、って言ってしまえば楽なのに、なかなかどうして僕にはそんな非情なことはできない。ふわふわといまのまま顔を合わせることのほうが、彼にとっては非情で苦しいことなのかもしれないけれど。

「好きなんです、潤一さん」

「僕に何度好きだって言っても、無駄だよ」

 ――君からの愛情なんて、要らないんだから
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

従僕に溺愛されて逃げられない

大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL! 俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。 その傍らには、当然のようにリンがいる。 荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。 高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。 けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。 当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。 居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。 さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。 主従なのか、恋人なのか。 境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。 従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

処理中です...