【本編完結】婚約者と別れる方法

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 今思えば、あの浮気現場が彼との最後になるだなんてあんまりすぎる。
 六年も一緒にいたのに、彼はエスコートの時以外は決してサラに触れようとしなかった。
 さすがに経験のないサラがあの時のふたりと同じ行為をするのはハードルが高すぎるが、せめてキスとかハグとか、一度でいいから恋人らしいことをしてみたかった。
 (正直な気持ちを伝えていたら、なにか変わったのかしら……)
 今さら考えても仕方のないことが頭の中をぐるぐると回る。
 生き残るためには、彼との未来を諦める選択肢しかないのに。

 「アルベール様に対して思うことなんて何もありません……本当に体調を崩してしまっただけなんです」

 無理して笑顔を作るサラに、アルベールは眉根を寄せた。

 「私には身体よりも、心の調子が悪いように見える」

 「アルベール様……」

 「私のことでなくても、悩んでいるなら話して欲しい。それとも君にとって私はそんなに頼りにならない男なのだろうか」

 「そんな、違う……違います!」

 アルベールが頼りにならないなんて、そんなこと考えたことも思ったこともない。
 
 「アルベール様より頼りになる方なんておりません。私はただ──」

 「ただ?」

 憂いを帯びた顔から放たれる色気が凄まじくて、目が潰れそうだ。
 アルベールは一瞬たりとも目を逸らさずに、続く答えを待っている。
 (どうしたらいいの)
 サラは喘いだ。
 彼がこんなに真剣なのは、現状私が彼にとって一番利のある存在だから。
 そして政略結婚とはいえ、良い関係を築こうと大人の対応をしてくれているだけなのだ。
 勘違いしてはいけないことくらいわかっている。
 けれど、アルベールにこんな風に見つめられるのは初めてで、彼の瞳に自分だけを映してもらえていることにどうしようもなく喜びを感じてしまう。
 殺されてもまだ好きだなんて、自分はどうしようもない馬鹿だ。
 今からこの調子では、また今世も殺されてしまうかもしれない。
 (それならいっそ、今までできなかったことをしてみる……?)
 彼のために頑張ってきた自分へのご褒美だ。
 少しくらい望んでも罰はあたらないのではないか。
 サラの心にこれまでとは違った考えが芽生えた。

 「……アルベール様……」

 サラは躊躇いながら、アルベールの胸へ手を伸ばし、顔を寄せた。
 サラよりも少し高い彼の体温で温められた香水の香りが鼻腔を満たす。
 サラはそれを堪能しつつ、うっとりと目を閉じた。
 
 「……不安なのです。アルベール様のことが好きで、大好きで……だから不安でたまらなくなってしまったの」

 サラの告白に、アルベールは指ひとつ動かさなかった。
 (動揺もしてくれないのね)
 彼にとって自分がいかに取るに足らない存在なのか思い知らされたようだった。
 顔が見えないことを幸いに、サラは大胆な行動に出た。
 両腕を彼の背中に回して強く抱きしめたのだ。
 そう、あの日見たマリのように。
 
 

 
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