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裏庭の彼
七、
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結城が学校に来なくなったのは、あの雨の日がきっかけだろう。忘れもしない。
テスト期間中、午後には帰宅できたが、僕と結城は教室に残ってテスト勉強を一緒にやる約束をしていた。ふたりで同じ時間を共有してくれるなんて、結城は僕がどんな気持ちを抱いているのか、知らないらしい。
そのほうが、僕も彼と一緒に居られるし。こんな想いは打ち明けないほうが幸せなんだ。僕は朝を迎えるたびに自分に言い聞かせていた。
僕は結城とふたりで勉強ができると浮かれ、クラスの誰よりも朝早く登校した。勉強の合間にどんな話をしよう、なにを話して息抜きをしよう、これから受けるテストのことよりも、結城との時間をどう過ごせるのかをずっと考えていた。
「おはよう」
教室に入ってくる想い人の声。結城だ。
「おはよう――」
待ち焦がれたはずの想い人は、いままでと装いが違った。
「あれ、どうしたのそれ」
結城の美しい黒髪は、錆びたような茶色に染まっていた。そんな色、結城の肌の色には合わないよ。
「どう、これ。隣のクラスの奴が染めてたんだけど、別に怒られなかったみたいだから俺もやってみたんだ」
隣のクラスの奴。誰だそれは。僕の知らないところで、誰かと話題を共有しているなんて。
「似合わないよ、結城には。すぐに黒に戻して」
「え? 染めたばっかなのに。もったいないじゃん」
「馬鹿! もったいないのは黒髪のほうでしょ! なんにも判っていない!」
僕は結城の胸倉をつかんでいた。結城のきれいな黒髪に、僕は惚れたのに。どうして、そんな馬鹿げたことをするの。
「もったないってなに。俺が髪染めるのに潤一の許可が要るわけ?」
「そう、じゃないけど‥‥許可とかじゃなくて、茶髪なんてやめたほうがいいって僕は言ってるの」
僕の手で、結城のワイシャツが皺になる。
「離せよ」
結城の声が怖い。いままでこんな声も言葉も聞いたことがなかった。
関係が最悪になりそうなのに、僕は結城の新しい一面を見られたと、すこし気が昂ぶった。
「な、なんだよ。俺の身体だから別にいいだろ。お前に文句を言われるなら、もうお前には会わねぇよ。それなら互いにいいだろうが」
とくに反論できない僕を押しのけて、結城は教室を出て行った。
次の日、僕の左隣は空席だった。
テスト期間中、午後には帰宅できたが、僕と結城は教室に残ってテスト勉強を一緒にやる約束をしていた。ふたりで同じ時間を共有してくれるなんて、結城は僕がどんな気持ちを抱いているのか、知らないらしい。
そのほうが、僕も彼と一緒に居られるし。こんな想いは打ち明けないほうが幸せなんだ。僕は朝を迎えるたびに自分に言い聞かせていた。
僕は結城とふたりで勉強ができると浮かれ、クラスの誰よりも朝早く登校した。勉強の合間にどんな話をしよう、なにを話して息抜きをしよう、これから受けるテストのことよりも、結城との時間をどう過ごせるのかをずっと考えていた。
「おはよう」
教室に入ってくる想い人の声。結城だ。
「おはよう――」
待ち焦がれたはずの想い人は、いままでと装いが違った。
「あれ、どうしたのそれ」
結城の美しい黒髪は、錆びたような茶色に染まっていた。そんな色、結城の肌の色には合わないよ。
「どう、これ。隣のクラスの奴が染めてたんだけど、別に怒られなかったみたいだから俺もやってみたんだ」
隣のクラスの奴。誰だそれは。僕の知らないところで、誰かと話題を共有しているなんて。
「似合わないよ、結城には。すぐに黒に戻して」
「え? 染めたばっかなのに。もったいないじゃん」
「馬鹿! もったいないのは黒髪のほうでしょ! なんにも判っていない!」
僕は結城の胸倉をつかんでいた。結城のきれいな黒髪に、僕は惚れたのに。どうして、そんな馬鹿げたことをするの。
「もったないってなに。俺が髪染めるのに潤一の許可が要るわけ?」
「そう、じゃないけど‥‥許可とかじゃなくて、茶髪なんてやめたほうがいいって僕は言ってるの」
僕の手で、結城のワイシャツが皺になる。
「離せよ」
結城の声が怖い。いままでこんな声も言葉も聞いたことがなかった。
関係が最悪になりそうなのに、僕は結城の新しい一面を見られたと、すこし気が昂ぶった。
「な、なんだよ。俺の身体だから別にいいだろ。お前に文句を言われるなら、もうお前には会わねぇよ。それなら互いにいいだろうが」
とくに反論できない僕を押しのけて、結城は教室を出て行った。
次の日、僕の左隣は空席だった。
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