19 / 32
18
しおりを挟むマリは日本の医学部に通う学生だった。
代々開業医を営む家に生まれた外科医の父と、社長令嬢で専業主婦の母、そして臨床研修医として働く兄を家族に持つマリは、幼い頃から容姿端麗で頭脳明晰。
小・中・高と、スクールカーストは当然のごとく一軍で、幼い頃から常にマリは周囲の羨望の的。
難関大の医学部にもストレートで合格し、六年の課程を経て、二月の医師国家試験に向けて猛勉強中だった。
だが、試験を間近に控えたある朝、マリを悲劇が襲う。
欠かせない勉強のお供であるハード系のグミと、ブドウ糖補給に最適なラムネが切れたマリは、モコモコのジェラピケと裸足にサンダルで近所のコンビニへと向かった。
(さすがにショートパンツはこの季節つらいかも)
全館空調のマリの家はどこもかしこも暖かい。なので年間通して基本薄着だ。
近いからとそのまま出てきてしまったが、冬の冷えた空気がショートパンツから出た生足に突き刺さる。
(凄い……星が綺麗)
見上げると、まだ暗い空には星々が煌めいていて、マリは思わず足を止めて見入った。
すると夜明け前の静寂の中、ザカザカとこちらへ向かって近づいて来る足音がした。
音のする方へ目をやると、マリの瞳に映ったのは、フードをかぶった黒ずくめの人物。
その手には鈍色に光る刃物が握られていた。
体当たりされたのと同時に、腹部に感じた激痛。
それは二度三度繰り返され、マリは声を上げることもできずその場に倒れ込んだ。
生暖かい血がアスファルトに広がり、むせ返るような匂いが鼻をつく。
「……ふ、ふふっ、いい気味…………」
不気味な笑い声は女で、しかも聞き覚えがあった。
やっとの思いで顔を動かし、自分を見下ろす女に目をやると、そこには高校時代、マリが虐めて不登校になったクラスメイトの顔が。
特に理由があったわけじゃない。
ノリで始まって、それが結構楽しくて、でもちょっとからかっただけなのに、すぐに学校に来なくなった。
あれからもう七年経つのに、なんで今さら──
「あ、あんた……」
マリが言葉を発すると、女は顔を引き攣らせて足早にその場から逃げ去った。
刺されたのはおそらく肝臓のあたり。
もう助からないことは、マリが一番よくわかっていた。
(嫌だ……嫌だ……!)
死への恐怖と耐え難い痛み。
視界がかすみ始めたその時──
強烈な光がマリを包み込んだ。
気づけば巨大な光の玉の中に自分はいて、刺されたはずの腹部の傷はなく、衣服を濡らした大量の血も綺麗さっぱり消えていた。
眼下に見えるのは世界史の教科書で見た中世ヨーロッパに似た街並み。
光の玉はマリを地上におろすと消え去った。
周囲には人だかりができ、男たちはマリの剥き出しの足を珍しそうに、そしていやらしい目でジロジロと見ていた。
それから兵士のような格好の男たちがマリを取り囲み、上空から見えた城へと連れて行かれた。
王様や偉い人たちが揃う玉座の間で、マリは自分がこの世界に転移してきたことを知る。
彼らは非常に友好的で、しかしマリの世界の知識を取り込もうとする下心も透けて見えた。
案内役として紹介された第二王子は美しかったが、マリよりも年下で性格も軟弱そうだし、なにより少し鼻につく嫌なものを感じた。
それに比べて同席していた王太子アルベールには余裕があり、女性への接し方もスマートだ。
だからマリはディオンを拒否し、アルベールがいいと駄々をこねた。
二人はとてもよく似ていたが、アルベールの方がいかにも王子様然としていて好みだったからだ。
元いた世界の平坦な顔立ちの男とは全然違う、スマホアプリのゲームに出てきそうな物腰優雅な美形に、マリはすぐさま夢中になった。
元の世界へ戻れるかどうかもわからない。
けれどこの国の文明は元いた世界よりはるかに遅れていて、彼らはマリの持つ知識を喉から手が出るほど欲しがっている。
(これは使える)
勿論全部教えてやるつもりなんて毛頭ない。
あくまで小出し小出しに。
なぜならすべて聞き出したあと、用済みだと殺されても困るから。
アルベールは王太子だから、彼と結婚すればマリはこの国の王妃だ。
それは、カーストの頂点に君臨する存在。
その座はマリにこそ相応しく、医者になるよりもずっと素晴らしい人生を送れるに違いない。
けれどひとつ問題があった。
アルベールには婚約者がいるという。
1,007
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
結婚後、訳もわからないまま閉じ込められていました。
しゃーりん
恋愛
結婚して二年、別邸に閉じ込められていたハリエット。
友人の助けにより外に出ることができ、久しぶりに見た夫アルバートは騎士に連行されるところだった。
『お前のせいだ!』と言われても訳がわからなかった。
取り調べにより判明したのは、ハリエットには恋人がいるのだとアルバートが信じていたこと。
彼にその嘘を吹き込んだのは、二人いたというお話です。
【完結】好きでもない私とは婚約解消してください
里音
恋愛
騎士団にいる彼はとても一途で誠実な人物だ。初恋で恋人だった幼なじみが家のために他家へ嫁いで行ってもまだ彼女を思い新たな恋人を作ることをしないと有名だ。私も憧れていた1人だった。
そんな彼との婚約が成立した。それは彼の行動で私が傷を負ったからだ。傷は残らないのに責任感からの婚約ではあるが、彼はプロポーズをしてくれた。その瞬間憧れが好きになっていた。
婚約して6ヶ月、接点のほとんどない2人だが少しずつ距離も縮まり幸せな日々を送っていた。と思っていたのに、彼の元恋人が離婚をして帰ってくる話を聞いて彼が私との婚約を「最悪だ」と後悔しているのを聞いてしまった。
砕けた愛
篠月珪霞
恋愛
新婚初夜に男に襲われた公爵令嬢エヴリーヌは、不義密通の罪を被せられた。反逆罪に問われた彼女の一族は処刑されるが、気付くと時間が巻き戻っていた。
あなたへの愛? そんなものとうに、砕け散ってしまいました。
大人になったオフェーリア。
ぽんぽこ狸
恋愛
婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。
生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。
けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。
それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。
その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。
その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。
私と幼馴染と十年間の婚約者
川村 あかり
恋愛
公爵令嬢ロゼリアは、王子アルベルトとの婚約を結んでいるが、彼の心は無自覚に幼馴染のミナに奪われていた。ミナの魔法【魅了】が無意識に周りの男性を狂わせ、アルベルトもその例外ではない。
それぞれが生まれつき得意な魔法があり、ロゼリアは見たものや聞いたものを完璧に記録できる【記録・再生】の魔法を持ち、二人の関係に耐えきれず胃の痛みに悩む日々。そんな中、彼女の唯一の理解者の冷静沈着なキースや毒舌のマリーが心の支えとなる。
アルベルトの側近であるガストンは、魔法【増幅】で騒動を盛り上げる一方、ミナの友人リリィは【幻影】の魔法を使ってロゼリアを貶めようと画策する。
婚約者と幼馴染の行動に振り回されるロゼリア。魔法が絡んだ恋愛模様の中で、彼女は本当の愛を見つけられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる