もう、追いかけない

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 恥を忍んで打ち明けたのだ。
 彼に人の心があればきっと考え直してくれるはず。
 しかし、目の前の男は、私の常識の範疇には収まらないほどの人でなしであった。

 「駄目だ」

 「は!?」

 その間約数秒。
 ほとんど、いやまったく考えもせずに即答だ。

 「おい、閉めろ」

 「ちょ、ちょっと待って!!」

 男は部下に馬車の扉を閉めさせると、再び踵を返した。
 (信じられない!)
 見ず知らずの物騒な男たちが聞き耳を立てる中、乙女にここまで恥ずかしい告白をさせたにもかかわらず、聞くだけ聞いて結局却下なんて。
 これではただの見世物ではないか。
 (なんて性格の悪い男なの!!)
 急速に頭に血が上った私はなんとか扉を開けようと必死で抵抗した。
 しかし男はドンドンと扉を叩いて抗議する私を知らん顔で、集まってきた侯爵家の騎士たちに、なにやら指示を飛ばしている。

 「みんな!お願い、扉を開けて!」

 指示を受け、騎士たちは私と男の顔を交互に見ながらおろおろしている。
 仲間が殺されてしまったことがショックで狼狽えているのだろうか。
 しかしよく見てみると少し違う、とても困惑したような顔つきだ。
 兵の数が圧倒的不利で、分が悪く何も言えないのだろうか。
 だが主の意思が無視されようとしているのだ。
 命を捨てる覚悟で立ち向かって欲しいなんてこれっぽっちも思わないが、せめて抗議くらいしてくれてもいいのではないだろうか。
 しかし無情にも馬車は望まぬ方向へ向かって走り出す。
 生まれて初めて感じる激しい怒りに、怒鳴り散らすルツィエルを乗せて。



 「……可哀想に」

 離れていく馬車を眺めながら、男の部下は呟いた。

 「せめてお顔くらい見せて差し上げれば良かったのでは?コートニー侯爵令嬢はこの三か月、帝都で相当つらい想いをされたでしょうに」

 彼の主──黒装束の男は、馬車が見えなくなるのを確認すると、被っていたフードと口元を覆っていた布を取り払った。
 現れたのは、恐ろしいほどの美貌の持ち主。
 腰まである絹糸のような銀の髪はひとつに束ねられ、透き通る紫水晶の瞳は月の光を受け、闇夜に妖しく輝いている。
 
 「あれだけ私を想っているくせに、偽物との見分けもつかなかったのだ……だからやめた」

 「まあ、この状況ならやめといて正解かもしれませんね。コートニー侯爵令嬢、殿下のことを相当美化してましたし……って、気持ち悪い笑い方するのやめてもらえません?情熱的な告白をされて、嬉しいのはわかりますけど」

 喜びを隠しきれない主の気持ち悪い微笑みに、部下は溜息をつく。
 陰ながら見守ってきた令嬢の成長を嬉しく思う反面、主の性格の悪さが際立ち頭が痛い。
 あの淑やかで心の優しい令嬢が、我を忘れて怒鳴り散らすほど底意地の悪いこの主の名は、エミル・バルダーク=フェレンツ。
 正真正銘このフェレンツ帝国の皇太子だ。
 
 


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