32 / 60
虚偽の彼
七、
しおりを挟む
それから先生は、俺を立たせて壁に手をつかせ、後ろから俺の身体を貪るように抱いた。なんとか立っているのが精いっぱいで、先生の顔を見ることも、もっと誘うようなこともできず、ただ快楽に身を委ねていた。
立ってヤるのも、後ろからも、風呂場も、初めてのことばかりで、ただ床に叩きつけられるシャワーの音と、耳許で聴こえる先生の荒い息遣いばかりが俺の頭のなかをぐるぐると駆け巡った。自分の嬌声がどんなものか、聴く余裕もない。きっと、聴くに堪えないものだろうから、聴きたくもないが。
それでも、水音にまじって聴こえてくる息遣いや感じている声が、先生のものだと思って気にしていなかったのに、どうやらそれが俺自身のものだと判明すると、無意識に声を抑えようとしてしまう。素直に感じる身体とリンクして、俺は声をもらしてしまう。堪えようとすればするほど、俺の声には色がついてゆく。
先生は濡れて重たくなった着物のままだった。袖や裾が俺の素肌に張りついたり剥がれたりを繰り返して、すこし気持ち悪かった。それでも、そんなことに気をまわしていられなくなるほど、先生の熱がすごかった。めくりあげられた着物の裾から覗く先生の白い脚に、俺も熱くなっていた。
「出そうだね」
先生が俺の性器を優しく包んだ。
「やめて、もう。俺、もう‥‥っ」
うまく言葉にならない。先生の熱と、自分の熱と、その優しい手の体温と。心地いいのに、早く解放されたい。解放された先に、これ以上の快感が待っているのだと知ってしまっている俺の身体は、もうおかしくなったまま。
ただ手に包まれているだけなのに、どうしても、熱を吐き出すことができない。先生の手を汚してしまうことを考えたら、なにかが俺自身を止めている。
「いいよ、ほら。苦しいでしょ」
「だめ。先生の手が、汚れちゃう‥‥」
「さっきは口だったから」
そのひとことで一気に血液がかけめぐり、俺はついに放出してしまった。
***
気がつくと、俺は湯船に肩まで浸かっていた。先生も、濡れた着物をその場に脱ぎ、湯船に入ってきた。
「あの」
すぐに意識を飛ばしてしまう自分が恥ずかしい。いままで抱かれているときはこんなことなかったのに、先生が自分勝手に俺を抱くとこうなるのか。これからがすこし怖い。
「大丈夫、いろいろ綺麗にしてあるから」
一見、狭いかと思った浴槽だったけれど、大の男がこうしてふたりで入ってもまだ広く感じられた。湯の色は乳白色で、互いの身体が見えない。
水面から見え隠れする先生の鎖骨が、浴室の照明に照らされて光っている。
「いろいろって――」
「いろいろ。ごめん。僕も余裕が無くなって、君のなかに」
「ああもういいです判りました」
「今度はさ」
「まだなにか」
「君が僕を抱いてみてよ」
「は?」
目の前の男がなにを言い出したのか理解できず、凝視してしまう。
「いや、どっちのが気持ちいいのかなって」
「俺は厭です」
「どうして?」
「‥‥だって、男の抱き方なんか判りませんよ」
「抱かれ方は判ってるって?」
「そ、そういうことじゃなくて! 俺は! その‥‥誰かを抱くとか、そういうこと、したことなくて‥‥」
「あー‥‥なるほど。やっぱり初めては女の子とがいい?」
なにを言っているんだこの人は。俺にいまさらそんなことを言って、どんな返事が欲しいというんだ。
「先生は、俺が女とヤってもいいんですか」
「んー。どうかな。君がそうしたいなら、ひとりふたり紹介するよ、女の子」
「‥‥‥」
湯船のありったけのお湯を、手ですくって先生の顔にかけてやった。
「こら! なにするの!」
先生が苦しんでいるあいだに浴室を出る。先生なんか、溺れてしまえばいい。
床が濡れてしまうことも構わず、濡れた身体をそのままに寝室へ向かう。
ベッドへ思いきり倒れ込もうと思ったが、足元に丸められたシーツに白く光る謎の液体状のものを見てしまい、一気に青ざめた。
いつもだったらこんな風に出したりしない。汚れないように気を遣っているのに。今日はそんなところへ気がまわらないほど、俺の意識はどこかへ行っていたらしい。
「風邪ひくよ」
大きなバスタオルで髪を拭きながら、先生が現れた。腰にタオルを巻いた姿で、ぼんやりと俺を見つめている。先生のそのタオルを見て、初めて俺がなにも纏わずにここまで来てしまったことに気がついた。
「君、家では裸で過ごすタイプ?」
「ち、ちが‥‥!」
「どうでもいいけど、裸は僕以外の奴には見せないでね?」
先生が髪を拭いていたタオルを俺に向かって投げた。
「新しいタオルがいいです」
「自分で取りに行ってくれる?」
まだ雫が滴る髪を揺らしながら、先生が笑った。
立ってヤるのも、後ろからも、風呂場も、初めてのことばかりで、ただ床に叩きつけられるシャワーの音と、耳許で聴こえる先生の荒い息遣いばかりが俺の頭のなかをぐるぐると駆け巡った。自分の嬌声がどんなものか、聴く余裕もない。きっと、聴くに堪えないものだろうから、聴きたくもないが。
それでも、水音にまじって聴こえてくる息遣いや感じている声が、先生のものだと思って気にしていなかったのに、どうやらそれが俺自身のものだと判明すると、無意識に声を抑えようとしてしまう。素直に感じる身体とリンクして、俺は声をもらしてしまう。堪えようとすればするほど、俺の声には色がついてゆく。
先生は濡れて重たくなった着物のままだった。袖や裾が俺の素肌に張りついたり剥がれたりを繰り返して、すこし気持ち悪かった。それでも、そんなことに気をまわしていられなくなるほど、先生の熱がすごかった。めくりあげられた着物の裾から覗く先生の白い脚に、俺も熱くなっていた。
「出そうだね」
先生が俺の性器を優しく包んだ。
「やめて、もう。俺、もう‥‥っ」
うまく言葉にならない。先生の熱と、自分の熱と、その優しい手の体温と。心地いいのに、早く解放されたい。解放された先に、これ以上の快感が待っているのだと知ってしまっている俺の身体は、もうおかしくなったまま。
ただ手に包まれているだけなのに、どうしても、熱を吐き出すことができない。先生の手を汚してしまうことを考えたら、なにかが俺自身を止めている。
「いいよ、ほら。苦しいでしょ」
「だめ。先生の手が、汚れちゃう‥‥」
「さっきは口だったから」
そのひとことで一気に血液がかけめぐり、俺はついに放出してしまった。
***
気がつくと、俺は湯船に肩まで浸かっていた。先生も、濡れた着物をその場に脱ぎ、湯船に入ってきた。
「あの」
すぐに意識を飛ばしてしまう自分が恥ずかしい。いままで抱かれているときはこんなことなかったのに、先生が自分勝手に俺を抱くとこうなるのか。これからがすこし怖い。
「大丈夫、いろいろ綺麗にしてあるから」
一見、狭いかと思った浴槽だったけれど、大の男がこうしてふたりで入ってもまだ広く感じられた。湯の色は乳白色で、互いの身体が見えない。
水面から見え隠れする先生の鎖骨が、浴室の照明に照らされて光っている。
「いろいろって――」
「いろいろ。ごめん。僕も余裕が無くなって、君のなかに」
「ああもういいです判りました」
「今度はさ」
「まだなにか」
「君が僕を抱いてみてよ」
「は?」
目の前の男がなにを言い出したのか理解できず、凝視してしまう。
「いや、どっちのが気持ちいいのかなって」
「俺は厭です」
「どうして?」
「‥‥だって、男の抱き方なんか判りませんよ」
「抱かれ方は判ってるって?」
「そ、そういうことじゃなくて! 俺は! その‥‥誰かを抱くとか、そういうこと、したことなくて‥‥」
「あー‥‥なるほど。やっぱり初めては女の子とがいい?」
なにを言っているんだこの人は。俺にいまさらそんなことを言って、どんな返事が欲しいというんだ。
「先生は、俺が女とヤってもいいんですか」
「んー。どうかな。君がそうしたいなら、ひとりふたり紹介するよ、女の子」
「‥‥‥」
湯船のありったけのお湯を、手ですくって先生の顔にかけてやった。
「こら! なにするの!」
先生が苦しんでいるあいだに浴室を出る。先生なんか、溺れてしまえばいい。
床が濡れてしまうことも構わず、濡れた身体をそのままに寝室へ向かう。
ベッドへ思いきり倒れ込もうと思ったが、足元に丸められたシーツに白く光る謎の液体状のものを見てしまい、一気に青ざめた。
いつもだったらこんな風に出したりしない。汚れないように気を遣っているのに。今日はそんなところへ気がまわらないほど、俺の意識はどこかへ行っていたらしい。
「風邪ひくよ」
大きなバスタオルで髪を拭きながら、先生が現れた。腰にタオルを巻いた姿で、ぼんやりと俺を見つめている。先生のそのタオルを見て、初めて俺がなにも纏わずにここまで来てしまったことに気がついた。
「君、家では裸で過ごすタイプ?」
「ち、ちが‥‥!」
「どうでもいいけど、裸は僕以外の奴には見せないでね?」
先生が髪を拭いていたタオルを俺に向かって投げた。
「新しいタオルがいいです」
「自分で取りに行ってくれる?」
まだ雫が滴る髪を揺らしながら、先生が笑った。
0
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
告白ごっこ
みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。
ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。
更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。
テンプレの罰ゲーム告白ものです。
表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました!
ムーンライトノベルズでも同時公開。
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる