侯爵令嬢は前世で冷酷夫だった皇太子に挿入られている最中に思い出す

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第一章

18 望まないという事

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    「さてローザ様、目的を話して頂きましょうか。」

    まんまと釣れた溝鼠。しかも皇女という特大の鼠だ。しかし罪状も定まらぬまま皇女を牢に繋ぐ訳にも行かず、ゲイルはルーベルの執務室の隣、休憩の場として使われている部屋へとローザを引っ張った。しかしもう二日目になるがローザはだんまりを続けていた。

    「…だからただの散歩だって言ってるでしょ!?皇女たる私が庭園を散歩するのが罪になるとでも言うの!?」

    「いいえ。散歩なら罪にはなりません。」

    「だったら…「本当に散歩ならね。」

    ゲイルはモノクルの奥の目を光らせる。

    「ルーベル殿下が仰るんですよ…アマリール様の醜聞が欲しい溝鼠がいるってね。それがの筆跡をそっくりに真似て、密会の日時を指定した手紙まで用意する手の込みようでしてね。それなら首謀者は必ず逢瀬の瞬間を見に現れるはずだって。」

    この事がルーベルの耳に届いていると知った途端ローザの顔色が変わった。

    「皇太子宮の侍女を舐めてはいけませんよ?即席で選ばれたローザ様付きの侍女と違って彼女達の能力は超一流です。怪しい手紙にすぐ気付き、主を守ろうと殿下に報告するくらいにね。さぞかしびっくりしたでしょうねローザ様?だって現れたのはアマリール様だけじゃない。ルーベル殿下も一緒でしたからね。」

    「あなたいくらお義兄様の側近だからって失礼でしょう!それに手紙についても何も証拠がないじゃない!私は無実よ!」

    尚も言い逃れしようとローザは叫ぶが、ゲイルにはそれも虫の羽音以下にしか聞こえない。

    「証拠?それならもうすぐ出て来るでしょ。」

    「……え……?」

    「まったく馬鹿なものですよねぇ。皇太子宮に姿を見られず手紙を届けるなんて土台無理な話…大方何者かに繋ぎを取ったんでしょうけれど、それくらいの足取りを追うなんてルーベル殿下の手を煩わせるまでもない。首謀者は明日には斬首されているでしょうね。もちろん殿下の手で。」

    久し振りに“血の皇太子”と呼ばれるあの美しくも冷酷なお顔が見れますねぇ…と、うっとりするゲイルとは対照的に、ローザの額からはいくつもの汗が流れ落ちる。

    「さ、ローザ様。話して貰いましょうか。あなた一体何がしたかったんです?」

    「わ、私は…私はお義兄様を救って差し上げたかったのよ!だってあの女、ハニエル様と関係を持ってたのよ!?婚約式の夜だってお義兄様の目を盗んで会ってたわ。ハニエル様を死なせたくないから私の事はもう忘れてって…それであの二人、口付けだってしてたのよ!!」

    ゲイルの顔色が曇る。
    (…まったく…本当に余計な事しかしない母娘だ…。)
    貧乏貴族の未亡人、しかもあちこちの貴族に身体を武器に近付いていたともっぱらの噂だった母親が、皇帝に見初められたというだけでも奇跡だというのに。まさか今度はその娘が皇太子を射止めようなどと…。
    (全てを報告しろとは言われたが…。これは困ったことになったな…。)
    アマリールを得てからの主の様子を見ているだけにゲイルの頭はひどく痛んだ。

    「…その話は本当なのか…。」

    しかし既に遅かった。
    ゲイルの後ろにはその金色の瞳を冷たく光らせたルーベルが立っていた。




   ***




    苺の薔薇…。
    皇太子宮を厠呼ばわり…。
    雨上がりに滑って頭打つ…。

    「駄目…謎すぎるわ…。」

    どうやってこの三つの事柄から殿下との過去を思い出せというのか。

    「せめてもう少し具体的な事を教えてくれれば良いのに…。」

    まるで大切な事は自分で思い出せとでも言われているようだ。

    「アマリール様、おやすみ前のお茶でございます。」

    「ありがとうタミヤ。殿下は今日は遅いのですか?」

    「それが…こちらにも何の連絡も無くて…。」

    …珍しい。私がこの宮に来てからというもの殿下は暇さえあれば何度も顔を見せた。そして時間が許す限り私に触れて…。
    何の連絡も無しに、しかも夜も戻らないなんて初めての事だ。

    「ご政務はされているのよね…?」

    急に具合が悪くなったとか…でもそれなら自分の宮に戻って休むはず。

    「はい。いつも通りご政務はされておられます。」

    タミヤも困惑の表情をしている。

    「わかったわ。ではこのお茶をいただいたら休みます。ありがとうタミヤ。」

    だが結局その夜、ルーベルが皇太子宮に戻る事はなかった。
    

   ***


    翌日も、またその翌日もルーベルは戻らない。タミヤ達皇太子宮で働く多くの者にすらなんの事情も説明されぬまま、ただ時は過ぎて行った。
    そしてルーベルが戻らなくなって十日ほど経ったある朝、テラスの先の薔薇の茂みに小さな赤い蕾を見つけた。

    「これね…私が見たがった苺に似た薔薇の蕾は…」

    しゃがみこんで小さな蕾を手のひらに乗せたその時だった。皇太子宮付きの侍女だろうか。ヒソヒソと女達の喋る声が聞こえてきた。

    ーねぇ聞いた?あの噂。
    ー聞いた聞いた!ルーベル殿下がローザ様を召し上げられたって話でしょ!?

    (えっ……?)

    ーもう十日も同じ部屋に入って出てこないって言うじゃない!アマリール様はどうされるつもりなのかしらね?
    ーやっぱりおかしいと思ったのよ。あの方の御実家の財力目当てに殿下も御機嫌取りをされていたのね。

    (殿下が…ローザ様を…召し上げた……?)

    ーでもこれからどうするの?ローザ様は今のお立場じゃ殿下に嫁ぐ事が出来ないでしょう?
    ーでも元々血は繋がってらっしゃらないもの。だからアルザス公爵あたりに頼んで養女にしてもらうんじゃないかしら!?陛下も弟になら頼みやすいでしょうし!
    ーそっかぁ!でも、どっちがになるのかしらね!?


    話し声は笑い声に変わり、やがて遠ざかっていった。
    私は真っ赤な蕾を見つめたまま、しばらくそこから動く事ができずにいた…。


   ***


    そしてその日の昼過ぎ、タミヤが気まずそうな顔をして部屋に入ってきた。

    「アマリール様…その…殿下より連絡が…」

    歯切れの悪い様子を見ると何かよくない知らせなのは確かだろう。

    「タミヤ…遠慮せず話して下さい。どうしたのですか?」

    タミヤはそれでも私に直接伝える事を最後まで悩んでいたようだったが、やがて諦めたように口を開いた。

    「それが…ルーベル殿下からアマリール様を離宮へ移すよう連絡がございました。」

    「…離宮………。」

    その言葉を聞いた瞬間喉の奥が震えた。
    誰の邪魔にもならぬよう息を殺しながら暮らしたあの日々が脳裏に甦る。離宮に行けと言うことは、私はもう用無しだと言う事だ。
    (ほら…やっぱり…。)
    これまでの日々は一体何だったのだろう。愛していると囁いてくれたあの日々は。哀れな私に神が慈悲でもかけたのか…それとも彼が…彼が一生お飾りとして生きる私に気紛れでくれたご褒美だったのだろうか。何だっていい。でも最後に何があったのかくらいは教えて欲しかった。たとえそれが心変わりなのだったとしても。
    いつもそうだ。終わりはいつも心の準備が無いときにやってくる。


    「わかりました…。ごめんなさいタミヤ。支度を手伝ってくれますか?」

    力のうまく入らない足で立ち上がり、おそらく自分に心配をかけないように微笑んでいるのだろう。そのアマリールの顔があまりにも切なくてタミヤの胸は痛んだ。
    皇宮内でのルーベルとローザの噂はタミヤの耳にも入っていた。にわかには信じがたい話だったが、さっき届いた知らせを聞き信じざるを得なくなった。
    何故こんなにもアマリールは気丈でいられるのか…まさかそれが二度目の生によるものだとはタミヤには知るよしもなかった。


   ***


    「本当にこれでよろしいのですか…?」

    纏められた荷物は本当に僅かなものだった。そしてそのほとんどがアマリールが皇太子宮で使用した使いかけの日用品や下着など最低限の衣類だった。
    ルーベルが贈ってくれた豪華なドレスや宝石は、この先自分には二度と着る機会はない。しかしここに置いて行けばいつかまたどこかで活用される事だろう。アマリールはその全てをクローゼットへ残した。

    「ええ…。これでいいの。」

    もともと自分の物など何一つ持たないまま連れてこられた場所だ。アマリールは妙に清々しい気持ちだった。

    「さぁ、行きましょうか。」
    
    結局今生も結末は一緒だった。そして今度こそたった一人の最期が待っている。
    バスケットに溢れんばかりのお土産を詰めてやって来る金色の髪の優しいあの人は、もう二度と会いに来てはくれないのだから。


 

    
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