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第一章
32 狂気
しおりを挟むどうしてこんな事になってしまったのだろう。
薄暗い公爵邸の自室でハニエルはぼんやりと何もない空間を見つめていた。
別荘でアマリールから無理矢理引き離され連れて来られたのは見慣れた我が家。そこで待っていたのは青褪めた顔の父親だった。
僕をここまで連れてきた騎士達と父の間で何が話されたのかはわからないが、その日から僕は自室で軟禁されている。あのルーベルの事だ。僕を一生ここへ縛り付けてアマリールへ近付けさせないつもりなのだろう。
あれから何日が過ぎたのだろう。抜け殻のようになった心と身体は何も感じる事が出来なくなっていた。
こんな筈じゃなかった。アマリールを苦しめたかった訳じゃない。それなのに湧き上がる狂気を止める事ができず、それに呑み込まれてしまった。
愛し合っていたのに…僕の愛を受け入れて愛してくれたのに…それなのに僕は…僕は彼女に何て事をしてしまったんだ…。
今もまだこんなに君を愛しているのに。
「ごめんねアマリール。…でも君はまだ僕を愛してくれているよね?」
そうだよね?愛はそんなに簡単に消えるようなものじゃないよね?僕は少し間違ってしまったけど、そんなの恋人同士ならよくある事だ。
さっきまで虚ろだったハニエルの瞳には再び光が宿った。狂気という名の光が。
そうだ…僕達はこんな事で壊れてしまうような仲じゃない…。きっと彼女は今頃ルーベルに無理矢理抱かれながら僕を待ってるはずだ。僕が…僕だけが君を救えるのにこんなところで何をしているんだ。
ハニエルは風の吹き込む窓の枠へと手を掛けた。
「待っていてアマリール…僕が…僕が必ず助けてあげるから…!」
ひらりとハニエルの身体は宙に舞った。
「ハニエル様、夕食をお持ちしました。」
侍女がハニエルの部屋の扉を叩くが返事は無い。しかし彼がここへ戻って来てからはそれもいつもの事だったので、見張りの騎士に一礼し、夕食の積まれたワゴンを押して部屋に入った。
「ハニエル様?」
しかし中にいるはずのハニエルの姿はどこにも見えない。
「ハニエル様、どちらにいらっしゃいますか?」
入り口の扉は開け放してあったため、異変に気付いた見張りの騎士も中の様子を伺っている。
「大変です!!ハニエル様がどこにもいません!!」
侍女の声に中に踏み込んだ騎士達も部屋の中を隈なく探すがハニエルの姿は無かった。
パタパタと風に靡くカーテンに気付き、騎士の一人が窓の側へと寄った。
「…まさかここから!?」
窓の外に見えるのは公爵邸の裏に生い茂る木々。
「急ぎ裏手を調べろ!!」
「はっ、はいっ!!」
その夜、公爵邸の使用人達も手伝ってハニエルの捜索にあたったが、その姿が見つかる事は無かった。
追手を逃れたハニエルは身を隠すようにしてある場所へと向かっていた。
「待っていてアマリール…!!僕が…僕が…」
僕があいつを殺してあげるから。
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