5 / 32
4
しおりを挟む今思えば、あの浮気現場が彼との最後になるだなんてあんまりすぎる。
六年も一緒にいたのに、彼はエスコートの時以外は決してサラに触れようとしなかった。
さすがに経験のないサラがあの時のふたりと同じ行為をするのはハードルが高すぎるが、せめてキスとかハグとか、一度でいいから恋人らしいことをしてみたかった。
(正直な気持ちを伝えていたら、なにか変わったのかしら……)
今さら考えても仕方のないことが頭の中をぐるぐると回る。
生き残るためには、彼との未来を諦める選択肢しかないのに。
「アルベール様に対して思うことなんて何もありません……本当に体調を崩してしまっただけなんです」
無理して笑顔を作るサラに、アルベールは眉根を寄せた。
「私には身体よりも、心の調子が悪いように見える」
「アルベール様……」
「私のことでなくても、悩んでいるなら話して欲しい。それとも君にとって私はそんなに頼りにならない男なのだろうか」
「そんな、違う……違います!」
アルベールが頼りにならないなんて、そんなこと考えたことも思ったこともない。
「アルベール様より頼りになる方なんておりません。私はただ──」
「ただ?」
憂いを帯びた顔から放たれる色気が凄まじくて、目が潰れそうだ。
アルベールは一瞬たりとも目を逸らさずに、続く答えを待っている。
(どうしたらいいの)
サラは喘いだ。
彼がこんなに真剣なのは、現状私が彼にとって一番利のある存在だから。
そして政略結婚とはいえ、良い関係を築こうと大人の対応をしてくれているだけなのだ。
勘違いしてはいけないことくらいわかっている。
けれど、アルベールにこんな風に見つめられるのは初めてで、彼の瞳に自分だけを映してもらえていることにどうしようもなく喜びを感じてしまう。
殺されてもまだ好きだなんて、自分はどうしようもない馬鹿だ。
今からこの調子では、また今世も殺されてしまうかもしれない。
(それならいっそ、今までできなかったことをしてみる……?)
彼のために頑張ってきた自分へのご褒美だ。
少しくらい望んでも罰はあたらないのではないか。
サラの心にこれまでとは違った考えが芽生えた。
「……アルベール様……」
サラは躊躇いながら、アルベールの胸へ手を伸ばし、顔を寄せた。
サラよりも少し高い彼の体温で温められた香水の香りが鼻腔を満たす。
サラはそれを堪能しつつ、うっとりと目を閉じた。
「……不安なのです。アルベール様のことが好きで、大好きで……だから不安でたまらなくなってしまったの」
サラの告白に、アルベールは指ひとつ動かさなかった。
(動揺もしてくれないのね)
彼にとって自分がいかに取るに足らない存在なのか思い知らされたようだった。
顔が見えないことを幸いに、サラは大胆な行動に出た。
両腕を彼の背中に回して強く抱きしめたのだ。
そう、あの日見たマリのように。
943
あなたにおすすめの小説
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!
恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。
誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、
三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。
「キャ...ス...といっしょ?」
キャス……?
その名を知るはずのない我が子が、どうして?
胸騒ぎはやがて確信へと変わる。
夫が隠し続けていた“女の影”が、
じわりと家族の中に染み出していた。
だがそれは、いま目の前の裏切りではない。
学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。
その一夜の結果は、静かに、確実に、
フローレンスの家族を壊しはじめていた。
愛しているのに疑ってしまう。
信じたいのに、信じられない。
夫は嘘をつき続け、女は影のように
フローレンスの生活に忍び寄る。
──私は、この結婚を守れるの?
──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの?
秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。
真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
私のことを愛していなかった貴方へ
矢野りと
恋愛
婚約者の心には愛する女性がいた。
でも貴族の婚姻とは家と家を繋ぐのが目的だからそれも仕方がないことだと承知して婚姻を結んだ。私だって彼を愛して婚姻を結んだ訳ではないのだから。
でも穏やかな結婚生活が私と彼の間に愛を芽生えさせ、いつしか永遠の愛を誓うようになる。
だがそんな幸せな生活は突然終わりを告げてしまう。
夫のかつての想い人が現れてから私は彼の本心を知ってしまい…。
*設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる