【本編完結】婚約者と別れる方法

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 マリは日本の医学部に通う学生だった。
 代々開業医を営む家に生まれた外科医の父と、社長令嬢で専業主婦の母、そして臨床研修医として働く兄を家族に持つマリは、幼い頃から容姿端麗で頭脳明晰。
 小・中・高と、スクールカーストは当然のごとく一軍で、幼い頃から常にマリは周囲の羨望の的。
 難関大の医学部にもストレートで合格し、六年の課程を経て、二月の医師国家試験に向けて猛勉強中だった。
 だが、試験を間近に控えたある朝、マリを悲劇が襲う。
 欠かせない勉強のお供であるハード系のグミと、ブドウ糖補給に最適なラムネが切れたマリは、モコモコのジェラピケと裸足にサンダルで近所のコンビニへと向かった。
 (さすがにショートパンツはこの季節つらいかも)
 全館空調のマリの家はどこもかしこも暖かい。なので年間通して基本薄着だ。
 近いからとそのまま出てきてしまったが、冬の冷えた空気がショートパンツから出た生足に突き刺さる。
 (凄い……星が綺麗)
 見上げると、まだ暗い空には星々が煌めいていて、マリは思わず足を止めて見入った。
 すると夜明け前の静寂の中、ザカザカとこちらへ向かって近づいて来る足音がした。
 音のする方へ目をやると、マリの瞳に映ったのは、フードをかぶった黒ずくめの人物。
 その手には鈍色に光る刃物が握られていた。
 体当たりされたのと同時に、腹部に感じた激痛。
 それは二度三度繰り返され、マリは声を上げることもできずその場に倒れ込んだ。
 生暖かい血がアスファルトに広がり、むせ返るような匂いが鼻をつく。

 「……ふ、ふふっ、いい気味…………」

 不気味な笑い声は女で、しかも聞き覚えがあった。
 やっとの思いで顔を動かし、自分を見下ろす女に目をやると、そこには高校時代、マリが虐めて不登校になったクラスメイトの顔が。
 特に理由があったわけじゃない。
 ノリで始まって、それが結構楽しくて、でもちょっとからかっただけなのに、すぐに学校に来なくなった。
 あれからもう七年経つのに、なんで今さら──

 「あ、あんた……」

 マリが言葉を発すると、女は顔を引き攣らせて足早にその場から逃げ去った。
 刺されたのはおそらく肝臓のあたり。
 もう助からないことは、マリが一番よくわかっていた。
 (嫌だ……嫌だ……!)
 死への恐怖と耐え難い痛み。
 視界がかすみ始めたその時──
 強烈な光がマリを包み込んだ。

 気づけば巨大な光の玉の中に自分はいて、刺されたはずの腹部の傷はなく、衣服を濡らした大量の血も綺麗さっぱり消えていた。
 眼下に見えるのは世界史の教科書で見た中世ヨーロッパに似た街並み。
 光の玉はマリを地上におろすと消え去った。
 周囲には人だかりができ、男たちはマリの剥き出しの足を珍しそうに、そしていやらしい目でジロジロと見ていた。
 それから兵士のような格好の男たちがマリを取り囲み、上空から見えた城へと連れて行かれた。
 王様や偉い人たちが揃う玉座の間で、マリは自分がこの世界に転移してきたことを知る。
 彼らは非常に友好的で、しかしマリの世界の知識を取り込もうとする下心も透けて見えた。
 案内役として紹介された第二王子は美しかったが、マリよりも年下で性格も軟弱そうだし、なにより少し鼻につく嫌なものを感じた。
 それに比べて同席していた王太子アルベールには余裕があり、女性への接し方もスマートだ。
 だからマリはディオンを拒否し、アルベールがいいと駄々をこねた。
 二人はとてもよく似ていたが、アルベールの方がいかにも王子様然としていて好みだったからだ。
 元いた世界の平坦な顔立ちの男とは全然違う、スマホアプリのゲームに出てきそうな物腰優雅な美形に、マリはすぐさま夢中になった。
 元の世界へ戻れるかどうかもわからない。
 けれどこの国の文明は元いた世界よりはるかに遅れていて、彼らはマリの持つ知識を喉から手が出るほど欲しがっている。
 (これは使える)
 勿論全部教えてやるつもりなんて毛頭ない。
 あくまで小出し小出しに。
 なぜならすべて聞き出したあと、用済みだと殺されても困るから。
 アルベールは王太子だから、彼と結婚すればマリはこの国の王妃だ。
 それは、カーストの頂点に君臨する存在。
 その座はマリにこそ相応しく、医者になるよりもずっと素晴らしい人生を送れるに違いない。
 けれどひとつ問題があった。
 アルベールには婚約者がいるという。
 




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