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しおりを挟むアルベールは許された時間ぎりぎりまでサラに寄り添い、王宮へと帰っていった。
何度も優しくサラの頭を撫でる彼の目は慈しみに満ちていて、愛されているのではないかと錯覚してしまうほどだった。
(でも、本当に私を愛していたら、マリとあんなことはしないはず)
完璧なアルベールは感情のコントロールだって完璧だ。
愛してるフリくらい余裕でできるだろう。
それに彼は最中一回もサラに対し『好きだ』とか『愛してる』とは言わなかった。
なにより彼は服を着たままで、欲を放っていないのだ。
(マリとはしてたのに、ぐっちゃんぐっちゃんにしてたのに!)
サラはちゃんと自分の気持ちを伝えたのに、それをはぐらかすようにあんなことをして。
心の中が切ないような悔しいような気持ちでいっぱいになる。
(ん?)
そこでサラの頭にとある考えが浮かんだ。
──もしかして、アルベール様はとんでもない遊び人なのでは
あり得る。
だってあんな完璧な人が下半身まで品行方正なんて出来すぎてる。
王太子なら遊び相手もよりどりみどり、邪魔になったら秘密裏にすぐ始末できる。
私がそうだったように。
(色々間違えたかも……)
あの時気持ちを伝えるのではなく、やはり婚約解消について申し出ていれば良かったか。
いや、でも遊び人説はただの勘違いで、婚約者としてサラと次のステップに進むべきだと冷静に判断した上での行動だったのかも──
「うーっ、わからなすぎる!!」
サラは叫び、激しく懊悩した。
だがひとしきり悩み冷静になると、あの時の情景がくっきりはっきりと脳裏に浮かび、音声まで流れる始めるもんだから、再び苦悶の時間が始まってしまう。
終わらないループにサラの精神状態は悪化の一途を辿った。
「欲張らなければよかった……」
六年間のご褒美をもらおうだなんて、厚かましすぎたのだ。
「……もう、どうすればいいの……」
あと二ヶ月後には結婚の日取りが正式に決まってしまう。
そして満を持したようにマリがやってくる。
今回もサラの気持ちを無視して周りは動くのだろう。
そうなると、やはり今世も殺される運命なのか。
(そうだ……修道院……)
前世は行動を起こすのが遅すぎたから暗殺者を雇われてしまったのだ。
それならもういっそ今からでも修道院へ入ってしまえばいいのでは。
(でも……何の理由もなしにそんなことしたらお父さまとお母さまが……)
やはり修道院へ行くにはマリが現れて、問題が起きてからでないと、我がオースウィン侯爵家だけが一方的に責任を問われることになる。
それならマリが現れたらすぐにアルベールの行動に注視して、証拠を掴んだらすぐに修道院へ行く──これしかないだろう。
(アルベール様と会うのもあと二回……)
きっと次は何も起こらない。
今回はサラがわがままを言ったから、恋人同士の真似事を経験させてくれたのだ。
若干……いや、かなりハードな経験だったが何せマリとあんなことをしていたくらいだ。
彼にとってはあれくらい普通のことなのだろう。
そしてあの日からひと月が経った。
サラは新しく仕立てた淡いベージュの生地に赤い小花柄の刺繍が施されたドレスに身を包み、アルベールとの茶会へ向かった。
いつもなら心躍る道中だが、サラの心は現在死の舞踏真っ最中。
あんなことがあったあとで、どんな顔をして会えばいいのか。
王宮が近づくにつれ、嫌な汗が背中を伝う。
正門広場の馬車停めに降りると、そこには栗色の長い髪を後ろでひとつに束ねた長身の青年が立っていた。
「サラ様、ようこそおいでくださいました」
「まあ、お迎えにきてくださったのですか?ありがとうございます、ロイ様」
彼はアルベールの乳兄弟で側近のロイ。
アルベールには遠く及ばないが、整った顔立ちの青年だ。
「ロイ様がいらっしゃったということは、アルベール様は政務が長引いていらっしゃるのですね」
「その通り、さすがよくおわかりですね」
「うふふ、もう六年ですもの」
アルベールは茶会の時間に遅れそうな時は、必ずロイにサラを迎えに行かせる。
アルベールの仕事の進行具合を把握しているロイは、彼がどれくらいで手が空くかよくわかっているため、その間の場繋ぎをしてくれるのだ。
ロイはとても気安い男性で話しやすく、サラにとっては親戚のお兄さんのような存在だった。
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