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齟齬の彼
六、
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それからどちらともなく「帰るか」ということになって、世界一気まずい相合傘でアパートへ重たい足を引きずっている。ふらふらとしている潤一が傘から出てしまわないように、時折細い肩や腰を掴んで引き寄せてやる。とても冷たい。
原瀬からもらった缶コーヒーはすっかり冷めてしまい、ポケットのなかで重たく液体が揺れているのが判る。
「原瀬がいて、よかったな」
「....うん」
はじめはあんなに憎んでいた男に、いまではとてつもなく感謝している。最初は敵対し対峙していた悪者が、ふとしたきっかけで良き理解者となり一緒に世界を救ってゆく仲間となる物語のヒーローはこんな感じか....などとくだらないことを考えていると潤一が大きく身体を傾けた。
「おい、大丈夫か」
支えた手のひらからもひどく伝わる冷えた身体。わずかに震えている。
雨足が弱くなり、俺たちはようやく帰宅した。潤一をすぐに風呂場に押し込み、浴槽に湯を張る。蛇口からは冷たい水が流れ出し、早く温まれとイライラしてしまう。
「結城」
水音にかき消されそうな声で潤一が話しかけてきた。
「どうした」
そう返事はするものの、俺は冷水が溜まってゆく光景から視線を外せないでいる。
「そんなに慌てないでもいいよ、僕はもうどこにも逃げないから」
そのひとことで、一気に緊張の糸が切れた。ふいに膝から崩れ落ち、ようやく温まってきた浴槽にもたれかかる。冷たい手で潤一が俺の背中をさする。
「ごめんね、結城」
潤一の優しい声と暖かい湯気に包まれ、俺はついに泣き出してしまった。
*****
お風呂一緒に入ろうか、と潤一に言われたが、泣いてしまったのがなんだか恥ずかしくて断った。俺は雨も涙も早く洗い流してしまいたかったが、身体の芯まで冷えた潤一を先に温めてやらねばと、しばらく廊下でぼんやりと座り込んでいた。一瞬眠りかけたが、ほかほかとした潤一の手に起こされ、俺もシャワーを浴びた。浴室は、石鹸の匂いで満たされていた。
互いに湯気をまとい、遠い昔に感じるが先ほど喧嘩をしたリビングの場所に同じように位置取る。まずは俺から、と思って口を開いたが、潤一がその場に正座して頭を下げた。
「僕が悪かった。子どもみたいに駄々こねて結城を困らせて....」
俺はその細い背中や首を眺め、肩膝ついて潤一の身体を起こしてやる。
「俺も、一方的に自分のことばっかになってた。ごめん」
温かい潤一の身体にホッとする。潤一はそのまま俺にもたれかかり、額を肩に押し当ててくる。
「話したいことたくさんあるけど、いまはこうやっててもいい?」
「ーーああ」
たまらなくなって、強く抱きしめてやった。
*****
次の日は、学校もバイトもすべて休んだ。昨夜はあのままふたりとも寝てしまい、ゆっくりと話ができなかったから、今日は改めて向き合うことにした。
ちゃんと会話をして判ったことは、潤一も俺と同じように不安を抱えていたのと、同棲も大学もバイトも俺を無理やりに付き合わせてしまったんじゃないかと心を痛めていたことだ。もちろん俺は潤一と行動をともにしたいと思ったけれど、それは誰に強制されたわけでもない自ら選んだのだと説明した。
俺だって、こっそりと原瀬に相談していたことを告げた。それはちょっと勘づいたよ、とちいさく笑ったので昨日原瀬と話したのだろう。
原瀬からも謝罪の電話があった。なにを謝ることがあるんだと思ったが、奴の性格を考えて素直に受け取ってやることにした。俺も潤一も、見えないのに電話の向こうの原瀬にたくさん頭をさげた。原瀬のほうもいろいろあるみたいだから、今度ゆっくり話を聞いてやろう。ただ、いまは潤一とこれまでの時間を取り戻すように、くだらないことでもいいから一緒に笑い合いたい。
「僕らまだ若いんだから、これからのことはふたりで決めていけばいいよ」
それは須堂先生に対する当てつけか、と思ったが声に出さず飲み込んだ。じっと潤一を見つめ、幾日かぶりの口づけをした。
齟齬の彼
了
原瀬からもらった缶コーヒーはすっかり冷めてしまい、ポケットのなかで重たく液体が揺れているのが判る。
「原瀬がいて、よかったな」
「....うん」
はじめはあんなに憎んでいた男に、いまではとてつもなく感謝している。最初は敵対し対峙していた悪者が、ふとしたきっかけで良き理解者となり一緒に世界を救ってゆく仲間となる物語のヒーローはこんな感じか....などとくだらないことを考えていると潤一が大きく身体を傾けた。
「おい、大丈夫か」
支えた手のひらからもひどく伝わる冷えた身体。わずかに震えている。
雨足が弱くなり、俺たちはようやく帰宅した。潤一をすぐに風呂場に押し込み、浴槽に湯を張る。蛇口からは冷たい水が流れ出し、早く温まれとイライラしてしまう。
「結城」
水音にかき消されそうな声で潤一が話しかけてきた。
「どうした」
そう返事はするものの、俺は冷水が溜まってゆく光景から視線を外せないでいる。
「そんなに慌てないでもいいよ、僕はもうどこにも逃げないから」
そのひとことで、一気に緊張の糸が切れた。ふいに膝から崩れ落ち、ようやく温まってきた浴槽にもたれかかる。冷たい手で潤一が俺の背中をさする。
「ごめんね、結城」
潤一の優しい声と暖かい湯気に包まれ、俺はついに泣き出してしまった。
*****
お風呂一緒に入ろうか、と潤一に言われたが、泣いてしまったのがなんだか恥ずかしくて断った。俺は雨も涙も早く洗い流してしまいたかったが、身体の芯まで冷えた潤一を先に温めてやらねばと、しばらく廊下でぼんやりと座り込んでいた。一瞬眠りかけたが、ほかほかとした潤一の手に起こされ、俺もシャワーを浴びた。浴室は、石鹸の匂いで満たされていた。
互いに湯気をまとい、遠い昔に感じるが先ほど喧嘩をしたリビングの場所に同じように位置取る。まずは俺から、と思って口を開いたが、潤一がその場に正座して頭を下げた。
「僕が悪かった。子どもみたいに駄々こねて結城を困らせて....」
俺はその細い背中や首を眺め、肩膝ついて潤一の身体を起こしてやる。
「俺も、一方的に自分のことばっかになってた。ごめん」
温かい潤一の身体にホッとする。潤一はそのまま俺にもたれかかり、額を肩に押し当ててくる。
「話したいことたくさんあるけど、いまはこうやっててもいい?」
「ーーああ」
たまらなくなって、強く抱きしめてやった。
*****
次の日は、学校もバイトもすべて休んだ。昨夜はあのままふたりとも寝てしまい、ゆっくりと話ができなかったから、今日は改めて向き合うことにした。
ちゃんと会話をして判ったことは、潤一も俺と同じように不安を抱えていたのと、同棲も大学もバイトも俺を無理やりに付き合わせてしまったんじゃないかと心を痛めていたことだ。もちろん俺は潤一と行動をともにしたいと思ったけれど、それは誰に強制されたわけでもない自ら選んだのだと説明した。
俺だって、こっそりと原瀬に相談していたことを告げた。それはちょっと勘づいたよ、とちいさく笑ったので昨日原瀬と話したのだろう。
原瀬からも謝罪の電話があった。なにを謝ることがあるんだと思ったが、奴の性格を考えて素直に受け取ってやることにした。俺も潤一も、見えないのに電話の向こうの原瀬にたくさん頭をさげた。原瀬のほうもいろいろあるみたいだから、今度ゆっくり話を聞いてやろう。ただ、いまは潤一とこれまでの時間を取り戻すように、くだらないことでもいいから一緒に笑い合いたい。
「僕らまだ若いんだから、これからのことはふたりで決めていけばいいよ」
それは須堂先生に対する当てつけか、と思ったが声に出さず飲み込んだ。じっと潤一を見つめ、幾日かぶりの口づけをした。
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了
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