侯爵令嬢は前世で冷酷夫だった皇太子に挿入られている最中に思い出す

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第一章

26 声

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    今までよほど張り詰めていたのだろう。
    保養地に来てしばらくは慣れない場所に緊張していたが、何事もなく数日が過ぎ、ここは安全な場所なのだと感じられた途端に力が抜けた。
    温泉につかり身体を温めると眠くなり、目が覚めて侍女の用意してくれる食事を食べるとまた眠くなる。血色の悪かった顔は元に戻り、目の下のクマもいつの間にか消えていた。
    しかしハニエルのつけた痣だけはアマリールの心に残る後悔のように未だ消えずにいた。

    目を閉じれば夢に見る。どこまでも優しかったあの頃のハニエル様。そしてただそれだけを支えに生きた日々を。 

    『待っていてねアマリール。もう少しだから…。』

    聞いても答えてはくれなかった。けれどあの日、真剣な顔で彼が言った言葉にはどんな意味が込められていたのだろう。もう少しで何が起こったと言うの…?
    まさか…いや、そんな事あり得ない…。
    頭に浮かんだ疑問。すぐに打ち消してはみたものの、ある一つの可能性が頭から離れなかった。
    でも…もしもあの時のハニエル様も私を愛してくれていたのだとしたら…?
    もしかしたらハニエル様は私を離宮から連れ出す計画を練っていたのでは?それが今生では私が殿下に襲われて、その後彼を頼って結ばれてしまった事で計画が早まったのだとしたら…。
    私はとんでもない思い違いをしていたのかもしれない。少し前まで今の私はローザ様が人生をやり直すために与えられた駒のようなものだと思っていた。でも違う。確かに今生で起こっている事はタイミングは違えど前世で起こった事と一致する点が多い。なのにそれぞれの結末はローザ様のためではなく私のために出されたものだった。そしてそれは殿下が私を思って決断してくれた事…。   
    でも前世の殿下は心底私を疎んでいた。今生とは違うわ。
    …でも…もしそれが違っていたとしたら…?
    釦のかけ違えのように私が少しずつ思い違いをしていたのだとしたら…。
    あの頃…私の知らない何かが起こっていたのだとしたら…?


    《よく気付いたね》


    ……誰?
    頭の中を不思議な声が木霊する。

    《僕は君をこの生に導いた者だよ》

    私を導いた人…?
    それなら教えて欲しい。どうしてもう一度同じ人生を歩ませるのか。

    《君達一人一人には僕のような“見届ける者”がいるんだ》

    “見届ける者”…?
    私達一人一人の人生を始まりから終わりまで見届ける役目という事?

    《そう。普通なら人生が終わればそれで全ておしまいなんだけど…君の人生にはとても邪魔が多かった…見ていられないほどにね…》

    邪魔…?私が悪いからこうなったんじゃないの…?

    《君の選択が全く悪くなかったとは言えないし…でも否定もできない。ただね、この生で気付いて欲しかったんだ。君の人生に干渉した力について。》

    干渉した力…さっき言っていた邪魔の事?

    《いいかい?まずは今生での自分を取り戻すのが先だ。》

    今生での自分を取り戻す?どういう事?

    《少し予定が狂ってしまったけど、君が全てを思い出したら

    戻す?どこへ?

    《やり直しは一度きりだ。後悔しない人生を…》


    そこで声は途切れてしまい、再び私は深い眠りに落ちたのだった……



   ***
    


    「…………ルー……。」

    まどろみを抜けて目を開くとそこには肘をついて私を見つめる殿下の姿があった。何を言うでもなく、ただじっと私を目に映している。
    皇宮に戻ったと聞いていた。なのにわざわざここまで戻って来てくれたのだろうか。
    何を言えばいいのだろう。けれど何を言うのも違う気がする。どうしたらいいのかわからないまま私も彼の金色の瞳を見つめた。
    綺麗…透き通る金色に引き込まれる。いつまでもずっと見ていられる気がした。
    私達は見つめあったまま、一言も交わさずにそのままでいた。
    
    どれくらいそうしていたのかわからなくなる頃殿下は口を開いた。

    「…ハニエルがどうなったか何も聞かないのか…?」    

    ハニエル様がどうなったか…。気にならなかったと言えば嘘になる。でも何も考えないようにしていたのも事実だ。
    殺すつもりならきっとこの人はあの場でハニエル様を斬り捨てていたはず。でもそれをしなかったと言う事はハニエル様はまだ生きている。いや…のだろう。
    それが一番いいのかもしれない。今の彼は善悪の箍が外れてしまっている。何が良くて何が悪いのか、それさえもわからない状態だ。殿下の管理の元生きて行くのが今のところ一番いい方法なのではないかと思う。

    「…ルーが恩情をかけて下さったのでしょう…?私は何も…。」

    そう…。もう何も言う事はない。言う資格だって…。

    「愛していたのか……?」

    その問いに答えるには今の私だけの思いでは説明できない。過去の私の思いも交えなければ正しくないからだ。
    話すべきなのだろうか。前世で私とあなたの間に起こった事を。でもこんな荒唐無稽な話、一体誰が信じてくれる?

    その時、あの夢での言葉が頭に浮かんだ。    
    
【いいかい?まずは今生での自分を取り戻すのが先だ。】

    …あの不思議な声はなぜ先に記憶を取り戻せと私に言ったのだろう。きっと意味があっての事なのだろうが、今まで思い出せなかったものを今すぐになど出来やしない。
    …あの時と同じように庭園の石で頭を打ってみる?
    …それはとても現実的じゃないわ。
    万が一当たりどころが悪かったら死ぬかもしれないし…。
    やっぱりこの人に教えて貰うしか今は方法が無い。
    
    「私はハニエル様を心の拠り所にしていました。それは愛や恋によるものではありません。でもこの事を説明するのは記憶を取り戻してからにさせて下さいませんか?」

    「…なぜ?」

    「話せないのではありません。ただこの事を話すためには自分を取り戻さなければならないと思ったからです。ですから教えて下さい。私達の間にあった事を今度は全て。」

    そしてあなたを心から信頼したい。話しても大丈夫なのだと思えるように。

    「俺が嘘を刷り込むとは思わないのか?」

    「思いません。」

    彼は私とハニエル様が愛し合っていると思い、逃がそうとしてくれた人だ。そんな卑怯な事をする人じゃない。
    彼はしばらく何かを考えていたが、やがて深い溜め息を一つついて目を閉じた。

    「…何から聞きたい?」

    「…始まりから全て…あなたの目で見た事を教えて下さい。」

    そして彼はゆっくりと話し始めた。私達が出会った日から別れの時までの事を…。






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