嘘つきな獣

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 会議の場は紛糾した。
 捕虜奪還も含め、再びロートスへ攻め入りエウレカを退けんと主張するセシルたちに対し、捕虜の引き渡し及び停戦を条件とする交渉の場を設けようとする国王側の意見は真っ向から対立した。

 「奴らをおびき寄せ、この地で迎え討とう。奴らは遠く離れた海の民。地の利はこちらにある」

 強い決意を持ったセシルの声が会議場に響く。
 ロートスはエドナによる急襲を受け、大打撃を負った直後だ。
 今すぐ態勢を立て直し、エウレカと共闘──とはいかないだろう。
 とすれば実質相手にするのはエウレカの兵士のみということになる。
 海と陸では戦い方がまるで違う。
 それに加え、万年戦争続きのエドナの兵士は百戦錬磨の実力揃い。

 「我らが負けるはずがない。なあ皆!」

 煽るようなセシルの檄に、彼の主張に賛同する者たちが次々と勇ましい声を上げた。
 
 「殿下、ひとつよろしいでしょうか」

 発言の許可を求めたのは体躯の良い壮年の男性。
 軍部に籍を置く彼は、ヘイルズ公爵と縁戚関係にある。

 「なんだ」

 「この戦いの大義名分は何なのでしょう」

 「大義名分……だと?」

 「ロートスへ攻め込む際、我らの心は確かにひとつでした。それは『エドナを侮り続けた彼の国に目にものを見せてやるのだ』という想いから。しかしその目的は既に果たされた。この上エウレカとまで事を構える必要がどこにあるのです?」

 続けて男はロートスへ攻め入る際の遠征費用等について挙げ連ね、これ以上の諍いはエドナにとって何の利益もないことを主張した。
 すると、最初は黙って聞いているだけだった者たちが、次々と彼の意見に賛同の意を表した。
 
 ──最初の戦で大義は十分に果たされたはず
 ──今後はエウレカを交え、保障についての話をするべき
 ──しかしエウレカが交渉の席につくかどうか

 そこで、男が再び口を開いた。

 「エウレカを交渉の席につかせるのに良い方法があります。あちらに花嫁をお返しするのです」

 男の言葉に場内は騒然とし、彼らの視線はセシルに集中した。
 
 「聡明な殿下でしたらこれが最善だということはおわかりいただけると思います。なぁに、シャロン王女とはほんの少しお楽しみになられたようですが、処女であるかどうかはいくらでも誤魔化せます。世の中には破瓜の際、血を流さぬ女も大勢おりますからな」

 ──確かに
 ──しかし、敗戦国の王女を差し出されてもエウレカは嬉しくもないだろうに
 ──だが美しい女だと聞く。エウレカの王子も愛妾としてなら欲しがるかもしれん

 あちこちから下卑た笑いがじわじわと湧き上がる。
 セシルは血が滲むほど強く拳を握り締めた。

 「そもそもシャロン王女との縁組は、ロートス国王が我らの力を都合よく使うために用意したいわば餌のようなもの。しかしロートスを攻め落とした今、エドナにはこの縁組によって得られるものは何もない。それなのにエウレカと揉めて国を疲弊させるなどもってのほか」
 
 場内は静まり返った。
 先ほどまでセシルに賛同していた者たちも、男の言葉ですっかり頭が冷えたようだった。

 「確かにその通りだな」

 沈黙を破ったのはセシルの父、エドナ国王だった。

 「ロートスの王女を差し出す事を条件に、エウレカを交渉の席につかせよう」

 「父上!」

 「これは元々ロートスを滅ぼすつもりで始めた戦だ。それをおまえが個人の感情を優先したために、エウレカが介入する隙を与えてしまった。その責任は重い」

 「ですがあの時、感情のままにロートスを滅ぼしていれば、エドナはこの先数百年に渡り諸国から蛮族の誹りを受けることになったはず!そうなれば今後、他国とまともな国交など望めるはずもない」

 「何をたわけたことを。ロートスが滅ぼされた事が諸外国に知れ渡れば、エドナと国交を結ぼうとする国は後を絶たなかっただろう。セシル、これは決定だ。これ以上お前の意見は聞かぬ」

 なおも食い下がろうとするセシルを無視して、父王は重臣たちとエウレカとの交渉について話を詰め始めた。

 まさかこんな事になるなんて──

 セシルは乱暴に扉を開け放ち、足早に会議場を出た。

 「おい、セシル!」

 慌てて追いかけてきたアレンに後ろから肩を掴まれ、セシルは足を止めた。

 「どうするつもりだ」

 「このまま黙ってシャロンを渡すつもりはない」

 「陛下に逆らう気か?」

 セシルは無言でシャロンのいる塔へ向かったが、既にそこは国王の命令を受けた兵士たちに取り囲まれていた。

 「これはどういう事だ!」

 「国王陛下のご命令により、これより先はお通しできません」

 「ふざけるな。通るぞ」

 先へ進もうとするセシルの前に、兵士が立ちはだかった。
 後ろで控える者たちの手は、剣の柄に添えられている。

 「俺に剣を向ける気か」

 一触即発の空気が漂う中、セシルの背後からアレンが耳打ちした。

 「数からいっても完全に不利だ。ここで揉めれば拘束されるかもしれない。今は引け、頼むから」
 
 「だがしかし──」

 「シャロン王女を守れるのはおまえしかいない。とにかく機を待つんだ」
 
 セシルはきつく歯を食いしばると、踵を返しその場から離れた。
 
 







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