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姫の口から語られる真相をいまかいまかと待っていても、姫はほんのり桃色に染まった唇を静かに閉じながら、わたくしを見つめてくるのです。その可憐なことと言ったらとても言い表せるものではありませんでしたが、逸る気持ちがわたくしの口を動かしていました。
「どうなさいました? どうか続きを‥‥」
そう言って次ぐ言葉を促しましたが、姫はちいさく可愛らしく、かつ官能的に微笑むばかりでなにも言いません。わたくしが浅い呼吸をして戸惑っていると、姫はわたくしの胸に絞められた鉄の帯を撫でました。
「続きはまた教えてあげるから、今晩はわたしを可愛がって」
姫は、わたくしの唇に細くしなやかな指を這わせ、口づけを促すのでした。
幾度目かの逢瀬の晩、姫は普段よりもご機嫌なようすでベッドに横たわるのでした。
「どうしました、姫」
あれから姫は、相も変わらず真相を教えてはくださいませんでした。わたくしが小娘を誑かすはずが、わたくしはどうにも手玉に取られているように、うまくはぐらかされてしまうのでした。
最初の晩こそ、いまだ生娘のそぶりをしていた姫ですが、肌を重ねるうちに次第に大人の女らしく、色香を漂わせるのが判りました。次に王子と姫が褥をともにしたとき、急な変化にきっと王子は驚かれることでしょう。
「ねぇハインリヒ、おもしろいと思わない? あの方はわたしのことを一番に考えていると言いながらも、わたしがあなたとこうして会っていることに気がつかないのだから」
あの方とは、我が王子のことです。確かに姫の言う通りでした。わたくしは危険な賭けに出ているのに、鈍感な王子はわたくしたちのことをまったく疑わないのです。わたくしのことも姫のことも心の底から信頼しているのか、あるいは、微々たる変化にも気がつかないほど関心がないのかのどちらかでしょう。
まさか、王子がわたくしたちの関係を察知して、証拠を突きつけて追い詰めてやろうと画策しているとも思えません。これは、早いところ真相を聞き出さなければならないでしょう。いつまでもこんな女の相手をしている場合ではないのです。
「ハインリヒ、あなたとてもうずうずしているわね」
「‥‥それは貴女がお美しいからですよ」
「嘘ね。わたし判っているのよ。あなたがいつもそわそわしていること」
判っているというのなら、さっさと吐き出してしまってほしい――わたくしの心は怒りに染まっておりました。わたくしとて、なにが楽しくて小娘の肌に触れなければならないのか。この方法を選んだは何者でもなくわたくし自身ではありますが、姫がいつまで経っても教えてくださらないとは思いもよりませんでした。
「カエルのことでしょう、ハインリヒが知りたいのは」
「――」
「このわたしの身体を抱いているというのに、常に心ここにあらずでは困ってしまうわ。ほかに考えをやつしているなんて、愚かだわ。だから、教えてあげるの」
そんなことをこの娘に見透かされていただなんて、わたくしは王子の従者失格かもしれません。あらゆることが中途半端だったのです。甘かったのです。
小娘だと甘く見ていましたが、仮にも王族なのです。従者ごときがどうにかできましょうか。いまのままではわたくしは姫の夜伽の道具であり、王子と以前のような信頼関係を戻せる状態ではないのです。なにを悠長に姫の相手をしていたのか。
本来なら、顔色ばかりを窺わずにすぐにでも仕掛けなければならなかったのです。しかし、哀しいかな、高慢ちきだと憎んでいた姫の存在に、身体の温もりに虜になってゆく自らもどこかで感じてしまっていたのでした。王子をわたくしから奪ってしまった相手に、わたくし自身の心を奪われようなどと、誰が笑い話にしてくれましょうか。
「カエルがわたしの城に来た日、あのカエルは図々しいお願いばかりをしたわ。そりゃもちろん、わたしもカエルと約束を交わしたけれど、こんなにも干渉してくるとは思わなかったのよ。
夜になって、いやらしいカエルはわたしのベッドに這いあがってきたから、わたしはそのカエルをつまみあげるとありったけの憎しみを込めて部屋の壁に叩きつけたの。おぞましかったのよ、わたしの柔らかなベッドに見るに堪えないカエルがのしのしと蠢いているのが。
ただ叩きつけたのではないわ、この世に蔓延はびこるすべての憎しみを思い、カエルにぶつけたのよ。そしてわたしは、これで一生ねむっていられるわね、と潰れたカエルに言ったわ。しかし、そのときにはすでにカエルは消えてしまっていたの。カエルが体液をまき散らして潰れていた床には、いままでに見たことのない美しい殿方が横たわっていたのよ」
恐るべき真相です。わたくしは、想像するしかない姫の寝所で、王子がどんな扱いを受けたのか必死に脳内で思い描きました。
さぞ、お痛かったでしょう、苦しかったでしょう‥‥想いを寄せる姫に憎しみを込められ悪態をつかれ、カエルとしての生涯を終えてしまったのです。ですが、それが王子を救うことになったことを思えば、姫のありったけの怨嗟えんさにも感謝をするべきかもしれません。
だとしても、姫には、この城から去ってもらわなければわたくしの居場所は失ったままになってしまうのです。王子の傍ではなく、姫の夜伽の道具にされたままではいられません。わたくしは怒りを抑え、きわめて通常を装いました。
「どうなさいました? どうか続きを‥‥」
そう言って次ぐ言葉を促しましたが、姫はちいさく可愛らしく、かつ官能的に微笑むばかりでなにも言いません。わたくしが浅い呼吸をして戸惑っていると、姫はわたくしの胸に絞められた鉄の帯を撫でました。
「続きはまた教えてあげるから、今晩はわたしを可愛がって」
姫は、わたくしの唇に細くしなやかな指を這わせ、口づけを促すのでした。
幾度目かの逢瀬の晩、姫は普段よりもご機嫌なようすでベッドに横たわるのでした。
「どうしました、姫」
あれから姫は、相も変わらず真相を教えてはくださいませんでした。わたくしが小娘を誑かすはずが、わたくしはどうにも手玉に取られているように、うまくはぐらかされてしまうのでした。
最初の晩こそ、いまだ生娘のそぶりをしていた姫ですが、肌を重ねるうちに次第に大人の女らしく、色香を漂わせるのが判りました。次に王子と姫が褥をともにしたとき、急な変化にきっと王子は驚かれることでしょう。
「ねぇハインリヒ、おもしろいと思わない? あの方はわたしのことを一番に考えていると言いながらも、わたしがあなたとこうして会っていることに気がつかないのだから」
あの方とは、我が王子のことです。確かに姫の言う通りでした。わたくしは危険な賭けに出ているのに、鈍感な王子はわたくしたちのことをまったく疑わないのです。わたくしのことも姫のことも心の底から信頼しているのか、あるいは、微々たる変化にも気がつかないほど関心がないのかのどちらかでしょう。
まさか、王子がわたくしたちの関係を察知して、証拠を突きつけて追い詰めてやろうと画策しているとも思えません。これは、早いところ真相を聞き出さなければならないでしょう。いつまでもこんな女の相手をしている場合ではないのです。
「ハインリヒ、あなたとてもうずうずしているわね」
「‥‥それは貴女がお美しいからですよ」
「嘘ね。わたし判っているのよ。あなたがいつもそわそわしていること」
判っているというのなら、さっさと吐き出してしまってほしい――わたくしの心は怒りに染まっておりました。わたくしとて、なにが楽しくて小娘の肌に触れなければならないのか。この方法を選んだは何者でもなくわたくし自身ではありますが、姫がいつまで経っても教えてくださらないとは思いもよりませんでした。
「カエルのことでしょう、ハインリヒが知りたいのは」
「――」
「このわたしの身体を抱いているというのに、常に心ここにあらずでは困ってしまうわ。ほかに考えをやつしているなんて、愚かだわ。だから、教えてあげるの」
そんなことをこの娘に見透かされていただなんて、わたくしは王子の従者失格かもしれません。あらゆることが中途半端だったのです。甘かったのです。
小娘だと甘く見ていましたが、仮にも王族なのです。従者ごときがどうにかできましょうか。いまのままではわたくしは姫の夜伽の道具であり、王子と以前のような信頼関係を戻せる状態ではないのです。なにを悠長に姫の相手をしていたのか。
本来なら、顔色ばかりを窺わずにすぐにでも仕掛けなければならなかったのです。しかし、哀しいかな、高慢ちきだと憎んでいた姫の存在に、身体の温もりに虜になってゆく自らもどこかで感じてしまっていたのでした。王子をわたくしから奪ってしまった相手に、わたくし自身の心を奪われようなどと、誰が笑い話にしてくれましょうか。
「カエルがわたしの城に来た日、あのカエルは図々しいお願いばかりをしたわ。そりゃもちろん、わたしもカエルと約束を交わしたけれど、こんなにも干渉してくるとは思わなかったのよ。
夜になって、いやらしいカエルはわたしのベッドに這いあがってきたから、わたしはそのカエルをつまみあげるとありったけの憎しみを込めて部屋の壁に叩きつけたの。おぞましかったのよ、わたしの柔らかなベッドに見るに堪えないカエルがのしのしと蠢いているのが。
ただ叩きつけたのではないわ、この世に蔓延はびこるすべての憎しみを思い、カエルにぶつけたのよ。そしてわたしは、これで一生ねむっていられるわね、と潰れたカエルに言ったわ。しかし、そのときにはすでにカエルは消えてしまっていたの。カエルが体液をまき散らして潰れていた床には、いままでに見たことのない美しい殿方が横たわっていたのよ」
恐るべき真相です。わたくしは、想像するしかない姫の寝所で、王子がどんな扱いを受けたのか必死に脳内で思い描きました。
さぞ、お痛かったでしょう、苦しかったでしょう‥‥想いを寄せる姫に憎しみを込められ悪態をつかれ、カエルとしての生涯を終えてしまったのです。ですが、それが王子を救うことになったことを思えば、姫のありったけの怨嗟えんさにも感謝をするべきかもしれません。
だとしても、姫には、この城から去ってもらわなければわたくしの居場所は失ったままになってしまうのです。王子の傍ではなく、姫の夜伽の道具にされたままではいられません。わたくしは怒りを抑え、きわめて通常を装いました。
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