しらぬがまもの

夕奥真田

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手切れの仕事

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早過ぎる起床に、早過ぎる朝食、そして、早過ぎる来訪者など、まるで、人の心の様に移ろいやすい、何もかもが目まぐるしく動く世界に、治りきらぬ傷を抱えつつも、大切な弟の為、安易な“夜なべ”をしてしまった身体は、どうにも付いて行くことが出来ず、ソファにのしかかる心地良さに、今にも意識は屈服しそうであった。

しかし、トゥバンすら席を外し、暖炉の息遣いのみが時折こだますだけの、ひどく静かな応接室において、プレシエンツァと、恐らく来ることはないであろうと思っていた来訪者の、何処か声を潜める様に話すそれを、恰も他人の事の様に、聞かぬふりをする訳にもいかず、ぼんやりと薄茶色の天井を見つめながら、耳を澄ませていた。

「……つまり、各国での魔物によるものらしい被害は、魔王の関与するところではない、と?」

「はい。各国と連携して、“貴方がた”による蹶起の準備はしていますが、そこに我々以外の魔物は関与していません。それに、小さな街や村とはいえ、そもそも襲うことなど、普通ならばあり得ないはずなのです」

「……犯人の目星は?」

「残念ながら……。しかし、それなりに強いはずの魔物さえ殺されているところを見るに、相手はそれに勝る者たちだと考えられます。また、同じ様な事件が、各国で、ほぼ同時に起こっているあたり、個別の者たちではなく、統率の取られた集団による可能性が高いとも」

「なるほど……。しかしながら、ナリ。何故その様な事件の事を、我々に教える?」

「……端的に言えば、手を貸していただきたいからです」

もはや何度目かもわからぬ、顎が変に痛み出す程にした、大きな欠伸を一つし、そのまま涙の流れ出ていく方へと顔を向けると、切り揃えられた黒にも近い青紫色の髪をしたナリが、その小さな身体を、更に縮こめ、如何にも胡散臭く、プレシエンツァへと頭を下げている姿が目に入る。

「……ふ~ん、それで、その件も私たちのせいにしようってことかしら?」

「……そうです」

「……嫌な感じ~。貴方が弟君と違って、そんなに素直な子じゃないってことは知ってるのよぉ?」

「……褒め言葉と受け取っておきます。しかしながら、貴方がたのお力を借りたいのも事実です。我々幹部は蹶起の準備に追われているため、代わりに魔物の族長たちが今一件に関わっているのですが、生憎、目ぼしい成果は上げられていません。そのため、貴方がたに調査を手伝っていただき、その姿を族長たちに見せることで、今一件と蹶起を結びつけ、両方を同時に解決したいと我々は考えているのです」

「あらぁ、それじゃあ真犯人は野放しにするつもり~?」

「……それも貴方がた任せになります」

「んふふ~、ひどい話ねぇ?自分から謂れのない罪を被らなくちゃいけないなんてねぇ~?」

「……コハブ壊滅の件を鑑みれば、妥当な判断だと思っております」

「……」

とことんこちらを馬鹿にし、見下すナリのその、何とも魔物らしいと言えばらしい傲慢な態度に、もはや怒りを通り越して、呆れて物も言えそうにはなかった。

確かに、コハブ壊滅の件は、破壊した張本人であるターイナちゃんや、それを誘発させてしまったアルちゃんよりも、私やプレシエンツァによる采配に問題があったのは隠しようのない事実だが、だからと言って、“あの人”を甦らせる方法が見つかった今、こうも連中の言いなりになるのは、どうしようもなく癪に障る。

もっとも、私がどう思い、何を考えようとも、長男であるプレシエンツァの決定に大きな影響があるかと聞かれれば、そんなことはかなり少ない、現に今回もそうであろう。

「ふむ、まぁいい。仕方がないが、その件は我々が引き受けるとしよう」

「そうですか、なら……」

「だが、いくつか条件もある」

「なんでしょう?」

「まず、犯人である魔物の生死と、その者たちとの戦闘における各国への被害については、責任を問わないこと。次に、蹶起が鎮圧された後の我々の待遇を保障しておくこと。そして、最後に……」

「……」

「今後一切、とまでは言わないが、当分はそちらに手を貸さないこと。この三つだ」

得意げな笑みさえも浮かべぬ、むしろ、どこか怒りを滲ませた、ひどく“人間らしい”表情で、“個人”らしい条件を口にするプレシエンツァに、ナリはお手本の様な顰めっ面を向けたが、暫くの間、その手を口元に宛てがいながら熟考すると、渋い顔で頷いた。


「ちょっとだけ意外だったわ~。貴方があんな条件を付けるなんて~」

薄暗く、冷たい闇が中々に晴れない窓の外で、月よりも金色に輝く体毛に覆われた、大狼の姿へと変身したナルヴィと、それに跨るナリを見送ると、朝食の分と合わせれば、もはや何杯目かも分からぬ、出来上がったばかりらしい、お手製の紅茶を啜るプレシエンツァへと顔を向ける。

「“勇者気取り”の貴方なら、ま~た、へこへこしながら、彼らの言う事を聞くと思ったのにぃ~」

「心外だな。私とて、何も考えずに、彼らに従っている訳ではないさ」

「どうかしらねぇ~?過去の自分を振り返ってみなさいよ~」

「……ただ、“彼女”の目覚めが近いと分かったあたりから、少々やる気が失せたのも、事実かもしれないな」

ソーサーへと乗せたティーカップを机へと置き、一息つくかの様に、ソファに腰を下ろすと、ぼんやり指先あたりを見つめながら、自身を嘲笑するかの如く、プレシエンツァは小さな笑みを浮かべる。

そもそも、プレシエンツァが魔王に手を貸し、世界の安定を目指したのも、“彼女”を甦らせる、その過程において、都合の良い立ち位置を得るためであり、何も自分たちを捨てようとした各国が憎くかった訳でも、シエルや魔物たちの繁栄を望んだ訳でもない。

それ故、あの屋敷において、アルちゃんが見つけた方法により、“彼女”が甦るというのなら、もはや魔王と手を切り、彼女たちが計画しているらしい蹶起についても、今更ながらに知らぬ存ぜぬを通することも出来るのだが、そうしないのは、彼なりの、スレイプニルたちの様な、これまでを共にしてきた人情の優しさか、或いは“勇者”らしさを求める健気さ故か。

「まぁ、身体慣らしにはちょうどいい。トゥバンたちに、リウやアトゥたちが帰って来たら、事情を説明し、此処リオートの件を依頼するよう伝えておけば、シエルを除く各国に向かう分には、我々だけでも頭数は足りる」

「誰も行きたい~、なんて言ってないんだけどぉ~?」

「ならば、此処で“彼女”が目覚めるのを見守っていてくれても構わないぞ?」

「……わかりましたぁ~。それもなんだか嫌だから、行きますぅ~」

正直なところ、“彼女”が甦ろうと甦るまいと、私には大した意味のあることではないが、もし本当に“彼女”がこの世界に帰ってくるのだとしたら、“彼女”を裏切り、殺した私は、一体どの様な顔をして出迎えれば良いか分からないのだから。







最も近いリオートを、買い出しへと出掛けたリウやアトゥたちに任せる旨を、彼らが戻って来たら伝えるよう、最も信頼のおけるトゥバンを含む、留守番組に頼むと、シエルを除く、テール、デゼール、ヴァルカン、ヤム、ハルの各国の中でも、例の事件が発生しているらしい、領土内では僻地と呼んでも過言ではない、他国との境界線近い場所へと、一人ずつターイナちゃんの魔法で跳んでいく。

私が任されたのは、何の因果か、或いは、腹黒いプレシエンツァの嫌がらせか、シエルとの国境に程近い、三年前には私が“レイダット・アダマー”の指揮官として、長らく過ごした砦であったであろう、ヨルムンガンドにより破壊された瓦礫の残骸が、遠目ながらに見える、テールの国だった。

「あれから三年……。案外、時も止まるものね……」

あの蹶起以後、なけなしの人らしい心で感じる、微かな罪悪感から逃れるため、此処に立ち寄るようなことも無く、この三年間、悠々とリウちゃんを探しながら暮らしてきたものだが、こうも綺麗な形で、復興も、解体もされず、まるであの一件に触れることなく、そのまま忘れ去られることを望まれたかの様な、破壊されたあの砦と、こんな風に再会をすることとなるとは、夢にも思っていなかっただけに、どうにもおかしな気分になる。

そして、そのおかしな気分は、嫌がらせの様に、後味の悪い過去たち、特に、最後に“あの子”がリウちゃんに見せた、どうしようもない程にすっきりとした、まるで穏やかな笑顔と、それによく似た顔ながらも、荒みきった、血塗れの笑みを向けた、あの“女”を思い出させた。





“家族を殺した、貴方たちを……絶対に殺す……!”





互いに満身創痍となっても、決して弱音などは吐かず、揺らがぬその想いをぶつけてきた“あの女”が、どうして私たちの命を付け狙うのか、今ならば分かる気がする。

……そりゃあ、“家族”を殺されれば、怒るわよね。

平和の為と称し、無作為に選ばれた両親を、私やアトゥちゃんたちに殺され、その仇であると思い込んだ魔物たちを殺すべく、レイダット・アダマーに入った“妹”もまた、奇しくも、私たちのきょうだいであるリウちゃんに殺されたとあっては、本来ならば如何に寛大な心の持ち主であっても、許そうなどという、想いはほんの数滴でさえ、心の底に湧き出ることはあるまい。

無残な姿を晒し、己の復讐心を癒す為、元は弟の友であった者の首を切断させ、その家族さえ奪うよう勧めた、私の様な、至極“人間らしい”者では余計に、だ。

しかし、逆にその“人間らしさ”があるからこそ、“あの女”の悲しみや怒りなどに共感して、むざむざと情け無くやられるつもりも、これ以上家族を傷つけさせるつもりもない。

再び現れるのならば、如何なる事情や、想いに浸っていようとも、私を含めたきょうだいたちが受けた痛み以上の苦痛を与え、この胸の奥で、煮えたぎる復讐心を宥めるための慰みものとした後、確実にその息の根を止めるだけだ。







微かながらとはいえ、胸の奥底にしまい込んでいた、後ろめたい想いを思い起こさせる、砦の残骸から目を背け、魔物による例の事件が起こっているらしい、見たことも、聞いたこともない程に小さな村へ、シエルから続く、緩やかな丘陵地帯を歩いて行くと、それは、何度も地図を確認するまでもなく、すぐに見つかった。

もはや黒煙こそ上っていないものの、黒く焼け焦げ、押し潰された様に破壊された建物に、嗅覚をそのまま突き刺さんばかりの、ひどい腐敗臭を漂わせる、そこらじゅうに放置された、魔物たちの死骸が、美しい朝日に照らされたこの村こそ、目的地で間違いないだろう。

鼻をつまみながら、近場に転がる魔物の死骸を、石ころを蹴る感覚で蹴りつけ、その顔を一つ一つ確認し、入れそうな建物の中を確認していくが、ナリから聞いていた通り、人間という人間の姿は何処にもない。

……なるほど、確かに不可解な事件だ。

魔物の死骸が転がっているということは、この村を襲撃した者たちは、それなりの力量を持ち合わせているということを意味するが、それならば人間たちを殺すことなど、更に容易なことのはず。

しかし、人間の骸が一つも見つからないということは、襲撃者たちは、その理由は分からないが、此処で暮らしていた者たちを、生かしてか、殺してかは別にしても、連れ去った、或いは、“消し去った”可能性が高い。

“消し去った”、というのは、別に手品の様に、他者の目の前で忽然と、その姿形を消すことだけを指している訳ではなく、地中に埋める、もしくは、“胃にしまう”なども含んでいる。

要するに、襲撃者は、人肉を喰らう変態的な異常者でも、規制が強まり、そもそも奴隷商自体がやり辛くなった事を知らぬ、時代遅れな人攫いでもなく、“魔物”であると踏んでいるのだ。

各地で事を起こしているのが魔物であるとすれば、各街や村に住む魔物たちが、こうも情けなく全滅したことにも、それなりに合点がいく上に、人間たちはその姿を血肉へと変えられたとも考えられよう。

ただ、逸話や伝説上とは違い、人間などよりも、遥かに理性的で賢い魔物たちが、畏れ敬う魔王の、その“平和を愛する心”に反するであろう、こんなことを、利己的な想いのままに起こすだろうか。

それに、もしも自己の欲求を満たさんが為の行動であれば、ナリの推測同様、こうも似た様な事件が各地で多発するとは考えづらく、何かしら組織された者たちが動いていると考えられるのだが、それにしては、小さいとはいえ、遠目でも分かる程に街や村などを破壊し、結果として、魔王の側近たちに、この事件を発覚させてしまっているところを見ると、どうにも組織としては、賢く、統率の取られた者たちでもない気がするのだ。

……また、か良からぬことを考えているのかしら、“彼女”は。

そもそも、“あの女”の襲撃が無ければ、魔王は我々、というよりも、プレシエンツァたちに、現在画策されている蹶起において、“名誉の死”を決定づけられたらしい、黒龍という魔物を、どういう訳か返り討ちにさせようとしていた。

何故、魔王がその黒龍を謀殺しようとしたのか、その真意は分からぬが、少なくとも、出会った当初の魔物至上主義を高らかに掲げ、三年前の蹶起の準備として、ソレイユやフェンガリなどの街を犠牲することに、ひどく反対していた、“優しい”魔王も、この世界の“虜”となり、人と魔物を“平等”に扱う意思を持ったのは確かだろう。

まぁ、魔王がどんなに変貌しようとも、その基盤を徐々に失いつつ、ましてや、その者たちが我々側へと転がり込んでいる中では、たとえ一騎当千といえど、そう易々と、大好きなこの世界を破壊してまで、私たちを殺そうとするはずない。

ならば、今は“手切れ金”として、彼女の面子を保つよう努力してあげた方が、お互い円満に別れることが出来るというものだ。



「「此処で何してるの~?」」

一通り村の中を、横たわる死骸を転がしながら見て歩き、すっかり馬鹿になってしまった鼻は、漂い続けているであろう、むせ返る程の腐敗臭すら気にしなくなった頃、ぼんやりと瓦礫の山に腰を下ろし、温かな太陽の光に照らされたまま、眠気とそれに伴う欠伸に襲われていると、不意に、微かな違いこそあれ、まるで合唱でもするかの様に重なった、幼い声が背中にぶつかってきた。

振り向くと、そこには、ハルの国でよく見かけた、着物に身を包んだ、ナリ以上に、ぴったりと切り揃えられたおかっぱ頭の、男の子とも、女の子とも見える、まるで片方は鏡に映したかの如く、そっくりな姿形をした子どもたちが、不思議そうにこちらを見つめていた。

「あらぁ~?可愛らしい子たちねぇ~?こ~んな場所に何か用事かしら?」

「「おばさんこそ、こんなところに用事?」」

「お、おば……。ちょっとだけ用事があってねぇ~。それとぉ、私はまだお姉さんよ~?」

「「ふ~ん……。でも、此処には誰ももいないよ?ちょっと前に、皆殺されちゃったの」」

「……そうなの、知らなかったわ。でも、じゃあ、あなたたちはどうしてこんな場所にいるのかしら?」

「「探してるの」」

「誰を?」

「「その犯人を」」

「どうして?」

「「魔王様に頼まれたから」」

互いに違う言葉を発する事のない、何処と無く不気味ささえ感じる子どもたちの正体が人間ではなく、魔物、それも朝方、ナリが告げていた、魔王にそれなりに近しい者たちなのだと分かると、自然、朝にも関わらず、リオートにいた時以上に背筋に寒気を走らせる気味の悪さと、絶えず襲いかかってきていた眠気は消えた。

……なるほど、この子たちが族長か。

ナリの話によれば、今回の一件は幹部たちではなく、更に下の、多様な魔物たちを種族ごとにまとめる、各族長たちに任されているらしいが、なかなか解決には及ばず、また大した結果も得られていない故、私たちがその力を、ばれぬよう貸し、事件を静かに収束させると同時に、今一件を今後の蹶起に関連づけさせ、各国に余計な不安を与えぬよう画策しなくてはならないらしい。

正直、あまりに無理難題な“手切れ金”だが、何とかして達成せねば、このどうしようもなく拗れ、捻れた関係をずるずると引きずることとなり、余計厄介な絡み方をされるに違いない。

しかし、事件を収束させるのはともかくとして、我々の存在をも匂わせなくてはならないとなると、そもそもこの事件を解決出来ない、頭の固い族長たち相手では、ひどく難しい気がするのだが、一体どうしたものか。

「「ねぇ、ねぇ、お姉さんのその“白髪”はやっぱり地毛?」」

「えっ?」

自らの存在をどのようにして匂わせるかを考えていると、子どもたちは自身の頭を指差しながら、首を傾げ、特段他意のなさそうな顔をこちらへと近づけて来る。

そういえば、我々の追討が決まったのは、例の黒龍が族長を交えた会合において、その意図こそ不明なものの、我々の危険性をこれでもかと告げ、魔王が仕方なく折れる、という体をとった謀殺を企んだ結果故だが、だとすると、他の族長たちもまた、我々を討つ気があるかどうかは別としても、存在自体は知っているはすだ。

ならば、それを上手く利用してやれば、今回の一件もまた、我々によるものだと錯覚させることが出来るかもしれない。

「……えぇ、そうよぉ?それが何かあるの?」

「「うぅん。でも、“ある魔物“がお姉さんの様な“白髪”の子たちを探してるの」」

「そぅ……。それって、もしかして、こく……」





「「危ない」」





手遅れとは思いつつも、微かに耳に届いた風切り音から逃れるべく、慌てて口をつぐみ、姿勢低く、二人の方へと飛ぶと、予想とは裏腹に、背中に痛みらしい痛みは襲って来ず、代わりに鈍い音と、盛大な舌打ち音が周囲にこだまする。

「ちっ……。人間の子どもではなかったのか……」

「「……」」

崩れかかった体勢を立て直しつつ、風切り音などがした方へと顔を向けると、今までは存在しなかった、大きさこそ大した事のないものの、巨木の様に幹の太い木が、いつのまにか背後に忍び寄っていたらしいひどく豪華な装飾の施された“鎧のみ”を身につけた、、何処か見覚えのあるリザードマンの、恐らくそのまま振り下ろされていれば、こちらを切り裂いていたであろう剣を受け止めていてくれていた。

「……助かったわ。さすがは族長さんね?」

「「やっぱり、お姉さんは黒龍が探していた“勇者”何だね?」」

「それは知らない方がお互いのためっ……!」

木に剣が突き刺さり、抜く事に手を焼くリザードマンへ、すかさず魔力で創り上げた剣片手に飛び掛かるも、その剣が振り下ろされるよりも早く、リザードマンは器用に体勢を変え、こちらの手首をあたりを蹴ると、その反動を活かして、剣を抜き、またその場から離脱する。

「なるほど、“白髪”に植物の族長か……。どうやら、俺は少々安易に手を出し過ぎたらしい」

「んふふ……。なら、そのまま尻尾を巻いて、お仲間の皆の所へ案内してくれても良いのよ?」

「ふん、まぁいい……。どうせ逃げ帰った所で、いずれはばれること。それならば、お前たちも殺してしまった方が利口というものだっ!」

生まれ持った種の資質と、リウちゃん以上に装備が少ない故か、リザードマンはすさまじい早さで再びこちらへと距離を詰めると、手に持った剣を横薙ぎに振るい、私と子どもたちを同時に攻撃する。

しかし、それを受け止める事なく、私と名も知らぬ二人の族長はさっと後ろに飛ぶだけで避ける。

私やこの子たちの正体を何となく知っておきながら、同時に相手をしようとするあたり、相当自分の力量に自信があるように見受けられるが、攻撃の速度からして、それでも所詮は単なる魔物の域を出てはいない。

……一体何処からそんな自信がやって来るのか?

不思議というよりも妙な違和感に、治りきらぬ傷が疼くのを感じつつも、魔法で創り上げた虹色の剣を前方より無数に飛ばし、それらの対応に追われている隙に、後方より、他の物以上の魔力を込めた剣で心臓を突き刺す、三年前の戦いにおいては、先を読めるプレシエンツァすら苦しめた、自身が最も得意とする戦法を仕掛ける。

リザードマンは前方から向かって来る無数の剣を弾き、或いは避けながら、何とかこちらへと近づこうと奮闘するが、当然、こちらの考えなど読めぬ故、背後に忍び寄る剣の存在にはまるで気付かず、呆気なくも、その胸を貫かれ、地面へと倒れ込んだ









……かに見えたが、その豪華な鎧ごと胸を貫かれたはずのリザードマンは、倒れ込む済んでのところで、手に持っていた剣を地面へと突き刺し、何とか体勢を立て直すと、あろうことか、自身の胸を一直線に貫通した剣の刃を掴み、おもむろに引き抜いた。

「随分、姑息な手を使ってくれる……。だが、生憎今の俺にはきかんな……」

「「どういうこと……?」」

「……」

さすがの族長も、傍目には致命傷に違いない攻撃を受けたにも関わらず、平然と喋る相手に困惑したのか、愛らしいその顔の眉間に皺を寄せるが、正直なところ、最も困惑、ないし恐怖しているのは、一滴の“出血”もなく、また、穴の空いた胸を、私が創る剣などよりも、ずっと淡い虹色をした粒子が覆う、その光景に見覚えのある私自身だった。

……何故、あんな奴がリウちゃんと同じ“勇者”の力を持っている?

スクレちゃんの様に、我々とはまた違う施設で創られた存在だというのなら、まだ納得出来なくもないが、魔物がその力を有しているなど、本来ならばあり得ないことのはず。

しかし、目の前の、何処か見覚えのあるリザードマンは現にその力を行使しているが故に、私の一撃に耐え、こうして生きている。

もっとも、たとえ、無数の“命”を保有していようとも、ガルちゃんやリウちゃんの様に、元の戦闘の能力がずば抜けて高い訳でも、私やターイナちゃんが創り上げた装備の様に、“命”を吸い取り、それを装備者の力に変える訳でもないため、時間は掛かるだろうが、殺すのは恐らく可能だろう。

だが、安易に殺しては、この魔物が何故リウちゃんと同じ力を持っているのか、その理由を聞き出すことが出来なくなる。

……ならば。

体勢を直しかけたリザードマンの両手足に狙いを定め、再び無数の剣を飛ばす。

「ふん、また同じ……!?」

同じ戦法だと“錯覚”したらしい奴は、今度は背後に注意しながら、飛んでくる剣を次々に捌き落としていったが、遂にとあるものに脚を“掴まれ”、その身体を地面へと打ち付けた。

「さっすが族長さん。やるぅ~」

「「いぇ~い」」




瓦礫の下を音も無く這いずっていた、子どもたちがその着物の裾から、密かに伸ばしていたつる状の植物はどんどんとリザードマンの身体に覆い被さり、身動きを封じていく。

「くっ!くそっ!こんな植物ごときに!」

「駄目よぉ~?そんな動いちゃ~」

無理矢理にでも動かそうとする、強情な手足に向け、気休め程度の剣を突き刺す。

すると、その手足は普通の人間や魔物の様に、周囲に血飛沫を飛ばしながら、リザードマンの身体から切り離された。

淡い虹色の粒子は、もはや治す価値すらないかの様に、その傷跡を覆うことはなかった。
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