もう、追いかけない

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 「シーツよし、クッションの数よし……あとはなにかあるか?」

 「殿下、ご心配なさらずともルツィエル様は別室でお休みいただきます」

 ベッドメイクの確認をする私の背後から、入口に控えていたはずのラデクの声が聞こえてきた。
 振り向けば、ラデクは仏頂面でこちらを見ている。

 「なにを言ってる。寝ている時が一番危険なんだ。私が側にいなければ」

 「恐れながら、殿下の側がこの世で一番危険です。ルツィエル様がこの部屋で一夜を過ごすなんて、飢えた獅子の檻に鮮度抜群の高級生肉を惜しげもなく放り込むようなものです」

 「ラデク。お前、私がそんな男に見えるのか」

 「今の殿下は娘を持つすべての父親の敵です」

 「いくらなんでも、ルツィエルが望まないことはしない」

 だが私がいくら言おうがラデクは信じない構えだ。

 「あのな、確かに今すぐルツィエルと結ばれたいという気持ちはあるさ。だが今はしない」

 「なぜです」

 「今回の件についてまだ問題が散らかり放題だからだ。ルツィエルだってこの状況下では落ちつかないだろう。それに私の予想では、皇宮に本当の嵐が吹くのはこれからだ」 

 「本当の嵐……?」

 「父上が言ってただろう。バラーク一門を斜陽に追い込み、芋づる式に関与した奴らを捕らえると」

 「それがなにか?」

 「種芋がバラーク侯爵なら、それほど収穫は期待できないだろうに」

 徒党を組んでの計画であれば、こんなまどろっこしいことをする必要なんてない。
 ではバラークすら操り人形だったとしたら?
 バラークを操れる人間なんてもう限られている。
 いくつか思い当たる中でも、奴が命運を託すような力のある人間はひとりしか思い浮かばない。
 (父上が狙っているのはもしかしたら……)

 「推測の域を出ないが……生前退位をあっさりと認めたのも、それが理由なのだとしたら説明がつく」

 「殿下……?」

 まさかとは思った。
 けれどもし当たっていたとしたら、あの人間的に問題ありまくりの父親が、善政を敷き帝位に君臨し続けてまで守りたかったものは──

 「殿下!」

 その時、コートニー侯爵を見送りに行っていたルツィエルが、息を切らして駆け込んできた。

 「お帰りルツィエル。遅かったね」

 「あの、実は皇后陛下にお会いして、お茶をご馳走になっていました」

 「母上と?」

 「はい!あの、殿下」

 「なに?」

 まさか母上からなにか言われたのだろうか。
 しかし母上は昔から親友の娘であるルツィエルのことをとても可愛がっていたから、その心配はないだろう。
 だとすればこの鬼気迫るような表情は一体──

 「殿下、ごめんなさい。私、私……!」

 「どうしたルツィエル!?」

 「私、殿下にずっと無理をさせて」

 ルツィエルの大きな瞳からは涙が溢れだした。
 私にずっと無理をさせてきた?いったいどういうことだ。
 しゃくりあげ始めたルツィエルをなだめるように声をかける。

 「ルツィエル、私はなにも無理なんてしていない。いったいどうしたんだ?母上が君になにか言ったのか」

 「いいえ。皇后陛下はなにも……ただ、とても大切なことを気づかせてくださいました」

 「大切なこと?」

 「はい。殿下、私、殿下がどんなに乱暴者で性格がねじれていても、殿下のことが大好きです!」

 背後で『ブフォッ!!』と、ラデクが盛大に噴き出した。
 私が乱暴者で性格がねじれている?
 その通りだが馬鹿な。
 これまで妖精の化身として完璧に振る舞ってきたのだ。
 ルツィエルにばれるはずがない。

 「ルツィエル、なにを言ってるんだ。そうか、宿場でのことを言っているのなら、あれは君に正体を明かすわけにいかなかったから、わざと粗暴に振る舞っただけだ。誤解したのなら謝る。怖かったのだろう?」

 「違います!殿下、どうかこれ以上私の前ではご自分を偽らないでください!」



 
 
 
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